第107話 一人と一匹、さよならと新規開拓。
隊員に行き渡る量のハチミツ採取と養蜂地にする下準備として丸一日。道を変更したことで遠回りになってしまい、当初予定していたよりも王都への到着は三日遅れたものの、収穫の方が多かったから誰も文句は言わなかった。
――で、現在。
ようやく入管手続きが完了して無事王都の門をくぐったところなので、一時的だろうが今生だろうが別れを前に、右も左も前世での卒業式みたいな賑わいぶりだ。当然王都を目指して来た隊商の数だけそんなエピソードがあるので、ある程度賑やかにしていても怒られることはない。
「えーと、エッダにはこれで、デレクにはこれな。使い方は覚えたよな?」
「うん、バッチリ。これがあったら護符の効果で一回攻撃受け流して、敵に一発かましたれるわ。ありがとうな」
「いや、かますなかますな。エッダ分かってるとは思うけど、あくまで逃げる時に使うんだぞ? 気軽にやり返してたらあっという間に使いきっちゃうからな」
自作のアイテムの交換会をしているだけなのに、鼻息荒くやたら血気盛んな発言をするエッダを嗜めれば「冗談やーん」と返ってきたが、甚だ怪しい。ちなみに渡したのはマルカでの討伐作戦で使用したカード型のやつだ。
「そしたらアタシからはこれな。大事にしたってや~て言うたかて、マリが危ない目にあったら身代わりに砕けてまうけど。ま、危ない目に合わんでくれたらその分長持ちするで」
「待て待てエッダ。手が込みすぎじゃないかこれ。滅茶苦茶に意匠が凝ってるぞ? 交換っていってもさすがに悪いし、幾らか払うよ」
「何を言うてんの。人からの贈りもんに金の話出しな。ありがとう言うて受け取ったらええねん」
こっちの無粋な発言に怒った表情を作ったエッダだったけど、格好だけだったのかすぐに満面の笑顔になって、幾何学模様ぽいのが彫られた木製バングルを押し付けてくる。もう一度金の話をしたら怒るぞという圧を感じ取れたので、苦笑しつつ「ありがとな。大事にする」と受け取っておいた。
「デレクは使い方とか大丈夫そうか?」
「はい! これがあれば結構奥地まで採取に行けそうッス。な、レオン?」
デレクにやったのは、ホームセンターで売ってるホイッスル……の、中の玉を魔石に変えた物だ。本当はコルク玉が入っているのだが、息を吹き込んだ時に軽くて回れば魔石でも代用出来た。地味にホイッスルの分解に一番手間取ったのは、この際ご愛敬だと思っておこう。
この魔石にちょっとオニキスの魔力を込めてもらってある。あとは小さい風属性の神様の加護。これのおかげで笛の音はより遠く届いて、尚且弱い魔物なら中ボスレベルのオニキスの魔力に怯えて寄ってこない。
「そりゃ良かった。でもそれは遭難した時に助けを呼ぶための笛で攻撃力とかないぞ。一応微弱な結界効果もあるから、助けが来るまで頑張って吹き続けろよ。あとはあれだ、あんまり無理に奥地に行くなよ?」
「了解ッス! てか、マリさんて意外と心配性ッスよね。オレだって死にたくないから自分の能力で行ける場所の見極めくらいしますよ」
「あー……だな。先輩風とか吹かせる気じゃなかったんだけど、悪ぃ」
「アハハッ、心配されるのは嬉しいからむしろ大歓迎ッス! じゃあオレからはこれを。
そう言ってデレクが持たせてくれたのは、パッと見ただけだとゴツゴツした石炭。でも両手で覆ってみたらマスカット色の淡い光を零した。蛍のように儚い明滅をくり返す様はなかなか良い。眠れない夜に眺めてたら寝れそうだ。
「売らないっての。綺麗だし、気に入った。ありがとな」
「へへ、どーいたしまして」
