第86話 一人と一匹、久々の取引。

「えぇ……あの、精霊様……粗茶ですが、どうぞお召し上がり下さいまし」


「ブフォッ――!!」


 感動の再会を遂げていつぞや私と忠太を品定めした店の奥の応接室。そのあまりに酷い接客に我慢出来ないで噴き出した。でも人相激悪の男が、頭に猫柄のバンダナ巻いて震えながら可愛いティーカップを差し出す絵面は、笑うなという方が無理だ。これは不可抗力。


 鹿は差し出されたティーカップから立ち上る湯気に鼻をひくつかせている――が、すぐにシュガーポットの角砂糖に興味が移ったらしく、鼻を突っ込んでモソモソと食べ始めた。自由すぎるカオス感に笑いの発作が酷くなる。


「父さんってばその話し方なんなの。それにその紅茶うちで一番高いやつでしょ」


【むり よくないです にじゅうのいみで ああ まり こんなにせきこんで かわいそうに】


「や、やかましいぞお前ら。精霊様のご機嫌損ねるわけにいかんだろうが! 第一マリのそれは自業自得だろ!」


 顔を真っ赤にしてそう叫ぶエドには悪いが、スキンヘッドのオッサンの赤面とかどこ需要なんだ。初顔合わせの金太郎も周囲の反応を見て愉快そうに身体を揺すっているし、鹿の方は……あんまり感情が読めないものの、口の周りを砂糖だらけにしてご機嫌ぽい。


 そもそも自営業の応接室とはいえ生活感と隣り合わせの店内に、二メートル近い頭がボタニカルな鹿がいるだけでかなりシュールだ。忠太と一緒に盛りに盛った王冠と覆面の間みたいな被り物。暗闇でこれを見たら製作した私達ですら悲鳴を上げる出来映えなのはご愛嬌か。


 レティーと忠太に背中を擦ってもらいながらひとしきり笑って、隣から覗き込んでくる鹿に片手を上げて大丈夫だと合図する。なのでその目(隠れてるけど)を見つめて「こいつは気の良い奴なんだ。そんな心配しないでも大丈夫だぞ。なぁ?」と声をかけると、鹿は小さく一つ頷いた。


「あぁ分かった分かった。もうそれで良い……っと、レティー。お前は早く朝食を食べて、当番の店掃除と学校に行く準備をするんだ」


「えええー!! せっかく面白そうな話なのにわたしだけ仲間外れヤダ!」


「そう言うなってレティー。心配しないでも学校から帰ってきたらちゃんと教えてやるって。だから安心して店の手伝い頑張れ」


【まりの いうとおりです かえってきたら あそびましょう】


 年期の入ったソファーに開いた穴を引っ掻きながら忠太とそう答えれば、レティーは不満そうな表情をしつつ「もー……絶対だからね! クマちゃんと精霊様、またあとで遊ぼう」と言って応接室を出ていった。その背中を苦笑を浮かべて見送るエド。その視線はスキンヘッドというインパクトが薄れる程度には優しい。ただしギャップがあってもキュンとはこないが。


 父子家庭の朝ってこんな風なんだなと眺めていたら、こちらの視線に気付いたエドがさらに苦笑を深めた。


「騒がしくてすまんなぁ。いつも朝はこんな感じなんだよ。それで? 結局何でうちに迷子の精霊様を連れて来たんだ?」


「あー……いやほら、精霊だろうが何だろうが迷子は放っとけないだろ。あとは私と忠太が信用出来る人間に合わせてみて、その反応を見て今後の行動の仕方を決めようと思ってさ」


 湯気を立てるマグカップに口をつけ、隣で立ったままマグカップに口先を突っ込む鹿を横目にそう言えば、エドは「となると、オレは精霊様にとってマリ以外の人間代表か」と緊張した面持ちになった。変なとこ真面目だな。


 鹿はそんなエドの様子をチラリと窺い害がないと判断したのか、ティーカップの中身に集中することにしたようだ。あとは湯気の立つ紅茶を飲んでいることからも、猫舌ではないらしい。金太郎は鹿の背中で側転や逆立ちをして遊んでいる。


【あまり むずかしく かんがえないで だいじょうぶ それに えどのおかげで しょたいめんの はんのう だいたい わかりました】


「はぁ? オレの反応っていってもまだ何も……、」


「いや少なくともあんまり人通りの多いところは通らない方が良いってことと、精霊に対しての反応は分かった。変装の方法をちょっと変えるわ。あとは子供代表の反応はレティーなわけだが、あれは大人と違って恐れを知らなさすぎだ」


【きしょうが あらいせいれいも います げんじゅう ちゅうい せねば】


「ぐっ……そこは、まぁ否定しねぇ。きちんと言って聞かせとくぜ。とはいえマリ、それだけが目的だとすると、ここでオレが相談に乗れることなんて終わっちまうんじゃないか?」


「大丈夫大丈夫。むしろこれからの話が商人のエドを頼りたい内容だから。この精霊様は薬草に詳しいんだけどさ、それが大量に手許にあって。しばらく面倒を見ることになるだろうから、宿賃として譲ってもらったんだ。これを商工ギルドに持って行く前に、買い叩かれないように一旦エドに適正価格を見てほしい」


 まだ半分ほど中身が入ったマグカップをテーブルの端に避け、かなり久々に商品の鑑定を頼めば、エドは今度こそ本来の笑みを取り戻して前のめりになる。視線はすでに袋から出した薬草に釘付けだ。


「そういうのだよ、そういうの。これなら役に立てそうだ。ただし精霊様の採取なさったものだとしても、商品に色はつけられねぇぞ?」


「望むところだっての。もしもこの場でエドが引き取りたい物があったら言ってくれ。査定の礼に安くする」


【きんがくの かきとり まかせて】


 こちらがそう口にした直後、エドは二階に朝食を食べに行ったレティーを呼び戻して猛然と査定に入り、遅刻しそうになったレティーの代わりに私と忠太が店先の掃除をする羽目になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る