第84話 一人と一匹、相談しましょ。

 まだ柔らかい薄い緑色の若葉を繁らせた小梢の隙間から、春の陽光が細く白く降り注ぎ、すぐ近くに小川のせせらぎがあり、小鳥の歌う声も聞こえる極上のヒーリングスポット。その先頭を歩く骸骨の鹿に続くのは、人間とハツカネズミと羊毛フェルトのテディベア。


 普通にそんな情報だけ聞くと、私達がどんな関係性なのかも、ホラーなのかコメディーなのかの状況判断にも困るだろう。しかし事実なのだから仕方がない。


 相変わらず日に何度も忠太への貢ぎ物ポイントを報せてスマホが震えるが、極力無駄遣いしないようにと言い含めてある。人化した忠太はハツカネズミの姿の時に輪をかけて頼りになるが、使用するポイントの桁が凄い。


 だから出来れば本当は私のために使うより、忠太が本当に使いたい時に、まとめて使えるようにしてもらいたいのだ。貯蓄は大事だからな。


「えーと……この前は沢のここら辺を調べたから、今日はもう少し川の上流に行ってみるか。奥の部屋で見つけた薬草の群生地らしいぞ」


【らぴあーた ですね よわいですが どくけし こうか あります おもな こうかは りにょうと はっかん ですけど】


 小川の近くらしく青々とした下草を踏み分けながら、手許にある薬草メモを読みつつそう言うと、何も見ていない忠太がより細かい補足をしてくれる。


 学園で出された課題と反省文を処理中に、ちゃっかり下僕に関係のない薬草学の本を探させたり、自動筆記具を借りられる間にと写本を勧めてきたのもこの敏腕ハツカネズミだ。おまけに自分はしっかり本の内容を暗記してるとか……とんでもなく頼りになる。飲食系バイトの繁忙期に本店からくるヘルプ精鋭ぐらい頼りになる。


「そうそう、何かそんな名前と特性のやつ。鹿はよく相棒と採取に行った場所なんじゃないか?」


【のこっていた やくそう さいしゅばしょ たどれば かれの かけたきおく もどるかも です】


 胸ポケットから短い手を伸ばし、スマホにそう打ち込む忠太の頭頂部を撫でた。他の部位より少し骨の分厚いここは特別な気がする。爪でサリサリと柔らかい綿毛みたいな白い毛を引っ掻くと、忠太の髭とピンク色の耳がふるりと震えた。


 サクサク、サラサラ。草を踏む音と小川のせせらぎがBGMの散歩は悪くない。のんびりとした足取りでの探索兼採取は、三時間ほど続いた。


 ――で、だ。


 当然のようにこちらに転生してから患った採取癖を発揮した私は、鹿の背中にくくりつけていた鞄が一杯になるくらいの薬草や鉱石、木の実などを拾い集めて小屋に帰還した。目の前に積まれたアイテムに我ながら貪欲すぎたと反省する。

 

「こっちの山は魔宝飾具に使えそうだとして……問題はこっちの薬草だな。薬学とかまったく分からないけど、結構たくさん採れたし」


【やくそう ちょうやく できなくても そざいとして うれるかと】


「となると――……町に出ることになるか」


【もりから いちばん ちかばだと おーれ ですね】


「鹿もつれて行きたいけど、今の見た目だと難しいか。かといって置いていくのも心配だしなぁ」

 

 自分の話が出ているというのは分かるのか、やや身体の蔦をモジモジさせて「ココ、イテ」と鹿が言う。いつの間にかその背中によじ登っていた金太郎がコロコロと転がり落ちる。やれやれ。


 スマホで周辺の地図を見て情報を提供してくれる忠太に答えつつ、大量の採取品を選別していられるのも、このメンバーで時間をやりくりしてコツコツ修繕した部屋のおかげだ。改めて室内と寝転んでいる場所に視線を向けてみる。


 根っこは避けつつ可能な限り平らにした石床の上に、厚手の防水シート、寒冷紗、除湿シート、山岳用アルミシート、ざっくりした編みのラグマットを二枚敷き、世界観に合わせて切り株模様の人を駄目にするビーズクッション大を置いた。これだけでかなり居心地の良い居住空間ぽくなる。


 本当は根っこもどうにかしたかったけど、長年ここにいる樹の根をどうこうするのもなんだし、バチが当たるのも怖い。テーブルを置くには傾斜が気になるから、園芸用の六角形の木製プランターを穴が開いた面を正面にして床に並べ、足元を余った建築用ボンドで止めた。


 二段ほど重ねてから、作業机としても使えるように天板には湿気に強い木材をデンと乗せてある。プランターの中には百均のすのこで棚をつけ、籠やワイヤーネットを設置。フラスコ型やメスシリンダー型の小瓶に、散乱した瓶から零れた種から芽吹いた薬草や種を入れて収納。


 後は学園の図書館で書き写した薬草メモもブリキの缶ケースにまとめた。これで少しは鹿の相棒の名残も取り戻せただろう。残りの半分は私達の使う魔宝飾具作りの道具や素材を詰めた。苔むした壁には、この森とオルファネア国の最新地図を張ってある。地味にこの商品が一番高い買い物だった――……と。視界の端で忠太がスマホに何かを打ち込んでいる姿が映った。


【では りはびりに かれを まるかのまち つれていくのは どうでしょう あのまちなら まりが せいれいに あったことある しってます】


「成程、それはありかも。ボタニカルな不審者として人の前に姿を現した奴が言うと説得力が違うな」


【おほめにあずかり ふくざつです】


 そう打ち込み、スマホから顔をあげたハツカネズミは、薄いピンク色の尻尾を握りしめて、やさぐれ気味に石床の埃を蹴った。

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