第79話 一人と一匹と一体、虎穴を探る①

 場違いな場所にウー○ーイーツをした日から一週間。


 午前中の講義中に懐に入れたスマホが立て続けに震える。講義を受けていない間は音を小さくして出しておくのだが、今は我慢だ。しかしバイブ音に気付いた机の上の忠太達と目が合うと、思わず一緒にニヤけてしまう。


 現在私のスマホは前世のネット世界と一部が同調しており、悪質な転売屋やなりすまし、盗品などを扱うフリマサイトが網にかかると、向こうの使っている端末やサーバーを破壊して回る暗殺者になっている。これは言わば愚か者共の悲鳴だ。


 その網に馬鹿が引っかかるたびに、駄神から〝愚かで面白い〟的な感じなんだろうけど、臨時ボーナスが忠太の守護精霊ポイントに加算されるのだ。ちなみに良識的な転売や役目を終えた末の譲渡はこれに引っかからない。


 実質愚か者しか網にかからないので、駄神の暇潰しではあるものの、ネット社会に潜む人間の業を上手く利用した永久機関のように、私達にポイントを提供してくれる。問題点は一日中震えるせいで多少集中力が削がれそうになるところだが、それ以外はこちらにとって悪くない条件だ。

 

 最低限のルールを守れない馬鹿な連中の数少ない局地的善行。遠慮せずありがたく利用させてもらうとしよう――……と。


「マリったらまた講義中にニヤニヤしてたでしょう?」


「オモイダシワライ キミワルイゾ!」


「ここ数日ずっとだけど何か良いことでもあるの?」


「アクニンガオ ヒキタッテル!」


「お、ラーナとサーラは良いとして、何だヨーヨーにローロー。その賑やかな色した羽根をむしって、脚に可愛いリボン巻いてオーブンに入れるぞ?」


 双子の肩で調子に乗って羽根を膨らませるオウム達に、余計なお喋りは身を滅ぼしかねないぞと脅しをかければ、急に羽根をほっそりさせて「「ヒェッ リョウキテキ ボウリョクハンタイ!」」と空に飛び立つ。


 上空から「マリノ バーカバカー!」「イヤラシイメデ ミナイデヨ!」と叫ぶ二羽の悪口を笑って流す。懐から金太郎が身を乗り出して腕を振り回し、忠太が落ちないように必死に羽交い締めにしたりして、さらに笑ってしまった。この分だと降りてきたら羽根の一本か二本はむしられるだろうな。


「ヨーヨーもローローもマリのせいで語彙が増えたのは良いんだけど、単語に癖がありすぎ――と、それよりマリ達は今日も放課後はダンジョンに潜るの?」


「ん、そのつもり。もうマルカに一旦帰るまでそんなに日もないからな。持って帰れるだけ素材を拾っておきたいんだよ」


「そんなに連日根を詰めなくても、マリのおかげで王都に残れることになったのだし、わたしとラーナでお店の定休日に拾ったアイテムを送るわ」


「いや、せっかくこの間の茶会でお貴族様と繋がりが出来たんだ。悪いことは言わないから定休日はアイテムの作り置きに回しとけって。最初は多く作りすぎてる方が良いから。な、忠太?」


【ですです かいてんして すぐ しなうす おきゃくつかない】


 なんて口では言いつつ本当は持ち帰れる量は関係ない。拾った端から【転移】の能力を使ってマルカの家に運び込んである。寮の自室にあった小さな神様達の集合住宅も引っ越し済みだ。あっちの空気が気に入ったらしい神様達から、早く戻ってくるようせっつかれている。


 それを知らない二人は「そ、それはそうだけど」「少し手伝うくらいなら……」と食い下がった。この反応はたぶん好意半分、アイテム製作の煮詰まり半分といったところだろう。困った学友達だ。


「大丈夫だって。忠太と金太郎と潜るだけじゃ足りないのなんて最初から折り込み済みだし。採取は下僕共にも周回させてるよ」


 下僕共とは以前採取実習で私達をダンジョンに放置した奴等だ。忠太の助言に従って今回は貴重な労働力として活用していた。今までは時間がかぶって受けたくても出られない講義のノートを取らせたりしていただけだが、ことここに至って一番役に立っている。


