第122話 一人と一匹、全力おもてなし。
来る決戦日の八月八日、昼。
家の前に停まった領主紋の入った馬車(?)は、今まで見たことがない翼の生えた魔物が牽いていた。無言の圧を放ちながら降りてきたレベッカに、乗り心地は一切聞かずスルーして、豪華なドアを開けて中へとエスコート。
開けたらすぐにリビングという狭さなので格好はつきにくいが、この日のために手作りフリマサイトで買っておいた可愛いテーブルクロスと、同じ作家さんの作ったウサギクッションもセットしてある。
コンセプトは森のお茶会。キノコ型のガラスティーポットには、目にも鮮やかな冷たいグリーンティー。切り株型のケーキ皿の上には……見た目は地味だがサツマイモメニューの中でも根強い人気を誇るやつが乗っている。
忠太と金太郎にはこれも手作り作家さんの手がけた給仕服を着せて、とにかく可愛らしさでごり押す作戦だ。我ながらセコい手ではあるが、有効なのはレベッカの目に一瞬宿った輝きで分かる。
「こちら新メニューの大学イモでございます。レベッカお嬢様」
「…………」
「冷たいグリーンティーと一緒にお召し上がり下さい」
「…………」
艶々と砂糖の衣を纏って輝く大学イモをフォークでぶっ刺し、口に運ぶレベッカ。咀嚼し終えたのに無言のままグラスに注がれたグリーンティーを、勢い良く一気に飲み干した彼女は、こちらを振り向いて「驚く準備をなさい」と言う。
真意の分からない言葉に取り敢えず正面の椅子に座ると、レベッカは合図のように咳払いを一つしてから口を開いた。
「子供が出来たのよ」
「は!?」
「気がついたのは先月なんだけど」
「はあぁ!?」
【おめでとうごz すごい え れべっか おかあsなりms】
「ちょ、忠太分かるけど落ち着け? めっちゃバグってるぞ。ていうかレベッカ、そんな大事な身体であんな得たいの知れない乗り物に乗って来るな! 領主夫人なんだから私達を呼び出せよ!!」
「だって……友人として伝えに来たかったんだもん」
「〝だもん〟って、そりゃ嬉しいけどさ! でも何かあったら危ないだろ!?」
いきなり友人からのおめでたニュース。驚く準備をしてても驚く。
せっかくの大学イモとかその他もろもろ霞むというか、忠太もバグってるし、金太郎もよく分かってはいないようだが、私と忠太の反応を見てアワアワしている。思わずパニクって強めに責める口調になってしまったと気付いたが、ちょっと気付くのが遅かった。
家に入って来た時の淑女の皮がみるみるうちに剥がれ、水色の瞳が潤んでいく。あ、ヤバ、これは間に合わな――。
「う、うううぅう、ふええぇえぇ……四ヶ月ぶりの再会なのに、そんな風に怒鳴らないでよおぉ!!」
「あ、おわっ、ご、ごめん! ごめんなさい。ごめんな? 怖かったよな?」
【おちついtkださい まり れbっか】
耳をつんざく大惨事。正気なのは割れる物を一気にテーブルごと遠ざけてくれた金太郎だけだ。この羊毛フェルトゴーレム、良い仕事をしてくれる。
レベッカの泣き声が凄まじくて外から飛び込んできた馭者に睨まれたものの、不可抗力だと首を振り、ついでに泣いてるところを見られたくないであろうレベッカを抱きしめ、馭者に出ていくよう視線で促す。
彼は私とレベッカを交互に見やり、渋々といった様子ではあったが、そーっとドアを閉めて馬車に戻ってくれた。あとであの馬車を牽いていた魔物の餌にされたりしないといいけど……。
腕の中で泣きじゃくるレベッカが落ち着くまで髪を梳いたり、涙を拭ったりしているうちにようやく話せる状態が整ったのか、しゃくりあげながら「あ、のね、」と鼻声になった声で話始めた。
「フレディ様との、あ、赤ちゃんが来てくれて、嬉しいのに、先に、怖いって、少しだけ、思ってしまったの。妻として、失格だわ」
「それは普通そうだろ。私の故郷でレベッカの歳で出産する子とか珍しく……は、なかったけど。今のレベッカよりずっと子供っぽい子の方が多かったぞ。母親になるのが不安だって思うレベッカは、もう母親の資格があるんだ」
