第75話 一人と一匹、お茶会に出席する①
「いやー……何とか無事に今日を迎えられたけど、急に面倒事を持ってったのに対応してくれてありがとなレベッカ。王都の貴族には嫌な思い出しかないだろうに、こうして一緒に出席までしてくれて」
「これくらいのことなら別に良くてよ。むしろ話を通してくれて嬉しいわ。しかも貴方の学友の二人は女性なのに商人として生計を立てる気なのでしょう? 話題性もありそうだし、今のうちに懇意にするのも悪くなくてよ」
例の茶会の話から一週間。今日はその当日だ。
こっちを誘った双子も最初にレベッカに自己紹介をしてからは、独立に向けて忙しそうに顔を売り込みに行っているしなぁ。とはいっても、同じ顔が二つなので効率的に別々に行動してるのが双子らしいといえばらしいか。
前世から一般人の中でもやや下の生活をしていた身で気後れする私とは違い、レベッカは貴族の奥方らしく堂々としている。時々彼女の存在に気付いた貴族達がこちらを振り返るが、根も葉もない噂話が好きなヘタレ共は遠巻きに観察するだけで近付いてもこない。あしらう必要がないから面倒でなくて良いけどな。
「雇用主との報連相は普通に義務だって。でもそう言ってくれるとこっちも助かる。こういう場所は初めてだから、勝手がさっぱり分からないんだよ」
「ホウレンソウ? それって何かの呪文か隠喩かしら」
そういえばこっちの世界だと、食卓にホウレン草を使った料理が並ぶのは見たことあるけど名前が違うのか。西洋だとあの野菜は何て名前なんだ――って、そこは別にどうでもいいな。
「いいや、報告・連絡・相談の略だ。どれも雇用形態の中では重要だろ」
「確かにそうですわね。でも略称にするのは面白いわ」
「忙しいときに怒りにくいからじゃないか? ほら〝お前は仕事を始めて何年経ってるんだ。報告・連絡・相談は基本だろう〟とかって、結構文字数使うし」
あとは単にイラついてバイトに当たり散らしたいだけのバイトリーダーとか、店長の小言が長引くのも腹立つから、聞き流せて良いんだよなとは言わない。でもこちらの言葉から滲む負の感情を読み取ったのか、レベッカは「ああ……確かにね」と苦笑して頷いた。
周囲に漂う甘い菓子の香りとは別に、本来の主役である春バラの香りが混じる。あんまり前世で縁のある香りじゃなかった花だけど、こうして間近で咲いているところを見たら、金を出してでも見に行く人間がいたのも分からないでもない。
可愛いレースペーパーで飾られた皿や、三段になってる例のお洒落ティータイムには絶対いるやつ、複雑に編まれたバスケット。お高そうなそれらの上には、クリームやアイシングでデコられたお菓子が乗っている。
それを摘まむ人間もお上品な格好をした、駄神の言葉を借りれば〝生涯獲得金額〟の桁が多そうな人間ばかりだ。そんな中で一際異彩を放つというか、悪目立ちをしているのが木の盆に山盛り積まれたどら焼き。アフタヌーンティーの世界に漂うそこはかとない昭和の居間感。
忠太の助言でちょっと大きいマカロンサイズに焼いたどら焼きは、物珍しさからか結構ウケているっぽい。あんこはこしと白と粒と桜の四種。見た目はほとんど同じなものの、作りおきでも固くなりにくいように生地には米粉を混ぜた。
ここ数日で何か違う職人として目覚めてしまいそうになったが、まぁ実入りは良かったからよしとする。あと複製スキルは調理した食べ物には使えないという副産物的な弱点も分かったし。
双子の話を聞いたその日に速達で
「なぁレベッカ……さっきから失笑されてて居たたまれないんだけどさ、菓子を提供しにくるだけでこの格好をする必要ってあったのか?」
――こればっかりは朝からずっと疑問だった。
菓子を配達しにくるだけなのにレベッカに着るように命じられた動きにくい服。くっきりとした青色は好みだが、総刺繍が施された胸元のワンピース……というには、かなり豪華なドレス? は、ちょっと理解しがたい。