 上機嫌でそう言ったところ双子は揃って苦笑しつつ、諦めた様子で「「マリが楽しいなら良いわ」」と肩をすくめて見せた。


 ――そして放課後。


 一日の講義を受け終わった私は自習室に向かう双子達と別れて採取の準備を整え、受付で待ち合わせて・・・・・・いたロビン・・・と合流してダンジョンに潜った。ダンジョンに潜ってしばらく歩いた頃、周辺に人の気配がないことを確認してから忠太を手招き、フードを脱いだ忠太が寄り添ってくる。金太郎も同じくだ。


「ん、思ったよりも良い調子だな。サイトに転載されてるやつもだいぶ数が減ってる。やっぱスマホが立て続けに壊れるのは嫌ってことか」


「ええ。盗品の中古品や詐欺用に持たされる飛ばし端末でも、積もり積もれば出費は結構なものになりますからね。稼ごうとして支出が増える。本末転倒と分かれば徐々にこういった愚か者も減ると思いますよ」


 スマホを覗き込んではしゃぐ私と忠太に、嬉々として手を叩く金太郎。ついでに講義中に入った忠太のポイントを確認するために、届いていたメッセージをタップして開いた。まぁパッと見は精霊文字で書かれているので私には分からないけど、忠太が丁寧に読み上げてくれるので心配ない。


◆◆◆


₯▲√₹₪₪₰■守護対象マリ

₣₱₪₷◆₪₪₷▲守護精霊忠太₣₱₪₷◆₢₪₢▲中級守護精霊忠太


₪₪₱▼₫₣₪■℘℘守護精霊値 29000PP+

℘₪℘₣■■₪₪₰℘守護対象者幸福値 5000PP+

₫√₱▼▲▲₪₣℘◆生存期待値 9000PP+

₴₴₳₪▼◆◆₰₰℘振り分け可能魔力値 7000PP+


ΨΦΔΔ■ΣΨΦ ΔΔΦ//ΨΨΦ  12000PP+


₫₪₪ψΨ/ΦΔΔ使用可能魔法

¤φ¤₫◆℘ψ₪回復魔法 ₪₣₰▲₪₪₣℘仄かに降りて₫℘₪₣₰▲₪φ₣℘淡く輝きて積もれ

∑φ¤₫◆℘ψ₪攻撃魔法 ψ₪▼▲₡₡¤鋭き棘よ


◆◆◆


 矢印がついているものは既存のものがレベルアップしたということだろう。あの歌みたいなのが詩のような内容だと分かったのも何となく嬉しい。一部忠太にも読めない文字は高位精霊文字だと初日に教えてもらった。


 若干駄神の適当加減を思い出して警戒してしまうものの、分からないものは取りあえず読めるようになるまで放置するしかない、というのが私と忠太の見解だ。


「おぉ……これはなかなかじゃないか?」


「はい。人間の業の深さにこれほど感謝する日がくるとは思っていませんでした。これまでなかった攻撃魔法の項目が増えていますし、回復魔法もより格の高いものになっています。以前傷を癒した時のように倒れてしまう失態も減るでしょう。この調子で成長出来ればマリのお役に立てそうです」


 嬉しそうに微笑む忠太の頬には興奮からかほんのりと朱がさしている。純粋な好意を向けてくれる相棒の頭をくしゃくしゃと撫で回していたら、金太郎が頭を差し出してきた。自分も撫でろと言いたいようだ。勿論可愛いので撫でる。


 この小さき羊毛フェルトの猛獣は特にレベルアップの表記がないけど、元から強すぎるのでそういうのがないっぽい。それはそれでちょっと可哀想な気もするから、また何か羊毛フェルトが喜ぶようなご褒美でも考えとくか。


「よし、それじゃあサクサク潜るか。金太郎はいつも通り護衛よろしくな。忠太も途中でもし怪我をするようなことがあったら回復と、敵が複数出てきたら金太郎の補佐を頼む。私はアイテムを拾えるだけ拾ったら転移する係。目標は忠太のつけてる魔石くらいのブツの発見な。コアを探す手間がなくなった分、時間もある」


 ――と、そこで一度言葉を切って。


「駄神の言う〝攻略する選択肢の順番を間違えた〟りしないように、ほどほどに頑張ろうぜ」


 こんなことが言えるのも一回死んで、一回死線を彷徨ったからなんだろうけど。面と向かって忠太には言えないが、私も大概欲深いんだよなぁ。

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