第87話 一人と一匹、転生一周年。
「はい、確かに以上の薬草をこちらが買い受けました。ちょうど冒険者ギルドに薬草採取の依頼を出そうかと思ってたところだったから、貴女のおかげでとっても助かったわぁ」
「こっちこそかなり良い値段で買い取ってもらえて助かりました」
受付のふっくらした鑑定士のおばさんにお礼を言われ、こちらもそれにお礼を返しつつ、カウンターに置かれた鑑定額の手数料を引いた金額を受け取る。私が書類にサインを書く。最近本名の〝真凛〟と書きそうになることもめっきり減った。それを確認した鑑定士のおばさんが判を捺し、写しをくれたら取引完了だ。
エドとの商談後に掃除を特急で終わらせて戻ったレティーに、夕飯は絶対に一緒に食べると約束をしてから、一旦鹿と金太郎を家に連れ帰って、忠太と再び町の商工ギルドまで足を運んだのだが、思いのほか良い収入になった。
【こんごとも どうぞよろしく おねがいします】
「あらあら、礼儀正しいのねぇ。こんなに良い状態の薬草が手に入るなら大歓迎よ、可愛い使い魔さんとお嬢さん。欲を言うなら供給数が安定してるともっと助かるんだけれど」
「まぁそれは今後追々ということで。というよりも、今日持ち込んだ薬草ってこの辺りだといつもこんな感じなんですか?」
「こんな感じっていうのは買取金額のことかしら?」
小首を傾げてそう言うおばさんに頷き返せば、彼女は小さな丸眼鏡を外して笑い皺のある目元を緩めながら「そうね」と答えた。
一応エドの店でも鑑定してもらったけど、当然ながら商工ギルドで鑑定士をやっている彼女の方が買取金額は厳しい。ただそれでも予想していたよりかなり多かったことを考えれば、純粋に希少価値。
つまりあの森の植生はこことは随分違うことになる……のだと思う。唯一買取を断られたのは、大抵数が少なすぎるものばかりだった。
これっぽっち何に使おうかと思っていたら、案の定「それにしても、こんなに良質で大量の薬草どこで採取したの?」と探りを入れられたものの、忠太が【ふふふ きぎょうひみつです ごふじん】と答えてくれたので、比較的和やかにその場を切り抜けられた。
その後は金太郎達が待つ家に戻り、長く留守にしていた家の掃除をしたり、鹿と金太郎の寝床作りをしたり、ソーラー発電機を引っ張り出して充電したり、忠太のブローチをチョーカーに作り直して鹿の首に付けたりで、あっという間に夕方に。
レティーとエドが屋台で買った夕食を両手いっぱいに持って訪ねてきてくれた。とはいえ、うちのテーブルはそこまで大きくないし椅子も二脚しかない。なので多少行儀は悪いかもしれないが、食事はレジャーシートを敷いた床の上で食べることになった。
でもレティーは初めての床食(?)で大はしゃぎだったので問題なし。あのラリエット作りも継続していることや、新作を店に並べていることなど話が尽きず。鹿も床に伏せて私達の食事風景をどことなく楽しげに眺めていた。金太郎は料理の間をチョロチョロと走り回って私と忠太をハラハラさせたけど。
最初は鹿を気にしていたエドも、食事と一緒に持ってきていた酒をちびちび飲むうちに緊張が弛んだらしく、王都の学園で学んできたことをあれこれ質問してきたり、私達が留守中に入ったウェディング用のティアラの注文の相談や、店に卸す商品の話をしてきた。
そんな感じで屋内ピクニックみたいな宴会をすること数時間後――。
「――んで、魔石同士の反発が誤作動の原因なのは何となく分かってたんだけどさ、これはたぶん鉱石掘る人達の方が詳しいと思うんだけど、同じ土地の同じ地層から取れた魔石だけを使った方が良いっぽいことが分かって」
「だから最初のやつは誤作動したってのか? だったら正常に作動したやつは何で成功したんだ?」
「誤作動しなかった魔石は、たまたま忠太が無意識に選り分けてくれてたやつだ。私が考えなしに適当に組ませたやつが暴走したんだと思う。精霊は同属性の同格であっても、微妙に相性がある。人間ぽく言えば何をどうしたって反りが合わないってやつだ。その微弱な合わない信号が――って、どうした金太郎?」