少なくとも産み捨てみたいに産んでおいて、その子供に生活費をたかる毒親より百万倍まともだと思う。でもあやすために背中を叩いてやる私にしがみついたまま、レベッカが小さくイヤイヤとばかりに首を振る。困ったな。
頼りになる相棒はスマホで調べもの中だったが、目ぼしい情報を見終わったのか、検索画面からメッセージ画面に切り替えてこう打ち込んだ。
【れべっかのそれ にんしんしょきの うつじょうたい ですね てがみは そうじょうたい でしたが】
「え、駄目じゃん。心が健康でないと母体に悪いだろ。ウィンザー様にはちゃんと不安なこと話したりしてるか?」
「う、ううん。フレディ様は赤ちゃんが出来たって分かってからは、とっても喜んで下さって。子供とわたくしのためにって、以前よりもっと仕事に打ち込まれるようになってしまったから……」
おう、何てこった。第一子懐妊の情報にテンションの上がる骸骨紳士は多少見てみたい気がしないでもないけど、今はタイミングが悪かったとしか。ギルティとは言わないまでも、レベッカとの歳の差を考えれば冷静でいてほしかった。
【はなしあう じかんない よわねを はけるひと いないは つらいですね】
「おし、ひとまずウィンザー様を正気に戻すために殴りに行こう」
「ま、待って、違うの、わ、わたくしが我儘なだけなの。マリ達やフレディ様みたいに仕事もしてないのに。跡継ぎを産むのが、わたくしの仕事なのにぃぃぃ」
こちらの提案にまたも肩口に顔を埋めて泣き出すレベッカの背中を撫でながら、人間は好きな人がいるとこんな風に狂うのかと感心してしまう。私には前世も今世もこの気持ちは分からないかもしれない。ただ――。
「うんうん、大丈夫、だーいじょうぶだって。レベッカは責任感が強い良い子だから、一人で抱えてしんどくなっちゃったんだなぁ」
彼女に向けるこの言葉と気持ちは本当だ。思えば最初の復讐鬼かと思ったティアライベントのあと、ここまで深い付き合いになるとは思ってもみなかった。自分の仕事で誰かの未来が幸せになるなんてな。
「レベッカさ、気分が落ち着くまでうちに泊まって行けば? それでまだ男か女かも分からないけど、赤ちゃんに着せたい服とか靴下とかの絵を描いて遊ぼう。名前が決まってないならそれを考えるのも良いな。きっと楽しいぞ」
【れーすあみなら おしえられますよ それでりぼん つくりましょう】
「手袋とか涎かけの縁取りにしても可愛いだろ」
【まり それいまは すたい いうらしいです ひびきの かわいさ だいじ】
「どっちでも良さそうだけどなぁ」
クシャクシャと乱暴に髪をかき混ぜるように撫でてそう言えば、レベッカは今度は何度も頷いて、眩しいはにかみ顔を見せた。その後、そういう感じで話がまとまったと馭者に伝えれば、彼は安堵の表情を見せて快くウィンザー様への言伝てを持ち帰ってくれた。
すると最初に一気に食べてしまった大学イモを、もっと味わって食べれば良かったとレベッカがしょげたのでもう一回作って。
お茶会のやり直しを楽しんでいたら車部分を取り払った魔物と馭者が、あの分厚いベッドマットと、ウィンザー様からの手紙を持って玄関先に現れたので、彼等にも振るまい、手土産に大学イモを持たせて見送った。
そしてすっかり甘ったるい匂いに占拠された家の中に、金太郎がベッドマットを運び込んでくれたところで、安心したレベッカの充電が切れた。不安定な姿勢で寝落ちたレベッカを金太郎が寝かし直して布団をかける。
【よくねてますね】
「ん、良く寝てるな」
【おなかに れべっか いがいのいのち あるの ふしぎです】
「それは私も不思議だ。凄いよなぁ」
そんなことを話ながら、いつの間にか夕陽に照らされ始めたベッドマット脇でウトウトと微睡んで。目蓋を閉ざす寸前にスマホが震えたような、震えなかったような。曖昧な闇の中に意識が落ちる。
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