第103話 一人と一匹、知らんぷりを決め込む。


「あー……あんなぁ、ボク? 従魔は売りもんとちゃうねん。格好ええから欲しいのんも分かるけどな、あの子はこのお兄ちゃんみたいなお姉ちゃんの大事なお友達やからあげられへんわ」


 偉そうな台詞と共にフードを上げた人物の顔を見て、エッダは困った風に言葉をかけたものの、その口許は堪えきれない笑いでひきつっている。デレクも同じく……というよりは、何だか生暖かい視線で頷いていた。


 まぁ二人のその反応も無理はないか。だってフードの下から現れたのは、この年頃だと気になるんだろうなという身長を、ブーツで水増しした美少女と見紛う美少年だったのだ。その背伸び(物理)具合に、多少舐めた口をきいても多目に見てしまいそうになる。


「おい、エッダ。誰がお兄ちゃんみたいなお姉ちゃんだよ」


【そうですよ まりは かわいい おねえさんです】


「んっ、くふふふ、でも魔宝飾具師の従魔が欲しいとか……随分物知らずなガキだけど迷子ッスかね?」


 せっかくエッダと私が堪えていたのに、同性のデレクが空気を読まないで笑ったせいで、少年は顔を真っ赤にして「なっ、わたしを子供扱いするな! 無礼だぞ!」とのたまった。まだ声変わりの途中なのか、やや上擦った声はハスキーな少女のそれだ。


 見たとこたぶん十二、三歳くらいか。色素の薄い金髪と青い瞳がさらに庇護欲をそそる仕上がりになっている。忠太とは違うベクトルの不憫さだな。少なくともクソ生意気で可愛くはない。


「んー……取りあえず何か偉そうだし、良いとこの子だってのは分かったな。どっかその辺に我儘な子供に振り回されて、慌てて行方探してる奴いないか?」


 とか言っていたら、急にデレクが挙手して立ち上がる。私は勿論のこと、エッダと少年の視線もデレクに集中したのだが、次の瞬間「じゃあオレ少しその辺を探して来るッス。その代わり二人は店番よろしくー!」と走り去った。


 狩人な金太郎が追いかけようとするのを手で制し、こっちに近付いてこようとするオニキスには視線でくるなと釘を刺す。子供とはいえ、得体の知れない奴には近付けたくない。


「あーあ……行ってしもた。あれ、絶対に他の店が気になったからこの子を言い訳に使ったやん。あざとぉ」


「だな。ま、土産話に期待しよう。それに実際のとこ迷子は保護しとかないと、どんどんドツボにはまる迷い方するからなぁ。人攫いにでもあったら寝覚め悪いし。お前も分かったらその辺に座ってお迎え待ってな」


 口を動かしながらも売れて隙間が出来た場所への補充や、ずれた値札の確認をしたりしていると、正気に戻った少年が「わたしは迷子じゃない。金なら言い値を払う。あの従魔を売れと言っているんだ」と話を蒸し返してきた。物分かりが悪いガキである。


「はー……だから売る気はないって言ってるだろ。でもまぁ一応聞くけど、何でオニキスが欲しかったんだ?」


「ふん。この紋章が何かも知らん物知らずに言ったところで分からん。考えないで良いから売れ」


 言いつつ胸にあるバッジのような物を指したがさっぱり見覚えがない。反応の薄いこちらに対して一切とりつく島もないクソガキの言動に、忠太が歯をカチカチいわせながら噛み合わせのチェックを始めた――が。


「あ、何やえらい感じの悪い子やねぇ。えいっ」


「いっ、いひゃい! なにをひゅる! ふれいみょの!!」


「生意気ようさん言う割に筋肉少ないんちゃう? よく伸びるほっぺやわ~」


 いつの間にか陳列を終えたエッダがいきなり少年の頬を引っ張った。攻撃されることを計算に入れていなかった少年は彼女にされるがまま、ビヨビヨと綺麗な面を弄ばれている。騒がしい状況にエッダの懐で寝ていたラルーも気分を害したのか、クソガキのサラサラな前髪を引き抜くために参戦した。ざまぁ。


「コラコラ、止めてやれってば――……と、一応止めてみるな」


【えっだ きょういくてき しどう】


「ひゃんとひょめろ!」


 ジタバタともがく美少年。張り付いた笑みのエッダ嬢。安眠を邪魔されてお怒りのモモンガ。それを観戦する私と忠太。少女が少年をいたぶるそんなカオスな店に集まる、客にならない野次馬達。


 そこにようやく隊の誰かが報せたのか、人垣を割ってチェスターの率いる見回り部隊がやってきた。よそ者である自分達のところで揉め事を起こさないようにとの自衛だ。まさにこんな風に。


「おや、これはまた賑やかですね。説明をして頂いても構いませんか?」


「チェスター、こっちも別に賑やかにする気はなかったんだけどさ、このクソガキがうちの従魔を売れって言ってきたんだよ。でも私達は魔宝飾具師だ。売るのは作品で自分の相棒じゃない。で、交渉決裂からのこう」


「成程、それはごもっともですね。状況は分かりました。他の職人達の邪魔になりますので、あとはこちらで引き取らせて頂きましょう。貴方もそれでよろしいですね、エリック・トレヴィス様」


「きしゃま……なんれ、わらひのにゃを」


「先程必死で迷子を探されている方達がいらしたのでお声をかけたら、そんな名前の子供を探しておられましたので。その様子だとご本人で間違いないようだ。そういうわけですのでエッダさん、その方を自由にしてあげて下さい」


 取り様によっては真面目なシーンになりそうなものの、頬と前髪を弄ばれている美少年と胡散臭い微笑みを浮かべた青年では、またちょっと違った話になりそうだなと思ったことは心にしまっておく。


 若手の護衛を連れて先を歩くチェスターにクソガキ改めエリックが続くが、不貞腐れた表情で頬を擦るエリックはオニキスが気になるのか、度々こちらを振り返ってはムッとした表情を浮かべた。


 なら振り向かなければ良いだけのことだが、遠ざかっていく欲しい物見たさにそれが出来ない気持ちも分からなくもない。けれど面倒事に巻き込まれるのも嫌なので、ソッと視線を外して何食わぬ顔で接客にあたった。

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