第69話 一匹と一人と一体、星に願いを。

「久しぶりに来たけど、何かちょっと懐かしいな。それに意外と室内も出ていった頃とあんま変わんない感じだし。暖炉も燃やすものがあればすぐに使えそう――って言っても、煙突が折れてるから実質暖炉の中でやる焚き火だけどな」


【ですね でも ゆき ふりこんでなくて よかったです】


 一見すると不可思議な会話になる。けれど目の前に広がる光景はわたしとマリにとっては、懐かしいと評する他ない。


『忠太、明日は星輪祭だ。十時から跨いで翌年になる十二時くらいまで、精霊界と人間界との狭間が開いて星が渦を巻くように見えるんだろ? 新しく能力が増えたことだしさ、明日は初心に戻ってネクトルの森の廃墟に行ってみないか?』


 前日にマリがそう言ったので、今日は朝からあの一番最初に拠点とした廃墟に来ているのだ。しかし〝来ている〟と一口に言っても、雪深い森の中を歩いて来たわけではなかった。


 遡ること三日前。私はマリを死なせそうになってしまった。それもサーラ達も含めた最悪の形で。


 だというのに、マリはそのことについて責めるどころか『忠太のせいじゃない。私が引き際を見誤ったんだ。それに誰も死ななかったし、ノーカウントだろ』と。そう言ってカラリと笑う彼女の強さが眩しくて、自分の不甲斐なさが歯痒かった。


 でも優しいマリはわたしが落ち込んでしまうのを悲しむ。だからもういっそ、彼女がやりたい楽しいことに全力で応えることにした。そこで冒頭の会話に戻る。自分のことで落ち込むのは無意味だとマリに誘導されていると思わないではない。けれど今の嬉しそうなマリの表情を見れば、これが最適解だったのだと思えた。


「だよな。意外と出ていく前に施したあんな適当な修繕でも何とかなるもんだ。待ってろよ。何か座れそうな物を注文するから」


【いえ さきに まりがすわる ばしょ かくほして】


「じゃあ……と。忠太と金太郎と一緒に使えそうなやつにしよう。この台付きのハンモックなんか良さそうじゃないか? 耐荷重百二十キロの、本体総重量三十キロだけど、金太郎がいたら移動させるのも簡単だし」


 マリに名前を呼ばれた金太郎ゴーレムが後ろに反り返るように胸を張る。


 前回の仕事ぶりでマリの信頼を勝ち取った自負があるのか、それとも単純にフェルトを足されたからか、自信の漲るその様は、三日前の失態でしばらく人化出来そうにない身からすると少々腹立たしい。


 ただこのゴーレムのおかげで、直前までマリや彼女達に怪我がなかったのも事実。働きの観点から言えば申し分ないガーディアンであり、個人的にはマリからの信頼を奪われかねない同僚でもある。腕力で敵わない分は知力で補うしかない。


「しかし便利だよな。一回行ったことのある場所なら、三箇所までピンでストックしてスマホで〝転移〟出来るなんて。魔法って言うよりはゲームっぽいけど」


【こういせいれい ならではの かご つかい たおしましょう】


 あの日わたしが気絶から目覚めると、スマホを手にしたマリが満面の笑みで待ち構えていて。こちらが失態の謝罪する暇も与えずに『起きたな忠太。まだ見てないんだ。一緒に見よう』と、未開封のメッセージを指差した。


 でも残念ながら内容の大半は守護精霊として不甲斐ないわたしへの罰則だった。引き換えにしたのは人化に使えるポイント全ての消失。けれどマリが死んでしまうよりずっと良かったし、手に入れた能力はお釣りが出るほどだ。


 新たに得た能力は【転移】。スマホで今までに訪れた場所であれば、一度に三ヶ所までを選択し、どこでも自由に行き来出来る。マリが言うにはこの能力を得る代償として、在学中はダンジョンの最深部への立ち入りを禁じられたらしい。