伸ばしっぱなしだった髪も『ちょうど良い長さね』と言われて、お高そうな髪飾りで結い上げられ、首と耳には忠太からもらった首飾りと耳飾りが揺れている。それぞれの品物に不備はない。身に付けている私に不備があるだけだ。
分不相応なスカートの裾を摘まんでヒラヒラさせると、レベッカは溜息をついて「勿論あるわ。周囲をもう一度良くご覧なさい」と言った。呆れた表情でツンと顎を上げてそう言われたので、仕方なく改めて視線をその辺に向けてみる。
そして理解した。確かにこの格好が一番地味ではあるものの、この場に足を踏み入れるのに最低限の装いであることが。貴族共は自宅のパーティーひとつで馬鹿みたいな出費をするらしい。
「はぁ……まぁ、そうか。そうだな」
「ふふ、分かればよろしくてよ? それにマリは背が高くてスラッとしているから、貴方が自分で思うよりずっと似合っているわ」
「へいへい、そりゃどうも。でもそろそろレベッカは宿に戻ってくれて大丈夫だぞ。私も双子が戻ってきたら適当に理由つけてそっちに合流するし」
「あら、それは駄目よ。貴方はわたくしの恩人で友人で、腕の良い魔宝飾具師ですもの。おまけにまだこんなに美味しいお菓子を隠してた。他の貴族に目をつけられて引き抜かれでもしたら大変だわ」
「引き抜きとかナイナイ、考えすぎ」
「馬鹿な貴族のどこからくるのか分からない無駄な自意識と自己肯定能力を、マリの中にティースプーン一杯分でも良いから加えたいわ。それと、今日のお礼は領地でこのお菓子を売り出してくれることで帳消しにしてあげてよ」
こちらがそのあり得ない妄想を笑い飛ばすのと同じか、それ以上に強く鼻で嗤ってそう言うレベッカ。お育ちがよろしい分、侮蔑の表情は常人の表情を遥かに凌ぐ。要するに立ち直れなくなりそうな嘲笑だった。
するとそんな彼女の反応で気を大きくした小さき者が一匹と一体、ドレスに合わせた手持ちのバッグから這い出してくる。チーチーと鳴く白い毛玉に向かい、バッグの中からスマホを差し出すテディベア。阿吽の呼吸過ぎて見守るしかない。
私とレベッカが見つめる先、不安定な足場をものともせずにフリック入力された画面を覗き込むと【れべっか もっといって ください まり きょうも とてもすてき うまのほね よってきます】と打ち込まれていた。
「忠太までレベッカみたいな悪ノリするなって。それよりほら、バッグに戻らないとまた係の人に摘まみ出されそうになるぞ」
「チュータもキンタロもこんなにお利口で綺麗なのにね?」
【まりが きれいに してくれてるのに まったく しつれい しちゃいます】
ピンク色の鼻を空に向けて盛大にヒゲをひくつかせるハツカネズミと、羊毛フェルトで出来たクマのゴーレムは、衛生的な問題から今日のパーティーに相応しくないと入口で言われ、仕方なくバッグに引っ込んでいるのだ。
そんな一匹と一体のご立腹な姿に、確かにもう頼まれてた仕事も済んだし帰ろうかと思っていたら、タイミング良く向こうからラーナとサーラが誰かとやって来るのが見えたので、軽く頭上で手を振る。すると二人の隣に誰かもう一人立っていた人影が、二人より先にこちらに向かって歩いて来て。
慌てて忠太と金太郎をバッグに戻して蓋を閉めた直後、目の前に到着したその人は目尻の皺を深めてとても嬉しそうに微笑み、口を開いた。
「まぁまぁ貴方がマリね? 今日は招待に応じてくれて嬉しいわぁ。私の曾お祖母様の昔話に出てきたお菓子を再現する人が現れたと聞いて、今日会えるのを本当に楽しみにしていたのよぉ」
その言葉を聞いて雷に撃たれたように固まった私の心情が分かったのは、この会場内ではバッグに隠れた忠太だけだっただろう。
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