第109話 一人と一匹、お近づきジャンク飯。


 初日のタピオカバイトから三日間ほど遊……もとい、情報収集をした結果はまぁ思った通り芳しくなく。王都の強気な宿泊代にめげて、人目を避けてスマホでオーレルの森の小屋に宿泊した。こういう時にすこぶる便利な能力である。


 ちなみにタピオカっぽかったあれは、使えないライブラリーに載っていた。制作者の名前は分からなかったものの、どうしても前世の好物を食べたかった奴が代用品を用いて作った異世界タピオカ。こちらの世界で生前に会えていれば良い酒が飲めただろうに……惜しい。


 結局双子に手紙を書いた以外に確実にやり遂げたミッションはなかったけど、元々大きな期待をしていなかったのでそれが達成出来ただけでも御の字か。問題はお宅訪問の方だ。念のためにオニキスと金太郎を森の小屋で留守番させ、私と忠太でエリッククソガキのメモを頼りに貴族の邸宅が多い高級住宅街に足を運んだのだが――。


「今日か明日かとずっとお前達を待っていのたぞ! さぁこれを見てくれ!」


 ついさっきまで豪奢な屋敷の入口にいたはずが、挨拶もなく強引に手を取られて一歩踏み出しただけで、いきなり応接室みたいな場所に飛ばされた。たぶんトラップじゃなくて移動を楽にするための魔道具の一種だろう。金持ちめ……。


 そんなとんでもない出迎えをした張本人クソガキは、興奮で上擦った声と共に目の前の高級そうなテーブルの上へ、ドスッという重量級な本や書類といった紙を積み上げる。表紙や文面からどれも聖女に関するものなのだとは分かるが、街で目を通したものとは違い、相当古そうな文献まである。


 パッと見て読めるタイトルだけでも禁書っぽいものがあるし、本来は外部の人間に見せることを考えてないやつじゃないのか? だとしたらそんなものに勝手に目を通したりしたらヤバそうだ。それに他にも気になるのは――。


「んー……いや、いやいや、いや、色々待て」


「何が嫌なのだ。それにわたしはもう充分待ったぞ? 彼を連れてきていないのは残念だが、用心深いのは馬鹿ではない証拠だから許す。わたしなら聖女に関係するどんな質問にでも答えてやれるぞ」


 矢継ぎ早にそう言って先にソファーに腰を下ろす生意気なク……エリック。人形みたいに端整な顔立ちながらも、上気した頬が生身の子供だと証明している。今は聖女の話を餌に私達から早くオニキスの話を聞き出したくて仕方ないっぽい。


 水を差すのも悪い気はするが、忠太の毛が警戒心で膨らんでいる。冷静に話を進めるなら一旦水をぶっかけるのもありか。


「そういう日数の問題じゃなくてだ。他人をほいほい招き入れる時点で危ないし、説明もなしにこの量はキツいっての。デカイ屋敷なのに使用人はいないのか?」


【おかげで しきちはいるの かんたん でしたが こどもだけ ぶようじん】


 テーブルに着地させた忠太がそう打ち込むのももっともなことで、金持ちの貴族が王都に住む際の仮屋敷で(タウンハウスと言うらしい)、小市民にしてみたら充分豪邸な屋敷の中に子供だけとは。


 この部屋だけでもお高そうな物が結構あるのに……泥棒の楽園じゃないかここ。セ○ムしてますか? してなかったら今日にでもすべきだと思う。しかしこちらの質問内容を自身が侮られていると受け取ったのか、急に不機嫌そうな表情を浮かべて口を開いた。


「ああ……そんなことか。無能はこの屋敷内に必要ないからな。他の一族は郊外の本邸でふんぞり返っている」


「同族なのに随分辛口だな」


「ただの事実だ。以前言っただろう、わたしは一族の年寄り連中が嫌いだと。食事や掃除や洗濯はわたしが雇った通いの使用人がしているし、外出時には国から借り受けた護衛も連れている。こう見えて屋敷内の警備も万全だ。変な気を起こしたらどうなるか試したいなら別だが」


「ふーん? ま、何にしても大人がいないなら好都合だ。台所貸してくれよ」


 思ってもいない単語が出たせいか、冷たい美貌から険が取れて間の抜けた少年のものになる。やっぱ子供は子供らしい方が可愛げがあるな。知らんけど。


 忠太もそう思ったようで【がきらしい まぬけづら】と打ち込んでいる。微妙に口(文面)が悪い。ほわほわしてて可愛いのにギャップがあって良いと思う。何回目だこのギャップ萌え。


「朝飯は食べたんだけど昼がまだなんだよ。流石に何も飲まない、食わないでこの量の紙物読むのは辛いからな。何か胃に入れたい」


 本当は昼食も食べた。でも元から長居をする予定はなかったから、ほんの軽くしか食べてない。加えて普段あまりここまでの紙物を目にすることがないので、エネルギー源入れとかないと純粋に集中力が切れそう。


 以上のことからの申し出にポカンとしていたエリックは、合点がいったのかみるみるうちにまた傲慢さを装った笑みを浮かべた。


「ハハッ! 図々しい奴だな。だがそれくらいの方が面白くて良い。気に入ったぞ。つまらない来客に出す分はないが、わたしが自分用に調合した茶ならある。面倒だがついでに淹れやろう」


 そう言うや勢いよく立ち上がり、私達に「こっちだ。ついてこい」と言って、先に応接室の入口出てすぐの場所にあったタイルを指差す。エリックがそれを踏むと姿が消えた。この屋敷内には至るところにこういうのがあるっぽいな。


「なぁ忠太。お貴族様の上等な味覚にジャンクを教えてやるのって、どう思う?」


【そのあくまてき はっそう しびれますね】


 胸元の優秀な相棒はスマホにそう打ち込むと、直後にネットスーパーのサイトにジャンプ。某有名なヒヨコの袋麺と生卵と刻みネギ、チーズと中辛カレールーをカートにぶち込んだ。ふふ、アレンジまでさせようとは……悪党め。


 何も知らない哀れな子羊はまんまと私達を台所に招き入れ、魔道具で竈というよりコンロ的なそれにこちらの指示通りの水が入った鍋をかけ、自身はお茶の準備に取りかかった。


 やることは前世と変わらない。湯が沸騰したら麺を全投入し(一袋三食入り)て一分。麺をほぐしたら適当なサラダボウルに一食分取り分け、ルーを埋めて上からチーズをわさっと乗せる。


 残りの二食分はスタンダードに生卵を四つドン。一食につき卵二個とか贅沢すぎる。あとは蓋をして好みの固さになるのを待つ。


 匂いの時点で引き寄せられてきたエリックが、肩越しにソワソワ盗み見ていたものの、好奇心が抑えられなかったのか「何を作っているんだそれは。嗅いだことのない匂いがする」と尋ねてくる。


「私の故郷の国民的人気食だ。気になるなら食べてみるか? それともお貴族様は平民の食べ物は食えないかぁ」


 わざわざ聞くまでもないだろうけどわざと意地悪く笑って尋ねると、迷いなく、それこそ食い気味に「待て、頂くぞ!」と挙手までされてしまっては、それ以上焦らすことなど出来ない。


 私が右手に出来立てのそれを鍋ごとと、左手に高そうなティーポット。エリックは銀のトレイにサラダボウルとティーカップ、二人分の銀のカトラリーを乗せ、来た時と同じように魔法のタイルを踏んだ。

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