第102話 一人と一匹、市場にて。


 アシュバフに来てから早いもので二週間。


 未だ王都には辿り着けていないものの、途中の町や村で都会を夢見る若者を吸収して荷馬車などが充実したおかげで、少し移動速度が上がったこともあり、あと十日ほどで到着出来る目処が立った。


 ――とはいえ、旅には先立つものは必要なわけで。


 町の大通りから少し離れた旧大通り。

 夏の陽射しの下に所狭しと建てられた簡素なテント。


 そんな急拵えな蚤の市っぽい場所に集うのは若手の職人達だ。元からこの町にある工房の若手と、私達が加わったキャラバン隊の若手が混じっているのは、互いの技術向上を狙ってみてはどうかとチェスターが直接かけあったかららしい。


「お、そこのお嬢さん、こっちの商品新作なんス。見てってよー」


 黒い敷布の上にはゴロッ、ゴツッ、とした原石感まんまのアクセサリーが並んでいる。好きな人は好きそうなワイルド系……と言えば聞こえは良いが、デレクは魔宝飾具師としては致命的なことに不器用だった。


 なのでデレクが扱う商品は基本的に素材の良さを損なわないよう、余計な加工(損傷)を施さないそうだ。その代わりに彼は目利きが出来るので、客層も魔法使いの中では研究者寄りの人が多い。


「うちの商品に外れはあらへんで~! 三個まとめて買ぉてくれたお客さんには、一個だけちょっとお安くしとくわな」


 やや訛りはあるが、スパンッと耳に届く活きの良い少女の声。こちらは極彩色の花柄の敷布の上に、先に小さな飾り石のついた木の杖だとか、木彫りのペンダントトップやバングルが並んでいる。


 ブースの主は五日前にこのキャラバン隊に加わった黒髪のエッダ。この国のさらに向こうにある国の山間部に住むアヌムゥ族という少数民族の出身で、木綿で出来たアオザイのような服を着ている。


 小さな身体に似合わぬ高出力の声は集客力抜群な彼女の売りは、魔木と呼ばれる微弱な魔力を持った木の加工。商品のほとんどが護符で、所持者を一度護ると壊れてしまう。それだけ聞けば以前私がレティーにあげたやつに似ているが、彼女の作る護符の対象範囲は私が作った物より広い。


 しかしこのハーメルンの笛吹みたいな増え方をしているキャラバン隊。職人や商人はそれなりの人数がいるのに、魔宝飾具師は私を含めて七人ほど。元々魔力を持っている人間の分母が少ないそうなので仕方ない。


 その中で比較的気の合うこの二人とつるんでいるのだが、さらに言うなら隊の女性は私とエッダだけだ。やっぱりこの中世っぽい世界の基準だと、女性は結婚でもしない限り故郷を出ないらしい。エッダとは変わり者同士仲良くやっている。


 従魔達もそれぞれカメレオンのレオンは半日陰でまったりしているし、エッダの従魔であるモモンガのラルーは人見知りなので彼女の懐から出てこない。忠太達はそんなマイペースな同僚(?)達を気にする素振りもなく、うちのブースの周りをチョロチョロ動き回っている……と。


「おーい、声出さないと目立たないッスよ。それとも暑気あたりした感じ?」


「私が声出さなくても目立ってるなーって思ってたとこ。暑気あたりは大丈夫」


 人間観察をしているつもりがぼんやりしているだけに見えたらしい。私達のやり取りに気付いた忠太が商品の間をすり抜けて戻ってくる。膝の上に登ってきた忠太の頭を撫でていたら、いつの間にか横に立っていたエッダが「そうそうデレク、もっと言ったり」と声をかけてきた。でも水を差し出してくれる辺り優しい。


 会釈して水を受け取ると、エッダはどっかりと隣に腰をおろして自分も水を口に含む。そうして二、三口飲んだ彼女はこちらでは珍しい黒髪を掻き上げ、わざと気難しい表情を作って口を開いた。


「あんなぁマリ、あんたもちゃんと客の呼び込みせぇへんと。いくらえぇもん作っても売れへんかったらただの荷物。移動中にアイテム作るんやったら、ちょっとでも減らしていかんと。行商は身軽さも大事やで」


