第85話 一人と一匹、賑やかな帰還。

 早朝というわけでもないけど、朝の一番忙しい時間帯より多少早い午前七時。


 店舗の裏にある勝手口の前に立って呼び鈴を鳴らすと、朝食の準備をしているらしい二階の窓から『〝悪いレティー、いま父さん玉子焼いてるから出てくれるか?〟』『〝はぁい! もう、うちの営業時間は八時半からなのに誰よぉ……〟』という声が聞こえてきた。どこも通学前の子供がいる家ってこんな感じだよな。


 待つこと一分。階段を駆け降りてくる元気な足音に笑う私の胸ポケットから、忠太が【どあから はなれて】と忠告するので従う。すると『〝こんな時間にどちら様ですか~?〟』の声と共に、勢いよくドアが開いた。あのままさっきの場所に立ってたら顔面に当たってただろう。


「おはよレティー。朝から元気だな」


「マリ!? チュータも!!」 


「おう。ひとまずただいま」


「お帰りなさい! こんな時間にうちの前にいるなんて、学園はどうしたの? お休み? 帰ってくる手紙はきてないのに、でも嬉しい!」


「ハハッ、熱烈歓迎だなぁ。でもレティー。もう少し声は小さくな」


【まだ あさはやい ですからね しー ですよ】


 腰に抱きついて商売人の娘らしい声で喜ぶレティーを忠太と宥めていたら、急に二階の方が騒がしくなって。大きな音を立てて駆け降りてきたのは、猫柄のバンダナでトレードマークのスキンヘッドを覆ったエドだった。


 厳ついものに何をかけても可愛さゼロはゼロのままだなと、どうでもいいことに感心する。全然和まない。何でその柄にしようと思ったんだよ。レティーの趣味じゃなかったら許せそうにないぞ。


「マリ、おまっ……お前、何でここにいやがるんだ!? まさか何かやらかして退学処分にでもなったのか?」


「おい、人聞き悪ぃこと言うなっての。普通に休学届け出してきたんだよ」


「そんな勝手に……領主様達に了承は取ったんだろうな?」


「事後承諾で良いかなーって。ちょっとやることが急遽他に出来たんだよ」


「お前なぁ、本当、そういうところがだなぁ」


【もうしわけ ありません じかいから きもに めいじます】


 神妙な顔で頭をさげる忠太。しかしその文言は社会人テンプレだと大抵改めないやつだぞ。帰る連絡を事前に入れておかなかったのは、実は故意だ。レベッカの耳にでも入れたら絶対にまた変な魔物に車をひかせて来そうだからな……。


 こちらの言い分に厳つい顔を盛大に顰めるエドは、相変わらず見た目の割に真人間だった。なので真人間なエドに合わせてこちらも「まぁまぁ、まだ朝も早いんだから、大声出すなよな」と常識人ぶってみる。私がエドを注意したことで、レティーが口を両手で押さえたまま大袈裟に頷く。


 でもからかっているのがバレバレだったのか、エドは眉間の皺を深くして溜息をつくと、幾分落ち着いた様子になって口を開いた。


「帰ってくるならくるで、事前に連絡くらい入れろ。しかもこんな時間に。どうせ朝飯もまだだろ? ったく、何か食わせるもんあったか……」


「ハハッ、悪い。ちょっと人目につくのが具合悪くてさ。飯は自分の家で食うから良いんだけど、エドとレティーに新しい同居人? を会わせたくて。朝飯食ってからで良いから後でうちに来てくれないか?」


 朝早くからの訪問とこちらの謎の提案に親子は顔を見合わせ、それでも頷いてくれれる辺り、だいぶ毒されてきてる証拠だと思った。


 ――それから四十分後。


「なぁ……お前達は確か王都の魔宝飾具師を育てる学園に行ったんだよな?」


「どうしたんだエド、そんな当たり前のこと聞いて。まさかもう呆けたのか?」


「いやいやいやいや、違うだろ? オレがおかしいみたいに言うな! お前が連れてるのがチュータだけなら良い。でもな、そのデカイ魔物を見て、何もないみたいな顔が出来るわけがないだろが」


「マリ、チュータ、後ろの子達は新しい使い魔なの? 小さい熊さんは……本物じゃないわよね? もう一人の大きい子はどうして頭に植物をかぶってるの?」


「レティー、いまちょっと大事な話の途中だ。大きいのと遊ぶのは後にしてそっちの小さいのと遊んでろ。な?」


 朝食を終えてすぐに駆けつけてくれた二人を室内に招き入れた直後の反応に、思わず苦笑してしまう。特にエドの方。やっぱり直接町の中に乗り入れて来ないで、スマホの転移魔法で自宅まで飛んで正解だった。


 二人が来る前に絶対に人前で言葉を話さないよう言い含めた鹿は、ボタニカルなかぶりものをさせた頭をしきりに傾げてはいるが、いまのところ敵対心があるわけではなさそうだ。純粋に騒がしい子供レティーが物珍しいっぽい。一人でずっと静かな生活をしてきたのだから慣れるまで少しかかるか。


 金太郎の方はレティーと同じくらい興味津々といった様子で、レティーの周囲をくるくる回ったり、鹿の頭のてっぺんまで登ってエド達を見下ろしたりしている。こっちは心配なさそうだな。


「いやー二人とも期待通りの反応で面白いな。久々に会っても反応が変わらないのも安心出来るし」


【うらおもて すくないひと きちょうです えどたち いいひと】


「このっ、あのなぁ……オレはお前を楽しませるために驚いてるんじゃねぇぞ? それでその、結局そいつの正体は何なんだ。新種の魔物か?」


 おだてる私達に怒鳴ろうかどうしようか悩んだ末に、頭の似合わないバンダナをむしり取って眉を顰めるだけに留めたエドは、腕を組んだまま顎で鹿の方を指す。これも予測していた通りの反応だと言ったら今度こそ怒らせかねないので、忠太と視線を交わして予め決めておいた設定を口にする。


「よくぞ聞いてくれた。実はそいつ迷子の精霊様なんだよ」


 サラッと流せば軽いノリで受け入れられるかと思ったんだが……エドは鹿に土下座する勢いで腰を折り、バシフィカの森での話を聞いていたレティーは歓声を上げて私の腰にしがみつく。


 居心地悪そうにキョロキョロする鹿に「歓迎されてるぞ」と言えば、パッと見ボタニカルな怪物は、嬉しそうに床を踏み鳴らしたのだった。

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