第74話 一人と一匹、異世界甘味の伝道師。

【まり つぎは まっちゃおぐら よっつです】


「ん。了解。抹茶小倉四つ入りまーす」


 目の前のしっかり熱したピカピカな銅板に、ボウルの中から掬った緑色の生地を丸く広げる。まさか異世界で前世のお好み焼き屋のバイト経験が生きるとは思わなかったけど、無駄にならなくて良かった。


 じわじわと膨らむのと同時にふわりと香る抹茶に癒しを感じつつ、気泡が出てきたら引っくり返してもう片面も焼き、ヘラであんこを塗って挟み、忠太が広げてくれた紙袋に詰めた。


「はいよ。金太郎、これお客さんに持ってって」


 口を軽く閉めた紙袋を小さな羊毛フェルトのゴーレムに持たせる。ポスッと軽い手応え。自分の身体よりも大きくて重い物を持った金太郎は、そうと感じさせない身軽さで表の売り場へと駆けていく。


【つぎ おしるこ ふたつ】


「分かった。忠太、餅割ってるやつこっちに頂戴」


 そう声をかけるとすぐにピンク色の小さい手に人形用の手袋をはめた忠太が、四つ割になった餅が山になったボウルから人数分の餅を持ってきてくれる。それを炭火の入った七輪の上で炙り焼きする間に、鍋からロゴマークを入れた安い陶器のマグカップにおしるこを注ぐ。


「おし、そろそろ餅も焼けるな。忠太、この注文はどっちもお客さんにトッピングの栗は頼まれてないんだよな?」


【あ きいてません かくにん してきます】


「おう。その間にトレイに並べとくから金太郎も呼んできてくれ。あとついでに食洗機の中の器の回収も頼むな」


【りょうかいです】


 テテッと作業用のカウンターから飛び降りて走っていくハツカネズミ。首に巻いた赤いリボンが良く似合って可愛いものの、厨房から出てきた時点で悲鳴があがる事態はなるべく避けたい。今度フリマアプリのサイトで人形の洋服を作ってる人のページを覗いて、ベストの二着くらい買うか。


 狭い厨房だけど私以外の従業員が小さいからあまりそう感じないし、久々に腕を奮った壁に作り付けたすのこ収納も良い仕事をしてる。とはいえうちは本命の店が入るまでの仮店舗だから、そこまで内装を弄れないんだけど。


 本当は食器を洗ったあとに立てとける水切り台を素材用に買いたかったが、こっちの世界だと鉄や銅が主流だし、あんなに複雑な形は作れない。金属が錆びないように施すコーティングはあるにはあるけどお高くて、とてもじゃないけど食器を洗って乾かすだけのアイテムに使うのは無理。


 だったら籠を代用品に使うかとも思ったけど、何の変哲もない蔓植物で編んだ籠だとすぐに熱と水気に負けてしまう。そこでふと思い出したのが、中華街でずっと肉まんとかを蒸かしている蒸し器だった。あれなら水気も熱も多少は耐える。


 使う時に出る水蒸気が凄いから、どうしたって外に置かなきゃならない。色々と制約はあるものの、縛りがあると発明は捗るっていうのは本当だなと思う。


 食器を洗ってくれるバイトを探すの自体は難しくなくても、ここを双子に受け渡すまでの短期バイトを雇うのは手間だ。そもそも狭くて店内に流しが設置出来ない。何よりあんまり短期で辞めてもらうのも申し訳ない……となれば、必然的に作るしかなくなった。最早魔宝飾具とか関係ないけど。


 あとは蓋の上部に水と火の気をまとわせた魔石、底に風と火の気をまとわせた魔石をくっつけて、どちらかの機能を使う際に撫でれば良い。魔宝飾具じゃあなくて

どっちかっていうと工業製品だ。


 注文伝票を元に残り少なくなった生地を作り足すために小麦粉をふるい、プレーン生地と抹茶生地の分に分ける。双子に頼まれてこの店を始めて何だかんだ二ヶ月が経ったけど、実際に店を開けているのは週末の一日だけなので実質まだ八日しか開店していない。


 その割に何となく繁盛しているのは学園の女子寮からやってくる常連達と、そんな彼女達に誘われてやってくる新規の客のおかげだろう。前世では飲食店の調理場も結構経験していたから、慣れてしまえば意外と調理は一人でもやれる。売り子は可愛い一匹と一体に任せとけば良い分、楽と言えば楽だ。


「えーとあとは紅茶生地にあんバターを挟む罪なやつと、栗と一緒に挟むトッピングの白玉も用意して……と」


 サクサク準備をしていたら、低い位置から食器が触れ合う音がしたので見下ろすと、トレイの上にマグカップを乗せた金太郎が立っていた。隣には忠太もいる。金太郎からトレイを受け取り、忠太を掌に乗せて作業用のカウンターに移動させた。


「二人ともご苦労さん。忠太はちゃんとトッピング聞いてきてくれたか?」

 

【ばっちりです でも たぶん ほんにんたち のぞきにきます】


「てことはラーナとサーラか」


 忠太が打ち込むより早く「その通りよ!」「今日も繁盛してるわね」と、声がして。直後に同じ顔が二つ厨房を覗き込んできた。


「らっしゃーせー。視察ご苦労さん。うちに油売りに来たってことは、商品の製作は順調なんだろうな?」


「う……父さんと同じようなこと言わないでよ。でも今日はそういう愚痴を零しに来たわけじゃなくて」


「えぇと……何事にも息抜きも大事でしょう? でも今日はそういう話をしに来たわけじゃないの」


「でも約束の通りだとしたらここの引き渡しは五月だろ。あと一ヶ月もない。どら焼きはともかく、おしるこは暖かくなってきたら売れ行き落ちるし。即座に並べられる物がないと詰むぞ?」


 至極正論を言ったはずなのに、ラーナとサーラは「「あーあーあー、聞こえませんー」」と耳を塞いでしまった。ラーナは分かるけどサーラまでとなると……どうやらかなり参っているらしいな。


 羽根を撒き散らかすヨーヨー達をここに連れて入って来ない分別はあるけど、結構精神的にはヤバそうだ。元々今回の出店話は、蓋を開けてみればラーナとサーラの定住願望にあった。確かに各地を流れてまた王都に戻ってくるという渡り鳥みたいな生活は、心休まらないだろう。


 そこで二人は両親に直談判してこの土地で自分達の店を持ち、次に両親達が戻ってくるまで潰れていなければ、ここに留まり定住権の取得手続きをするつもりだという。二人の故郷を持ちたい気持ちは分からないでもない。ただ大量生産に向かない製品を作る双子には辛いみたいだ。


【ふむ おいこまれて こどもに もどってますね】


「だな。分かった分かった、すぐに用意するから。店もあと一時間くらいで閉店だし、それからで良かったら愚痴も聞く。そういうことだから、ほら出た出た」


【では わたしも おふたりを おもてにおくる ついでに ちゅうもん きいてきます さぁ いきましょう】


 無慈悲に追い立てる私に変わって紳士的なハツカネズミはそう言うと、子供返りを起こしている双子と舎弟の金太郎を引き連れて、颯爽と調理場をあとにした。

 

 ――それから一時間後。


 一旦調理場に戻って甘い匂いを振り切ろうとティーパックの緑茶を渋く煮出し、表のベンチに座り込んで待っていた双子の元へそれを持っていったら、二人の口から驚きの言葉が出た。


「「あのねマリ、ここのお菓子を使いたいって方がいらっしゃるのだけど、お金持ち主催のお茶会とかって興味ある?」」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る