第73話 一人と一匹、期間限定新事業。
「絶対にゼンザイよ」
「絶対にオシルコだわ」
真正面の席で同じ顔をしたラーナとサーラが一歩も譲らず睨み合う。女子寮の食堂の席でここ最近よく見かけるようになったやり取りに、思わず罪の意識と少しの愉悦を感じるな。
四日前に学園に戻ってきたばかりの二人の目の前には、それぞれ三杯目のぜんざいとおしるこが並び、仲良く湯気をあげている。
ちなみに餅もあんこも食べすぎると思っているよりずっと太るという注意は、この罪深い甘味を食堂のメニューに加えた最初の一週間で諦めた。現在はスカートのウエストがきつくなったと悩む女子生徒達が、鍛練用のダンジョンに連日潜っているという状況だ。
教師陣も急にやる気を向上させた女子生徒達の魔宝飾具の数々に、喜びの声をあげている。元々武骨な男子生徒の物は騎士団やギルド向け、見た目に華やかな女子生徒の魔宝飾具は貴族に喜ばれるらしいのだ。
でも魔宝飾具作りは体力と気力の勝負。必然的に女子生徒が作る魔宝飾具の方が数が少なくなる。そこからさらに学園に認められて市場に出せる物の数はもっと減る。だからこそ今回のおしるこ、ぜんざいブームには学園もバックアップを惜しまない。隙間産業サマサマだ。
「絶対、ぜーったいに、ゼンザイよ」
「絶対、ぜーったいに、オシルコだわ」
私はといえば自習室の素材棚が潤うことに加え、食堂からも新メニュー発案に対する報酬と、材料のあんこなどの仕入れを一手に請けているから、そこに多少色をつけた金額を提示してその分を懐に入れているので、あんこ様々といったところ。
しかし唯一向こうの世界より格段に美味い材料があった。それが栗の甘露煮……こっちでいうところのシロップ煮だ。こちらの栗は野生品種がほとんどらしく、粒が小さいくせに味が濃い。密かに忠太と栗きんとんを作ったら絶品だった。
女子寮の厨房からは、昼休みにおしることぜんざいを目当てにこっちで昼食をとる生徒が増えたから、朝食の残りを使い回した食材が無駄にならないで喜ばれていた。前世で環境に配慮したなんとかって運動を思い出す。食品廃棄は少ないに越したことはないしな。
――とはいえ、だ。
「絶対、ぜーったいに、ゼンザイよ。どうして分からないのサーラ?」
「絶対、ぜーったいに、オシルコだわ。どうして分からないのラーナ?」
白熱するどうでもよすぎる会話。それと反比例して立ち上る湯気が減り始めるマグカップ。周囲からのどちらかを応援するような無言の圧。
「やっぱりというか不思議というか、前世から続くつぶあん、こしあん戦争は避けられない運命なんだなぁ」
【ここに きのこと たけのこ もちこんだら もうだれも とめられない】
「うん。それだけは絶対に避けないとな」
互いのマグカップを相手側に押し合う二人を呆れながら見つめつつ、忠太が持ち出した古くからどれだけ仲の良い相手とでも一瞬いがみ合い、どちらかが相手を改宗させるまで続く争いに思いを馳せる。タケノコ派な私をキノコ派に転ばせることの出来る人物とは未だに会えていない。
「考えてもみなさいよ、サーラ。ゼンザイの方がお腹の保ちが良いじゃない」
「ソーダソーダ! ゼンザイノホウガ、ハラガフクレテウレシーゾ!」
「それはそうかもしれないけれどラーナ、喉につかえるでしょう? さらさら食べられるオシルコの方が良いわ。何より歯に皮がくっつかないもの」
「ソーダソーダ! オシルコノホウガ、クチバシデモノミヤスイゾ!」
ついにはヨーヨーとローローまでもが互いの主人の肩から参戦し、ギャーギャーと騒ぎ始めた。舞い散る赤い羽毛と青い羽毛からおしるこを庇い、分離したあんこと水分の層を匙でかき混ぜて一口すする。
「二人ともそこまで。せっかく美味いおしるこなんだ。冷める前に食えよ」
「何よ、マリもオシルコ派の味方をするわけ?」
「おしるこ派って……そんな熱くなるなよラーナ。味方っつーか、こればっかりは個人の好みの問題だからさぁ」
「そうよラーナ。単にマリはわたしと同じコシアン好きのオシルコ派閥なだけ」
「いや、だからそこで煽るなってばサーラ。大体何だよオシルコ派閥って。二人とも私に何か相談があるって言ってただろ?」
【わたしたちで よければ のりますよ ないようと なんいどに よっては いちぶ ゆうりょう ですけど】
食堂に来てから三十分。ぜんざいとおしるこに心を奪われていた二人に、ようやく本題を切り出すことが出来た。忠太からの商魂逞しい冷静な突っ込みに対して、商人の娘であるラーナとサーラもハッとした表情になる。
やっと冷静になった双子はお互いに顔を見合わせて頷き合うと、こちらに向かって身を乗り出し「「一瞬だけで良いから、この甘味を使って臨時でお店を出店してみてくれないかしら?」」と言い出した。
聞けば実家の方で目をつけていた表通りの十二坪(前世換算)の店が、店主の高齢化を理由に閉店するそうなのだけど、居抜きになったそこの後に入りたいと名乗りを上げたところが四件現れたらしい。そのうちの一件がラーナとサーラの家だ。
――が、高齢の元店主はさっさと田舎に引っ越すお金が欲しいので、すぐに入れる店子を探しているそうだが、名乗りを上げた四件ともすぐに商売を始められるほどの商品がないとかなんとか。
「それって単純に諦めるか、他よりも早く商品を揃えるんじゃ駄目なのか?」
「あのねマリ、それが出来たら苦労しないのよ。新しい店を開くのに必要なのは商品だけじゃないの。他にも色々と準備がいるわ」
「というと?」
「うちが新しく支店を作ったという宣伝も同時にしなければならないわ。けれど商品を揃えながらの宣言は思うより難しいの。わたしとラーナは商品を作らないといけないし……」
【そのあいだに ほかのひと さきを こされたら こまる でも こりすぎた みせだと てったい むずかしい と】
「「ええ、そういうことなの。勿論報酬も払うし、店の売上金は全部マリ達の物よ。ただ他のところに先んじてお店の場所を押さえたいの」」
――ということらしい。都会で立地の良い土地が空いたときに、どこのコンビニがそこを押さえるかに似てるっぽい。双子は真剣にこちらを見つめてくるけど、オウム二羽はマグカップに嘴を突っ込んでる。
その間抜けな姿のオウム二羽に「美味いか?」と尋ねたら、結局どっちのマグカップにも嘴を突っ込んでいたオウム達からは「「ウマイヨ」」と返ってきた。異郷の地で故郷の味を気に入られて悪い気はしない。なので――。
「忠太と金太郎さえ良ければ、週末だけなら別に良いぞ」
何か、そういう流れになった。
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