第90話 一人と一匹と仲間達、着工する①

 野外作業にはおあつらえ向きのスッキリとした青空の下、スマホで注文した材料がどんどん空間から現れては地面に積み上がっていく。


 普通業者でもないのに、人生でモルタルの大袋をこんなに目にすることってあんまりない。他にも冗談みたいに大きいハンマー、ピッケル、一輪車、防水加工の養生シート、左官道具一式、年代物の銅製平和風呂釜、角材と板材、ミニログハウスキットもある。


 支払いが全部領主持ちとあって最初から全力の装備だ。理解あるパトロンがついているというのは素晴らしい。


 衛生観念というので真っ先に思い浮かぶのは風呂だ。けれどこの国には火山がないらしいので、残念ながら天然温泉は期待出来ない。その代わりに水源は多いから、農業用に引いている水路をちょっと間借りして、斜面のある川辺を利用したかけ流し方式の公衆風呂を作ろうということになった。


 しかし私達はDIYの初心者から中級者に手が届いた程度の腕前。上級者向けの本格露天風呂製作は難しい。なのでそれよりは少しだけ難易度を下げ、池を作る方法を採用し、さらに湯を沸かしながら入浴という点を重要視したら、件の国民的アニメな風呂の形になったわけだ。


 調べてみたらあの風呂の小さい方の湯船で湯を沸かし、冷たい水と温かい湯の間で起こる循環力でもって、半分水を張っておいた大きい湯船へと熱湯が押し出される仕組みになっている……らしい? 原理としては。たぶん。


 今回の浴場は使う人間が限られているから、町中のものほど大きく作る必要はない。脱衣所を別に作って周囲を木の塀で囲んで屋根をつければ、即席ではあるが露天風呂になる。湯船の広さもそこそこ広い池くらいで済むはずだ。


「ウィンザー様が手配してくれた応援部隊が来るまでに、こっちの荷解きやらは私がやるとして――……と。まずは一帯を平らにするところからだな。地面の水抜は忠太、植物の伐採や根っこの整備は紅葉、整地は金太郎。このメンバーでト○ロに出てくるタイプの岩風呂作るぞ」


「はい。せっかく貴女の魔石ブローチをお借りするのですから、完璧にこの地面の水抜をしてご覧に入れましょう。わたし達一同はマリの采配に従います」


「うわ、よせって忠太。その言い方だと私が現場監督な感じになっちゃうだろ。皆同じ横一列がルールなんだからな?」


「ふふ、承知致しましたマリ」


「本当に分かってるのか怪しいもんだなぁ」


 苦い表情になってるだろう私の言葉に、久々に人型をとった忠太が綺麗な顔でとびきり嬉しそうに笑った。汗止め用のバンダナをしているのに見映えがするとかずるい奴め。世界広しといえども、ワー○マンで購入した作業着をここまで着こなすハツカネズミもいないだろう。前世で私が広報だったら絶対イメージモデルにスカウトする。


 その後ろでピョコピョコと跳ねながら道具の間を行き来する金太郎は、もうすでに自分の得物がハンマーとピッケルだと理解している風だ。梃子の原理とか絶対いらないだろう腕力の持ち主のくせに、重さを確認するように持ち上げては悦に入っている。若干ホラーだ。


 紅葉はそんな一人と一匹を気にするでもなく、呑気に冠に寄ってくる蝶々を視線で追いかけていた。


「応援が下地のセメントを塗りに来てくれるまで三時間ある。それまでに何とか形にしとこうぜ野郎共」


 そう号令をかけた直後、順を争うように持ち場に散る優秀な人材(?)に満足しつつ、私も荷物を開けて説明書をこっちの言葉に書き換えたり、説明するために熟読する作業に当たった。

 

 ――――で、二時間後。

 

「そこだ金太郎! 遠慮なくぶちのめせ!」


 無責任ともとれるこっちの指示に、屈強な男が三人くらいは必要そうなツルハシを振り上げる羊毛フェルトのテディベア。その見た目にそぐわないパワーで振り下ろされたツルハシは、轟音を上げて地面に大穴を穿った。


「からの紅葉! 岩と土をかき集めて穴から掻き出してくれ!」


 すると高々と己の角を誇った頭の装飾過多な牡鹿の足許から太い蔓がから伸び、一瞬で大きな籠を編みんだかと思うと、ショベルカーよろしく岩と土をかき集め、一気にごっそりと穴の外へと放った。


「それからえーっと……あぁ、ロビン! 地盤の水抜を頼む!」


 人様の名前を勝手に拝借している手前やや叫ぶのを躊躇ったが、その直後に塞き止めてあるとはいえ、川の水で重く湿っていた土が雑巾を絞るように波打ち、次の瞬間にはたっぷりとした大きな水の玉が宙に浮いていて、そのままスーッと川の上まで移動して水面に溶けた。


 この間にかかった時間は僅か十五分。


 人間では到底出来ない離れ業をやってのける姿に「格好良いぞ!」と声をかけたが、ふと背後から複数人の視線を感じて振り返る。予定より一時間も早く現場にやってきたレベッカ率いる応援部隊が、頬をひきつらせて立っていた。


「ふ、ふふふ、呆れたわ……まさか本当にこんなデタラメなやり方で工事に取りかかるなんてね……」


「えぇ? 工程表出した時に言っただろ。最速で終わらせるって」


「あのね、マリ。普通はこの規模の工事だと早くても三週間はいるのよ」


「まぁ土地の獲得を抜きにしても、下地のモルタルが乾くまでにかかる日数とか、天気とか、地面に染みてる水を抜くとかの時間がいるからな」


「そうよ。一応分かっているのね」


「ん。ウィンザー様にもレベッカにも無茶なことを言った自覚はあったからな。少しでも効率的に作業して工期を短くしたかったんで、一般の工期がどれくらいか調べたんだよ」


 私の答えに渇いた笑いを漏らす応援の職人達。彼等にしても今回の現場は今までのどの現場とも勝手の違うものになるだろう。


 五日前に散々に揉めたあの二組の家族に一旦お引き取り願ったあと、奥の部屋から紅葉と金太郎を呼んで作戦会議を開始した。お題は衛生環境の向上一択。手始めにざっとこの世界での不遇職を書き出してみたところ、大体トイレの汲み取り人、農家、畜産、革の鞣し職人なんかがこれに当たると認定(独断)。


 そのままスマホをタップし、時々忘れかけている駄神からの唯一感謝した加護である転移を選択。ピンのうち一本をモントス近郊の街道に移動させて、直接ウィンザー様とレベッカを電撃訪問。突然先触れもなく訪ねて来た私達に驚く二人に、


『超絶肉体労働者専用の風呂を作りたいから川の近くの土地が欲しい。それから建設許可も。勿論可能な限り水質汚染は気を付けるから頼む』


 ――と、偉そうなことを言ってしまった。あの時は頭に血が上っていたから言葉が足りてなかった。反省はしている。でも同じようなことがあったら次も同じことをするだろう。


 普通ならこの時点で取っ捕まって牢屋行きでもおかしくないところなのに、二人はこっちの話を聞く場を設けてくれ、あっさり了承。その日のうちに二つ返事で土地を貸す書類をまとめ、その町を任せている部下に話を通してくれたのだ。


「一番風呂は力を貸しに来てくれた皆さんへ。今日はよろしくお願いします」


 そう言って差し出した私の手に、豪快な笑みを浮かべた職人達のゴツゴツとした手が次々と差し出された。

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