「それは本当にごもっとも。でも二人の呼び込みで客がこっちに寄ってくるからさ、声出す必要ないんだよ」


「なんや、人のこと拡声魔道具とでも思とんのかーい」


「ヤベ、もしかしてオレ達うるさかったスか?」


「違う違う――って、二人共もたれてくるなって。暑いんだから距離とれ距離」


 言葉で言うほど暑くもないし、デレクもエッダも呼び込みのことを気にしてない。単に歳の近い職人同士でふざけるのが楽しいのだ。でも日陰とはいえ、真夏のおしくらまんじゅうはさすがに暑い。


 笑いつつ二人を引き剥がしていたら、巻き込まれる前に膝の上から冷たい地面に逃れていた忠太が、スマホに文章を打ち込み終えていたところだった。


【おふたりの たいへん げんきな よびこみ たすかってます みんな おもわず あしをとめてる】


「チュータちゃん、分かっとるやん。商売に必要なんは愛嬌やで。アタシのラルーの次に可愛いわ。その点マリは何も分かっとらんな~!」


「いや、目付き悪くて女の割に背のでかい私と愛嬌は元から相性悪いだろ。それにそういうのならほら、金太郎がいるし」


 そう言って指差す方向には、キラキラした大粒のビーズを使ってジャグリングをする金太郎。パッと見だと岩を砕くとは思えないその愛くるしい姿に、足を止める女性や子供は多い。


【かれが うちの あいきょう たんとうです】


「まぁ、そやなぁ。それにマリのとこにはえらい見目の麗しいオニキスちゃんがおるもんな。あの黒曜石みたいな立派な角。立ってるだけで目立ってえぇわ。ちゅうか、今思ぅたらマリは従魔が三体もおるんやん。お世話大変ちゃう?」


 コロコロと表情と同じくらい変わるエッダの話題は、二週間前に【真名】を得て華麗な変身――もとい、本来の姿を取り戻した元・紅葉に移った。真っ白な流木みたいだった角はエッダの言うような黒曜石色に、骨と苔で形を保っていた胴体も青鹿毛におおわれている。


 さすがは中級精霊。滅茶苦茶格好良い。ただし眼窩だけはまだほんのりとした光が宿るだけで、完全復活したとは言えない状況だ。聖女と過ごした日々の記憶が戻れば、完全体になるんだろうか。


「ああ……オニキスは知り合いの職人から預かってるだけなんだよ。それに金太郎はああ見えてゴーレムだから、厳密に言えば従魔とは違うし。実質うちの従魔は忠太だけだ。おまけに皆自立してるからお世話されてるのは私の方だって」


 認識阻害の魔法がかかっているらしく、キャラバン隊の誰もが紅――いや、オニキスの姿が変わったことに触れない。でもまぁ、触れられても説明が面倒だから好都合なんだけども。ほんの少し寂しい気がするのは私の我儘だな。別にオニキスになってから紅葉の私達への態度が変わったわけでもないし。


 そんなことを考えつつ、子供に群がられているオニキスの方へ視線を向けていたら、こっちの視線に気付いたオニキスが〝呼んだ?〟とでもいうように首を傾げる。のんびりしたとこは本当に変わらない。


「ハハッ、そしたら大変なんはチュータ達ちゃんの方やね~」


【わたしは まりの そばに いられるなら なんでもいいです】


「忠太の〝ちゅう〟は忠義の忠だからな」


「え、そうなんスか? てっきり〝チュー〟って鳴き声の方かと。でも良いッスねそういう関係。オレの相棒も態度に出ないだけで、きっと三分の一くらいは思ってくれてる……はず」


「自信少なぁ。そこは言い切らんとあかんやろ。その点ラルーとアタシは双子みたいなもんやで――ってあ、お客やん。いらっしゃいませ!」


 すっかり休憩状態だったところに金太郎がお客を連れて戻ってきた。


 条件反射で自分のブースについた私達だったが、日除けフードを目深にかぶったお客の「あのさ、あそこにいる鹿の従魔欲しいんだけど。誰のか分かる?」という不躾な言葉の前に、エッダとデレクが息を飲んだ。

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