いつの間にか初期の頃に感じていたチャラい奴から、年下の弟みたいになってしまったデレクが嬉しそうに笑う。その表情に和んでいたら「チュータちゃんは~、うちの子のお婿さんになってくれへんの?」という聞き捨てならない勧誘が耳に届いて。振り向けばラルーに毛繕いをされ倒している忠太と、しゃがみこんでスマホを覗き込むエッダの姿があった。
【らるー たいへん みりょくてきです けれど わたしは まりのじゅうま かのじょとともに しょうがいあゆむ しょぞん】
最早ラルーにがっちりホールドされて屈ませてももらえない忠太は、立ったまま器用に後ろ足だけでフリック入力をしてそう答える。もう神業の域だ。金太郎はレオンに手持ちの石を片っ端から舐めさせ、色の変化を楽しんでいる。自由な奴め。
オニキスは落ち着いた様子で周囲の喧騒に耳を傾けたり、景色を眺めている。記憶の鍵になるものを無意識に探しているのかもしれない。
「こらエッダ、うちの忠太は引き抜かせないぞ」
「んふふ、引き抜いたろ思たけど一途な子やわ。断られてしもた。ラルー、残念やけどここでお別れやて」
エッダの言葉が分かるのか、ラルーは一瞬動きを止め、大きな黒い瞳いっぱいに忠太を映してから抱きつくと、小さく「チチッ」と鳴いて。そのままエッダの方へ駆け寄ったラルーは彼女の懐に潜り込んでしまった。すがりつかない良い女だ。
「それじゃあまぁ、今日までバタバタしっぱなしだったけど楽しかったよ。同職として二人の健闘祈ってるぞ」
「オレもすげぇ楽しかったんで、二人の成功を祈ってるッス」
「アタシも祈っとくわ。女で変わりもんが他にもおるて分かって楽しかったで」
なんてことを言いつつ、爪先は別々の方向を向いて。それまでの会話も時間もさらりと流して振り返らずに歩き出す。どうやら別れの言葉が苦手なところまで気が合うらしかった。同じようにパラパラと一人去り、二人去り、門の前にたむろしていた隊商の塊がほどけていく。
ややくたびれた様子の忠太が肩によじ登ってきて、私の頬に額を擦り寄せてきた。その少し湿気ったピンク色の鼻先を撫でていたら、背後から「マリさん、お待ち下さい!」と呼び止められる。
「おぅ、どうしたチェスター」
「はぁ良かった……まだこの辺りにいて下さって」
「うん? 護衛の成功報酬はもう受け取っただろ。まだ何か用事があるのか?」
「ええ。もしもレッドスピアーの養蜂が上手くいったら、ハチミツをお届けしたいと思うのですが、ご自宅がある方には住所を聞いているんです」
「へぇ、それは嬉しいな。美味かったから是非また食べたいと思ってたんだ」
「ふふ、そうでしたか。それは良かった。ではこちらにご記入願えますか?」
差し出されたペンとノートを受け取り、少し悩んでからエドの店の住所を書き込んでおいた。すぐに届くものでもないのは分かってるけど、ちょいちょい留守にするからその時に配達されると困るしな。
スマホの画面に出てきた住所を書き込むと、それを覗き込んだチェスターが眉をひょいと上げた。
「おや、マリさん達は隣国の方だったのですね」
「ああ。出身者ってわけじゃないけどな。それよりあの場所を養蜂地にするって言ってもさ、誰かに見つかるんじゃないか?」
「はい、恐らくはそうでしょうね。ですが現状はまだ規模も小さいので小手先ではありますが、当面は目眩ましのかけられる魔道具で凌ぐつもりです」
「ふぅん、目眩ましの魔道具かぁ……それなら知り合いにそういうのが得意なのがいるけど。一応住所教えとくか?」
「本当ですか? それなら是非ともお願いしたいです」
「ん、分かった。じゃあ念のために私の方からも手紙送っとくわ。全く知らない人間から依頼がきても断られそうだしな」
道の端に寄ってそんな会話をすること十分弱ほど。隣国で異世界ハチミツ園の一協賛者として名簿に名前を連ねたのだった。
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