第76話 一人と一匹、お茶会に出席する②
「うふふふ、こうして一斉に並んでくれると、可愛らしいお嬢さん達ばかりで華やかねぇ。うちは息子ばかり二人もいるから嬉しいわ。さ、こちらも美味しいの。遠慮しないで是非お召し上がりになって」
「あ、はい。どうもありがとうございます」
「レベッカ様も下の息子からあの話は聞いておりますわ。本当に当時は災難でしたわね。この東屋はわたしの城ですから、品のない噂好きは立ち入らせませんの。どうぞゆっくりおくつろぎ下さいませ」
「お気遣いありがとうございますイレーヌ様。そう仰って下さるだけで心が慰められますわ。ではお言葉に甘えて頂きます。こんなに素晴らしいバラを眺めながらのお茶会だなんて素敵」
「あら、うちのバラを褒めて下さるのね。嬉しいわぁ」
そう和やかに目の前で微笑む四十代くらいのゴージャスな金髪碧眼美女。この人が声をかけてきたあの後、人目が気になるだろうからとバラの生け垣に囲まれた
移動中にレベッカが教えてくれたイレーヌ・ルキア・コルテスというこの人物は、目元の泣き黒子と主張の激しい胸部(露出はなし)に、数年前に夫を亡くした伯爵家の未亡人で、二人いる息子のうち長男が亡き夫の兄夫婦の遺児という、キャラが過積載な人だ。
一瞬目が合って流し目気味に微笑まれる。同性でもドキッとした。前世で雑誌の誌面を飾っていた人達も綺麗だったが、真の美魔女とはこういう人のことだなと。
今日の主役がいなくなった会場に思いを馳せつつ、レベッカへの悪意ある人の声と視線が失くなったことにひとまずホッとする。まぁ、こっちが心配しないでもやられたらやり返す精神の持ち主だけど。
勧められたクッキーを囓る私の隣で猫をかぶったレベッカがお上品に微笑み、向かいでは伯爵夫人が非常に優雅な手付きで、ケーキ皿の上に乗ったどら焼きを切り分けて口に運ぶ。手掴みで一口じゃ駄目なのかとは聞けない。
でも確かに前世だとオ○オとかチーズお○きは一口じゃ勿体なくて、わざわざ分解して食べたな。昔話で聞いたとか言っていたし、物珍しいものはしっかり味わいたい派なのかもしれん。
お貴族様らしい優雅さでティータイムを楽しむ二人を横目に、すっと視線を反対側隣に向ければ、そこには俯き加減でじっと息を潜めているラーナとサーラの姿。目の前に取り分けられたケーキもクッキーも手付かずだ。
「(おい、二人ともやけに大人しいけどどうしたんだよ。私は商人じゃないからあんまり詳しくないけど、こういう時が売り込みかける好機なんじゃないのか?)」
「(今回の招待はあたし達の手柄じゃなくて、父さんからの紹介なのよ。第一マリの雇用主が
「(商人らしくコネを使ったの。コルテス夫人は新しい物好きで、珍しい甘味に目がないと耳に挟んだものだから……。あとラーナの発言に全面同意よ)」
「(どんな噂になったのか知らないけど、今は私の雇用主で面白おかしいレベッカ・ミラ・ウィンザーだ。目の前に二人も金の匂いをさせてる貴族がいるんだぞ? 親のコネでも何でも良いから全力で挑めって)」
ヒソヒソとやり取りをする
その想像にうっすら背筋が寒くなり、思わず膝に抱えたバッグの中の忠太と金太郎を案じてしまう。特に忠太は害獣扱いされる生き物。絶対に会場内で落とさないようにしなければ……。
「それはそうと、マリ。これはドラヤキと言うのね? 初めて食べる味だけれど、曾お祖母様がずっと懐かしんでいた故郷の味だけあって、何か郷愁を感じさせる素朴な味だわ。このアンコというのは不思議な食感ねぇ」
「あっ……と、それはですね、小豆という豆を甘く炊いたものです。こちらの気候だと育ちません」
「まぁそうなのね。でも気に入ったのに残念だわ。どこかで似た物を手に入れることは出来ないかしら?」
咄嗟に返した私の答えに頷きながら、お皿の上で綺麗に切り分けたどら焼きの断面を見てそう口にする夫人と、微笑みながらも圧を放つレベッカ。美人の圧は怖い。たぶん〝期待外れな人材なら……分かってるわね?〟ということか。それに対し〝分かってるって〟と視線で返す。
夫人の方も全然会話に加わらない私達のために水を向けてくれたのだろう。千載一遇の大チャンス到来だ。ピンチも隣り合わせだが。
「(ほら、質問されたぞ。そっちの本分だ。頑張れ商人見習い)」
「(む、無理よ無理、いきなりこんな大物相手に出来っこないじゃない)」
「(落ち着いてラーナ。でもマリの言う通りなのだけどわたしも急には)」
肘でつつき合う私と双子。このままだと埒が開かないと思ったその時、バッグの蓋が少しだけ開いて。中から【ひいおばあさま むかしばなし きく どう】と打ち込まれたスマホの画面がチラ見えする。バックライトの恩恵と、この場面での小憎いアシスト。流石は頼れる相棒だ。
「えぇと……もしよろしければ、コルテス様の曾お祖母様のお話を聞いてみたいのですが。この国で初めて同郷らしい方の話を耳にしたので」
緊張でややいつもより上擦った声が出たものの、夫人は気分を害した様子もなく子供のように両手を叩いて「それは良いわね。わたしも曾お祖母様の故郷の話を聞きたいと思って声をかけたのだもの」と言ってくれた。それを聞いたレベッカと双子の方も俄然前のめりになる。
忠太に感謝を示そうとバッグの外側をトン、と軽く叩けば、すぐに箇条書きの質問内容が表示されたスマホの画面がチラ見えした。サッとカンニング内容に目を通して、さも余裕があるように「ではまず始めの質問を――」と切り出す。
質問の内容は一つずつは短く、あまり多くの情報を持たないものばかりで、相手側が深く突っ込んだ質問をしにくいように組まれていた。断片的なやり取りから夫人の曾祖母は間違いなく日本人で、たぶん貴族階級がまだあった時代の人。
どこからやって来たのかその出自はほとんど誰も知らないながらも、気品と教養の深さでこの国の貴族と遜色なかったこと、いつも肩に〝ブンチョー〟の〝チヨ〟を乗せていたこと。ただの小鳥のはずのチヨは軽く五十年は生きていたこと。
夫人が四歳の時に曾祖母は他界し、その際にはチヨもいなくなっていたこと。どら焼きの単語は聞いたことがなかったものの、パンケーキを見るたびに少し悲しそうな顔をして、下働きの〝ジョチュー〟が時々こっそり買って来てくれたお菓子に似ていると。そう言って懐かしんでいたと教えてくれた。
質問をして返ってきた内容は全て忠太がメモ機能にフリック入力をし、間に合わない時は金太郎から〝この話題を引き伸ばせ〟みたいな指示が出た。何だかテープレコーダーを隠し持つ記者の気分だ。
それからスマホの時計を見る限り一時間半ほど話した頃、夫人を呼び戻しに件の
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