「意識高い系のグランピング? っぽくて良いよな。ついでにホットサンドメーカーも買うか。あれに肉まん挟んでも旨いらしいけど、まずは甘い菓子パンとか挟んで焼こう。前に観た動画のチーズ蒸しパンにハチミツとバターぶち込むやつ。それと吊り下げられるケトルと台も欲しいな。温かいもの飲みたい」


【かろりーのおばけ でも はいとくのあじ みりょくてき はちみつみるく ここあ こーひー こうちゃ なんでもいいですね】


「ラーナとサーラも星輪祭で家の人に呼び戻されてなかったら、ここで一緒にこの怠惰な遊びが出来たのにな」


【でもそのばあい てんいできる まほうしょくぐ せつめいむずかしい】


「あー……それは確かに。便利なんだけど説明出来る気がミリ単位もしない」


 留まるところを知らない欲望の応酬に、飲食が出来ない金太郎までもが浮わついている。そしてそれはわたしとマリも。一人と一匹と一体。気分は早くも今夜の星輪祭だ。


 ――――そんなことを話しながら過ごした数時間後。


「あ、今流れたぞ! 見てたか忠太、金太郎!」


【ゆだんして みてなかったです】


「あちゃー……でもま、これからまだまだ流れるから落ち込むなって。そういえばこっちにもあるのか知らないけどさ、私の元いた世界だと、星が流れる時に願い事を三回心の中で唱えれば叶うっていうのがあるんだ。やってみないか?」


【やりたいです】


「よし、じゃあ今からよそ見しないで空を見とけよ。金太郎も。流れたら終わりじゃなくてずっと廻るんだし、唱えっぱなしにしといたら拾ってもらえるかもだぞ」


 ひとたび口を開けばブワリと広がる白い吐息。マリのその言葉を皮切りに十五分間の奇跡を信じて空を見上げた直後、この時を狙い定めたように次々と星が流れ出し、ぐるぐると緩やかにとぐろを巻いて空を昇り始めた。


 ――マリが幸せでありますように。

 ――マリが幸せでありますように。

 ――マリが幸せでありますように。


 他の願いが何一つ叶わなくても構わない。彼女が何の憂いもなく笑っていられる。それがわたしの願いだから。


「忠太のことだから自分のこと願わなかったろ?」


【いいえ ぜんぶ じぶんのことです】


「そっか。それなら絶対に叶うな!」


【じしんまんまん なぜですか】


「こういうのは人に教えちゃ駄目なんだよ。だから内緒だ。でもきっと叶うよ」


 そう言ってニカッと八重歯を見せて笑うマリの右肩で金太郎が頬をつつく。その行動に対して「お前のことも少しは願ったさ」と笑うと、金太郎は足をぶらつかせて肩を竦めた。たぶん〝どうだかね〟といったところだろう。


【まりに せいりんさいの おくりもの あります うちぽけっと さぐって】


「い、いつの間に……ってか、私何も用意してないぞ?」


【まりは うけとってくれる だけでいい】


 やや強引にそう打ち込めば、マリが「開けてみても良いか?」というので【どうぞ】と返す。簡素な封筒型の包装紙の中から取り出されたのは、以前レティーに作り方を教えた花モチーフのラリエット首飾りだ。


「これって忠太のお手製だろ? 今度のはビーズまであしらったのか……相変わらず綺麗だな。でもこのラリエット首飾りってさ――、」


【ごあんしん ください つかってるいと つうじょうの やつ】


「あ、だよな。でも綺麗だ。最初にもらったあのピアスと一緒に大事にするよ。ありがとな忠太」


 本当は、数本だけパラミラの糸を潜ませた。隣から何か言いたげな金太郎の視線(?)を感じるけれど無視を決め込む。願い事は人に話しては駄目だと言うから仕方ない。明らかにホッとしたマリには〝内緒〟だ。

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