第105話 一人と一匹、賑やかに時は過ぎ。


 目的地が近くなるにつれさすがに連日飲んでいた隊の人間達も、各々の職業仲間で集まり、王都での連絡先や滞在日などの情報交換をしている。冒険者連中なんかはこれを期にパーティーを組む者も多い。


 商人連中は一人前になるまで面倒を見てくれそうな商会や、ギルドの登録費が田舎とどれくらい差があるのか、人によってはこの隊の中で親しくなった職人と組もうと持ちかけたり、もしも店舗を構えるなら王都のどの地区の地価が安いかなど、金の話が目立つ。


 職人達は道中各自の相棒を頼りに全然違う場所から採取した素材を交換したり、お互いの作品を記念に交換したり、細工法を教えてもらったり(デレクは除く)、意外とこだわりが異なると同じ業種の職人でも学びが多い。かくいう私達も例に漏れず車座になって各々好き勝手に製作中だ。


 レオンに鑑定してもらったデレクの魔石と、私が持っているパルミラの糸を交換しつつ、エッダの木彫りをする手元を目で追う。デレクは魔石持ちなくせに加工下手なのでそっちは私が面倒を見て、その代わりに魔石のある地層の見分け方を教わっている。


 チラチラ視界に入るラルーが、ずっと忠太の毛繕いをしているのがハチャメチャに可愛い。忠太も最初はやんわり抵抗していたものの、今はもう無だ。甲斐甲斐しく背中の毛繕いをするラルーのおかげで、いつにも増してウル艶ホワイト。


 時々自身が飛ぶ時に使う飛膜をいじりながら、うっとり(してるように見える)と黒くてまんまるな目を潤ませているモモンガ。スマホで連写したくなるのをぐっと堪えて作業に集中するフリをする。


 ここまで彼女が忠太にお熱になったのは、ラルーが素材を探している際に猛禽に狩られかけた時、それに気付いた忠太が攻撃魔法を使って助け出したせいだ。さながら姫の危機に駆けつける騎士。ときめくのもやむ無しだ。


 ちなみに金太郎とオニキスは暇を持て余して色んなところに見学に行っている。微妙に馬が合う一体と一匹に他の隊の連中も優しい。戻ってきたらまた何かよく分からない素材とかもらってくるんだろうなぁ……。


「あー、やっと明後日で王都に到着ッスね。楽しみだけどこの面子じゃなくなるのはちょっと寂しいッス」


「まぁ思ってたよりここまで長かったよな。途中から荷馬車が加わったっていってもほぼ徒歩の旅だったし」


「金がないうちはこんなもんスよ。むしろ移動に自分の馬と荷馬車、特に幌付きを使える奴は、もうすでに結構な成功者っつーか」


「そんなもんなんだ。行商人って皆あれで移動してるからもっと一般的なのかと」


「えー? マリてたまに金持ちのお嬢さんみたいなこと言うなぁ」


 そう言いながら作業中の小刀から視線を上げたエッダの手には、数時間前までただの太い木の枝でしかなかったのに、今や一目見ただけで忠太だと分かるハツカネズミが握られている。やや本物よりも筋肉質なせいで御神体感があって良いな。


「そうか? お嬢さんてほどでもないだろ。住んでる町の外に行くなら馬か馬車はあった方が便利じゃないか」


「ほらぁ、そこがもうすでに間違ってんねんて。女やったら普通は町やら村から出ても精々二日で帰ってくるし、結婚前やったらほぼ出してもらえへん。遠出するんやったら結婚後に旦那の了承がいるし」


「うげぇ、面倒くさいなー……」


【じゆう うばわれる さいあくです】


 ラルーの毛繕いの妨げにならない程度に身を屈めて、ソロソロとスマホに打ち込む忠太の気遣い力よ。


「やろ? そやからうちは古臭いこと言う故郷には帰らへんで、独身貫く気ぃやねん。親が連れてきた結婚相手、離婚歴二回ある五十五歳やで? ありえへんやろ。どこでもラルーがおったら寂しないしな。一人と一匹で食べていけるくらい稼げたら問題ないんよ」


 確かエッダは今十七歳だとこの前聞いた。歳の差夫婦を知り合いに持つ身ではあるけど、あれはそこに愛が芽生えた運の良い例なわけで。だとしたらエッダのそれはえげつない。少女売買ギリか。どこに行っても世の中は世知辛い。


「何かあれだ、エッダはちゃんと先を考えてて偉いな」


「マリ、雑にまとめんの止めぇ。アタシより三歳上やのにもー。二人は王都出たら何かやること決まってんの?」


「オレは……んー……魔宝飾具師続けるかちょっと迷ってて。冒険者ギルドでたまに鉱石とか魔石を採取する依頼あるじゃないスか」


 苦笑いと共に衝撃的なことを告げられた私とエッダは、若干動揺しながらも言われた内容に頷く。デレクはこちらの反応を確認してから再度口を開いた。


「ああいう依頼で、一緒につるんで採取する冒険者を探すのもありかなって。一応魔宝飾具師として故郷から出ては来たんスけど……この隊にいる人達の技量見たら、むしろ踏ん切りがついたんで。それにレオンと一緒に得意な方面を伸ばすのもありッスよね!」


 思いのほかカラッと明るく言って退ける姿に、エッダと顔を見合わせて笑ってしまった。そういうことなら大賛成だ。名前を呼ばれたレオンもどことなく嬉しそうに身体をビタミンカラーに変化させる。応援色の詰め合わせだな。


 次いで二人から期待に満ちた視線を向けられたものの、実際オニキスの記憶を探しに来ただけの私には、こちらでの目標らしい目標はないわけで――。


「私達はまぁ……ひとまず王都の観光したり、素材を買ったり、作ったアイテムを売って流行りでも調べるつもり」


 当たり障りなく、かといって全部が全部嘘でもない目的を口にすると、二人はあからさまにつまらなさそうな顔をしたのだが、すぐにまたエッダがにんまりとして口を開いた。


「なんやあの偉そうな子に夜這いかけられとったから、専属の話でも持ちかけられたんかと思ったのにちごぅたんかぁ」


「夜這いをかけられたのはオニキスだっての。専属の話もないない」


「そやったらチュータちゃんうちの子のお婿に頂戴~」


「なーんでそうなるんだよ。第一エッダはラルーと独身で通すんだろ? そもそも種族違うしさ」


「ちゃうちゃう。アタシは独身でもええけど、ラルーは好きな雄おったら番になったらええねん。それに愛の前に種族は関係ないで」


 話題の大暴投にも関わらず、どこか確信ありげに鼻息荒くそう言ったエッダ「いや、パッと見で一方通行ッス」と冷静に突っ込むデレク。それに「アタシのラルーが可愛ない言うんか? お?」と絡むエッダ。おろつきながらスマホに文字を打ち込もうとする忠太と、毛繕いをしようと引っ張るラルー。賢者の面持ちのレオン。


 そんな光景を眺めながらひっそりと。あの夜クソガキから押しつけられたメモの入ったシャツのポケットを押さえた。

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