第78話 一匹、マネジメントの難しさを知る。

 マリは店の片付けを終えた後、合流した双子の手伝いによって化粧を落とし、ドレスを預けた後に寮の自室に戻るなり夕食もとらずに寝落ちてしまったので、もう一度ポイントを使って人化し、金太郎と協力してベッドに横たえさせた。規則的な寝息を立てて眉間に皺を刻んで眠る姿は可愛らしい。


 しばらくその寝顔を眺めていたものの、食堂の利用終了時間が近付いていたので、金太郎に頼んで適当な軽食を持ち帰るよう頼み、わたしも人化が解けない間に自分の仕事に取りかかることにした。


 とはいえ、ここ最近のルーチンワークになっているので大まかにはほぼ終わっている。今日残すところはフリマサイトのメッセージ確認と、ハンドメイド作家やハンドメイド作品を購入する人間が集う掲示板に書き込んだ内容に、何か反応があるかを見るだけだ。


 お茶会の間にもバッグの中でチェックしていた分には、効果があったりなかったりといった調子だった。


 #盗作

 #高額転売

 #なりすまし

 

 この三つのワードはフリマサイトでは切っても切れない縁があるようで、色々なサイトで見かける。必要なくなったものを売るのは理解出来る。しかしそれをあたかも自分で作ったように吹聴したり、必要もないのに購入して高額で転売する行為は全く理解出来ない。


「ふむ、人間とは欲深い生き物ですね……マリも生物学上はこのくくりに入るのが信じられません。ハッシュタグも増やしすぎると効果がなくなるから、あまり気安く使えませんしね、と」


 荒しコメントらしきものはどんどん運営に通報し、ハッシュタグをつけておいた魚拓のツリーを、まとめサイトや青い鳥の拡散ツールで発信してくれた作家仲間達にお礼のメッセージを送る。他にもどこのサイトで見かけたという情報や、購入しないよう注意喚起をしてきたというメッセージにも同様に返す。


 当初マリが売り出した金額の倍以上の値段が付けられた画像は、赤ん坊を泣き止ます効果があると噂になったあのアクセサリー。最近こういった悪質な転売行為や、もっと質の悪いものになると、マリになりすまして出来の悪い模造品を売っているサイトまであった。


 まだそう数は多くないものの、これを放っておけばいずれマリの評判を貶める。こんな愚か者に彼女の足を引っ張られるのはごめんだ。幸いこれらはわたしが先回りして削除しているのでまだマリの目についていないが、それも時間の問題だろう。バレたら彼女はきっと悲しむ。


「チッ……呆れたものですね。こんな粗悪品をマリが作るはずがないでしょう」


 苛立ちから思わずコメント欄へ書き込もうとしたが、ネットで拾った〝作品の擁護や本人を匂わせる書き込みは、更なる燃料投下になる場合があるのでNG〟というのがあったため、何とか押し止めた。心を無にして魚拓スクショ、サイトに通報。ひたすらこれをくり返す。


 途中でメッセージを受信したのかスマホが震えた。きっと次のオプションをもらえるポイントが貯まった通知だろう。明日マリが起きたら一緒に見ようと思い、忘れないようフォルダの重要マークにチェックを入れておく。


 そうこうしている間に食料調達に行っていた金太郎が戻ってきた。ベッドのマリはまだ夢の中だ。無理に起こすこともないだろうと思い、スマホを汚しては駄目なので一旦作業机の上に置き、金太郎の前に屈んで彼が差し出してくれた惣菜を挟んだパンを一つ食べた。


「ああ、コンビニの新作ほどではないですが美味しいですね。野菜もたっぷり入っていますし、マリの好みにも合いそうです。流石は金太郎」


 わたしがそう褒めると、金太郎は後ろに倒れそうなくらい胸を反らす。中身が同胞であることも相まって、マリから見た自分もこうなのだろうと思うとやや気恥ずかしくもあった。


 味はマリのいた世界の方が格段に良いものの、以前彼女が食品添加物なるものが加えられていない分、こちらの料理の方が健康的だと言っていたので、なるべくこちらの世界の物を食べている。人間が長生きするには食生活が重要だという。


 マリの守護精霊として、彼女にはこちらの世界で幸せな時間を長く過ごしてもらいたい。でも時々は息抜きに向こうのジャンクフードを食べるのもありだ。ストレスも長生きの邪魔になる。リスクは排するべきだ。

 

 ――と。

 

「はぁ? 何だこれ。うちの忠太がこんなちゃちなもん作るわけねぇだろうが。どこのどいつだこの馬鹿」


 不意に背後であがった椅子を引きずる音と不機嫌な声音に背筋が凍る。慌てて振り返ればそこには椅子の背もたれを抱く形で座ったマリが、直前までわたしが操作していたスマホを手に怒りの表情を浮かべていた。悲しまない強いマリも素敵だ。


 しかし咄嗟の出来事に金太郎と二人で固まっていると、視線に気付いたマリが「忠太、これいつから一人で対応してた?」と訊ねてくる。勝手なことをした。怒られる。そう思ったら声が喉に張り付いて出てこない。けれど――。


「あー……クソ。こっちに来て忠太と過ごすようになってからすっかり忘れてたけど、向こうだとこういうのはよくあるんだ。ごめんな忠太。嫌だったろ、こんなに悪意にまみれたもの見るの初めてだもんな?」


 ガシガシと乱暴に頭を掻きむしりながらそう言ったマリは、椅子から降りるとわたしと金太郎の前に足を組んで座った。彼女のスマホを持たない方の手が伸ばされ、わたしの前髪に優しく触れる。


「最近バタバタしてたってのは……まぁ、言い訳だな。忠太一人にこんなのの対応させて本当にごめん。せっかくお前が頑張って作ってくれた作品を守れなくて。金太郎も忠太が悩んでるの見てたから不安だったろ。ごめんな」


「そ、んな、ことは――、」


「あるって。人の悪意を忘れてた私が悪い。お前と一緒にいるとさ、世界が全部優しく見えてたんだ。凄いよなぁ? 期待するのなんかとっくに止めたはずなのに」


 さっきまでの怒りの表情は穏やかになり、いつもわたしと金太郎を守ってくれる掌は、今はあやすように頭を撫でてくれている。そして次の瞬間その唇が持ち上がり、真珠色の犬歯が覗いて剣呑な笑みをたたえた。


「取りあえず今後はあの商品を一人につき一点限りにして、以前購入してくれた人のは受けないことにする。売る期間も決めてそれ以降の販売はその都度考えよう。あとなりすましや転売は私が徹底的に見張る。それにほら、駄神もだんだん分かってきたみたいだ。お誂え向きなオプションが届いてるぞ。悩む必要ないな」


 トンとマリが叩いたスマホの画面には、いつものように新しく届いたオプションの一覧と、今回あったらしい特殊イベントクリアの項目。それを見て気が抜けた安心感からくる腹の虫の声は、果たしてどちらのものだっただろうか。

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