第77話 一人と一匹、お茶会に出席する③

「はあぁ……疲れたな。もう今日みたいな場所はこりごりだ」


「ふふ、お疲れ様。マリが弱音を吐くだなんてよっぽどですわね。でもなかなか職人ぽくて見直してしまいましたわ」


 こちらの疲労感などどこ吹く風といった涼しげな表情で、レベッカが労いの言葉をかけてくる。貴族らしい集まりなど彼女にとっては普通のことなのだろう。やっぱり本来住む世界が違うんだなと当たり前なことに感心した。


 現在私達は伯爵夫人のはからいで用意してもらった馬車に揺られながら、レベッカが宿泊している高級宿街に戻るところだ。当然のことながら馭者も馬も通常版。流石に前世の車のシートの乗り心地とまではいかず石畳の衝撃を拾うけど、それでもかなり乗り心地は良い。羨ましい限りだ。


「職人〝ぽい〟じゃなくて一応職人だっての。まぁ私はもうエド達と専属契約してるから、今日職人として売り込んだのは双子だけどな」


「職人としての貴方の専属契約を逃したのは残念ね」


「奥方様は強欲だな。領地の職人としてはお抱えみたいなもんだから良いだろ」


 肩をすくめてそう笑えば、レベッカも「それはそうね」と笑う。バッグの中の忠太は、さっきまで必死に入力をしてくれていたせいか静かだ。心配になってバッグを上からそっと撫でると、金太郎が顔を出して大丈夫だという風に頷いて、すぐにまた引っ込んだ。


「そういえばレベッカから見て、あの二人は今後良い取引相手になりそうか?」


「ええ。及第点だけれど、王都での流行りを調べる伝手にはなりそうだわ。それに落ち着いたらどちらも互いの知識の強みを活かして説明出来ていた。特に民族性からか他国の食文化に精通しているのが興味深かったですわね」


「二人とも生粋のルーグルーだからな。色んな場所を往き来してきたらしい」


「それでも今回のお茶会出席はその強みになる放浪を止めて、定住するための足場を得るためなのでしょう? 少し勿体ない気もしますわね」


 溜息混じりに眉根を寄せるレベッカを見ていたら、何だかちょっとモヤッとしてしまった。それは領地経営者としては正しい反応かもしれないけど、私個人としてはこの件に関してなら双子の言い分の方が分かる。


「でもレベッカだってウィンザー様の元に行く前と今だったらさ、もうどこにも行きたくないだろ? 勿体ないは誰かの主観で自分のじゃない。だったら自分が好きなように生きれば良いんだよ」


 思わず口から零れた言葉に、正面に座っていたレベッカの目が軽く見開かれる。そしてその唇から「それもそうね。ごめんなさい。軽率でしたわ」と本気の謝罪が出た直後、馬車が停まって。すぐに馭者が外からドアを開けてくれたので、気まずい沈黙とかを挟まずに済んだ。


「出発は明日の十一時なんだっけ。朝一から講義が入ってるから見送りは出来ないけど、あの馭者の運転に負けないように頑張れな」


「ええ。帰りはゆっくり走ってもらいますわ。マリと忠太も寝坊しないようにね。その服はあげるから、例の彼とデートする時にでも着ていきなさい。いつもと違う格好でドキドキさせるのよ」


「だーからー、あいつとはそういう関係じゃないっての」


「うふふふ、次に帰って来た時には彼の感想を聞かせて頂戴。勿論その時は今日詳しく聞けなかった貴方の故郷の話も聞かせてね」


 そんな風に軽口を交わしたレベッカが頷いて馬車を降り、宿の人間に出迎えられて建物内に入るのを見届け、今度は朝どら焼きを焼いてそのままになっている店へと向かってもらう。銅製の鉄板は磨かないとすぐに傷むのが困りどこ。


 最後まで安全運転を心がけてくれた馭者にお礼を言って店に入るなり、ドッと一日分の気疲れが襲ってきた。軽くて上等な生地で出来ているはずのドレスがやけに重く感じるものの、さっさとこれを脱いで片付けを始めなければならぬ……と。


