第83話 一人と一匹、一体と+α。

 五月五日。天気は快晴。

 

 ダンジョンで一晩過ごしたペナルティは、マクラーレン先生からのお小言だけ……とは流石にいかず。彼女と他の講師陣から大量に出された課題と百枚の反省文だった。高校時代に金髪で通学した初日にもらった課題より断然多い。曰く他の生徒が真似をしないようにとの厳罰処置らしかった。


 ただ幸いにも放課後に見かねた双子が課題を手伝ってくれ、反省文の方は下僕の一人が作っていたガラスペンっぽい見た目の自動筆記具を借り、資料になりそうな本はその他の下僕が探してきてくれた。半ば力でゴリ押して確立したとはいえ、学園生活で得た人脈が生きているのは喜ばしい。


 ただまぁ……おかげで当初の予定よりも休学手続きが先延びたのはあれだけど。学園の休学届けは双子の言っていたようにかなりあっさりしていた。入学してから何くれとなく気にしてくれていたマクラーレン先生には、休学することを非常に残念がられたけど。前世だとブラックなバイト先で引き留められた経験以外なかったから、少し嬉しかった。


 今日の日付も結果として今回学園を去るのは中退じゃなくて休学だから、何となく幸先が良いかもしれないと思いつつ――。


「それじゃ、二人とも次に会うまで元気でな。何かあったら渡しといた住所に手紙でも送ってくれ。その時に暇なら会いに来る」


「マリったら、そこは絶対会いに来るって言うところでしょう? サーラもそう思うわよね?」


「いやー無理な時は無理だろ。だったら無責任に絶対に来るとは言えないって。二人だってこれから店のことで忙しくなるんだろ? もしかしたら私が遊びに来たって遊んでくれないかもな」


「あら、そんなことはないわよマリ。わたしもラーナも、貴女が遊びに来るならお店を臨時休業にしてでも遊ぶもの」


「へぇ、ラーナはともかくサーラがそんな風に言うのは意外だな?」


「「だって学園で初めて出来た友人なのよ? 遊びたいに決まっているわ」」


 せっかくだから同じ日に休学届けを出そうと提案してきたラーナとサーラ。これも前世と今世込みで初めて出来た学校の友達だ。遊びたいのはこっちも同じなので「私もだ」と答えたら、左右から抱きつかれた。ふわりと香る甘い匂いは香水だろうか。両手に花だな。


「ジャーナ キョウダイドモ ゲンキデヤレヨ」


「コッチニキタラ ツラダシナ サービススル」


 視界の端では地面に直置きしたスマホでフリック入力する忠太を取り囲む二羽。双子を両側に侍らせたまま上から覗き込むと【それは うれしいですね おふたかたも それまで おげんきで】と打ち込んでいた。丁寧なハツカネズミだ。


 隣に並んで頷いている金太郎の背中も可愛い。賑やかな南国色の鳥と、真っ白なネズミと小さなテディベア。パッと見だとここだけ絵本かお伽の国の世界観だな。両側のサーラとラーナを見やると、同じことを思っていた風に微笑んでいる。


「よぉ、ローローにヨーヨー。別れの挨拶か?」


「マァナ マリニモ ラーナガ セワニナッタナ」


「ソウソウ サーラモ セワニナッタナ」


「それならこちらこそだ。でもラーナとサーラもだけどさ、お前達も最初の頃に比べたら良く喋るようになったよな」


 下から見上げてくる八つの瞳。忠太と金太郎は可愛いのは当然だが、鳥の癖らしく小首を傾げるローローとヨーヨーも、普段の毒舌さを忘れる可愛らしさだ。動物ってだけで割と可愛いんだよなと思っていたら、両側のサーラとラーナがこちらの顔を覗き込んできた。


「あたし達って家でも外でも二人で一人って感じの扱いで、個人として話しかけられることがほとんどなかったから。その点で言えばローロー達もそう。マリに会うまではどこかでアイテムを拾って来る従魔としか見ていなかったのかも」


「双子も従魔も本来そういうものなの。でもマリとチュータの関係を見てたらそれだけではないのかもと思って、夜眠る前に一日の出来事を話すようになったのよ。そうしたらローローもヨーヨーも張り切ってしまって。今は苦手な人の愚痴も言い合える仲になったの」


 柔らかい笑みを浮かべる同じように見えて、違う顔。そんな二人に「そっか。そりゃあ良かったなぁ」と答えて抱き合って。何でもない風に「「導き星が呼び合う頃にまた会いましょう」」と、異国の空気を感じさせる別れの言葉を再会の約束に受け取った――……三十分後。


 大樹と呼んでも差し支えない樹の根元に寄り添う石造りの小屋は、絵本の世界に迷い込んだみたいで可愛らしい。綺麗に修繕した鎧戸、屋根には不格好なブルーシート。金具も板も新しくしたドアが訪れる客人を招き入れようと口を開いている。その隙間からのっそりと現れた生き物の姿を見止めて手を振った。


「お、出迎えご苦労さん。二日ぶりだな。元気にしてたか?」


 前掻きをしつつこっちにやってきた鹿は目の前で足を止めると、騎士みたいに恭しく膝を折る。次に肩に乗った忠太に鼻先を寄せてフンフンと挨拶をして、忠太も小さなピンク色の手をあげて鹿の鼻先にタッチした。次いで金太郎も同じようにポフッとタッチする。


「えーと……数日前にも言ったと思うけど、今日からは時間に余裕が持てる。とはいっても、私達もマルカの町にある自分の工房もあるからな。二足のわらじになるけど、気長に修繕しながら情報収集やっていこう」

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