レティーと約束していた懐中時計型の魔宝飾具が完成(仮)したので、それについての考察をしていたらツンと服の裾を引かれて。そちらを向けば子猫みたいに身体を丸めて眠っているレティーの姿があった。
その顔を覗き込んで額を撫でる白い毛玉と、私の部屋から毛布を持ってきた鹿がそれをかける光景は、本当は怖い童話と通常の絵本を足して割った感じがして、総合的には可愛らしい。
「あちゃぁ、やけに静かだと思ったら……ついに寝ちまったか」
「もう十一時だからな。良い子の時間はとっくに過ぎてる。金太郎も鹿も、忠太もこっちで話をしてる間レティーの面倒見てくれてありがとな」
どっこいしょと万国共通なかけ声をあげてレティーの身体を抱えるエド。苦笑しながら「重くなったな」と言う姿は人攫いな以外は普通の父親だ。だらりと力なく下がるレティーの手をお腹の上に置いてやると、モゴモゴと小さく何か呟いてまた静かになった。
「今日は王都から帰ってきたばっかりだってのに、こんな時間までレティーに付き合わせて悪かったなぁマリ」
「いや別に。もともとレティーと話すのは結構好きだから。むしろこっちも夕飯ご馳走になったんだし。旨かったよ、ありがとなエド」
【くしやき たくさん ごちそうさま です】
「そう言ってくれると助かるぜ。レティーも普段はオレと二人だからな、変化が少なくて退屈なんだろう。とはいえ流石に明日から四日はそっちに行かないように釘を刺しとくぜ。残りの酒は置いてくからそれでも飲んでゆっくり休んでくれ」
そんなことを言い残して、この家の規模にしては立派すぎるドアから出て行く親子を見送り、残った宴の後片付けを半分済ませたところで「レティー、目が覚めた時に怒るだろうな」と言うと、鹿も金太郎も忠太までもが首を横に振る。曰く【はしゃぎすぎて たべながら ねましたから へいきですよ】とのことだった。
それならそれでいいかと開き直って適当に片付けること二十分。テーブルや椅子を壁際に寄せ、部屋の中央にレジャーシートを広げて――……。
【あ うごきました じゅうでんち もんだいなし】
「良かった、留守中に壊れてたらどうしようかと思ってたんだよ。もし壊れてたら向こうに修理に出さないと駄目だからヒヤヒヤした」
昼間に充電しておいたソーラー発電機をプロジェクターDVDに繋いで準備完了。興味深そうに周囲をうろうろする金太郎と鹿にレジャーシートに座るよう促す。久々に触る前世の文明の利器に緊張しながらも、まだ封も切っていないDVDを床に広げた。お大尽気分だ。
【えいがかんしょー ひさしぶり ぽっぷこーん はずせませんね】
「だな。あとコーラと、さっきエドが置いていった酒も飲んじゃおう」
【ちっちっ まり みせいねん おさけ だめですよ】
「ああ、それなら大丈夫。今日で二十歳だから。あと転生一周年記念な」
【 えっっっ】
「本当の誕生日は二月だったんだけどさ、せっかくならこっちに来た日を誕生日ってことにした方がイベント的に楽だろ。レティーが良い子の時間に寝てくれたおかげで日付が変わる前に祝える。てことで、忠太の誕生日も今日な」
【えっっっ 】
「ハッピーバースデー忠太。これ誕生日プレゼントだ」
こっそり今日のために用意したドールハウス用のベッドと毛布を差し出すと、忠太の身体がブワワッと膨らんだ。真っ白で真ん丸。普通のハツカネズミってこんなに膨らむんだっけと思いつつ、忠太にとってはキングサイズのベッドを進呈し、全然状況を飲み込めていない金太郎達の方にズイッとDVDの山を押しやる。
「さてあとは肝心の映画だけど……何にする? 新入りの歓迎会だから、金太郎とお前に選ばせてやるよ」
忠太を出し抜けた愉快な気分のままにエドの置いていった酒で口を湿らせて。転生してから一年目の夜を味わう。
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