 それまでピクリともしなかったバッグがもこもこと動き、蓋を開けたら【つかれましたね】の文字が打ち込まれたスマホと、ヒゲのしょげた忠太と、やや心配そうに私と忠太を交互に見やる金太郎が現れた。


【だけど きょうは だいしゅうかく でしたね まりと おなじせかい いたひと こちらに いました】


「ああ。だけど話を聞こうにも本人はもう亡くなってるわけだから、それ以上の広がりがないのが何ともなぁ。こっちに来た時代にもばらつきがあるっぽいし、私が生きてる間に誰か他の転生者に会える可能性は低いだろ」


【まりは あいたく ないですか】


「うーん、どうだろ? 別に向こうの世界に懐かしむような未練もないから、会えたら面白いかな程度じゃないか? そんなことより今はやっとこの窮屈で似合わない服が脱げるってことの方が重要だ」


【あ まり まって そのかっこで きねんさつえー したいです】


「はぁん? 正気か?」


 間の抜けた声で問い返したものの、その問いに対して懸命に頷くハツカネズミ。この格好を画像で残す? どんな罰ゲームだ。冗談じゃない……とは思う。思いはするが、確かにこんな時でもないと忠太が作ってくれたアクセサリーをつける機会がないのも事実。


 一瞬悩んだけど仕方なく「分かった。じゃあ一枚だけな」と言ってスマホを受け取ろうとしたら、今度は力一杯首を横に振られる。可愛いな、おい。でもじゃあどうしたいんだと問い直そうとしたその時、急に忠太がバッグから飛び降りて。慌てて受け止めようとした次の瞬間にはもう私の身長を越えていた。 


「せっかくなら、こっちの姿で撮りたいです」


「おっ……まえ、疲れてんのにびっくりさせんなよなぁ。しかもまたこんなことでポイントの無駄遣いを」


「おや、確か〝勿体ないは誰かの主観で自分のじゃない。だったら自分が好きなように生きれば良いんだよ〟でしたよね、マリ?」


 さっきのレベッカとのやり取り聞いてたのかよ。まさかこんなとこで応用されるとは。おまけにフードに隠れた鼻から上は分からないものの、唇が笑みの形に持ち上がっている。大概良い性格だなこいつ。


「チッ、本当に一枚だけだからな。あと、お前だけフードで顔を隠すのはずるいだろ。相棒なら恥は一緒にかくべきだ」


「ふむ……一理ありますね。分かりました。恥ずかしいですが、それがマリとの記念撮影の交換条件なら飲みましょう」


「いやいやいや、そこはもっと断固として断る流れだろうが。これまで頑なに脱がなかったくせにこんなところであっさり脱ぐなよ」


「今は脱ぐだけの理由と価値があります。この機会を逃したらいつ着飾ったマリを見られるか分かりませんから」


 そんなこんなで結局忠太に言いくるめられて、気は進まないながらも観念して撮影したというのに――。


「おい……忠太」


「上手く撮れていませんでしたか?」


「いや。写真は・・・バッチリ撮れてる。そうじゃなくてレンズの方を見てろよ」


「マリがとても綺麗だったので、ついそちらに気が向いてしまって。けれどスマホは素晴らしいですね。無事に撮れて良かった。ほら見て下さい金太郎。君の姿もここにちゃんと写っていますよ」


 きっとネズミの目は犬猫に比べて極端に悪いのだろう。そう結論付けることでこの羞恥プレイを乗り越えることにしたものの、当の忠太はすでにフードをかぶり直し、本当に嬉しそうに画面を見つめていたから毒気が抜かれた。

 

 ここまで喜ばれるなら写真の一枚くらい安いものだ。それに忠太の顔を見たのがこれが初めてだという事実の前では霞む。


「おい忠太、次はしっかりレンズの方見て写れよ」


「え、ですが……一枚だけなのでは?」


「これだと一緒に恥かけてないだろ。金太郎は普通に可愛いく写ってるし。私だけ恥のかき損になるっての」


 そう言ってフードを持ち上げた下にあったのは、驚いたようにこちらを見つめるハツカネズミの色を持った中性的な青年で。どんな姿形でも疑いようがない、私の一番の相棒だ。 

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