第68話 一人と一匹、ゴーレムを作る④

 目を覚ますと真っ白な場所にいた。

 とはいえ直前に眠った記憶はない。


 周囲を見回しても壁らしきものもない。

 窓もない。空もないし、白以外の色も、音もない。


 直前の出来事を思い出そうとしたところで、服のポケットに入れていたスマホからメールの着信音が鳴り響いた。ひとまず取り出して画面を見たら、改行のないみっちり詰まった文字の羅列が小さな画面に並んでいたので、読む気が失せた。


 でもこの非常に居心地の悪い空間には思い当たる節がありまくりだ。そんなわけでメール画面を一旦閉じて、スマホを操作。アプリの中から音声読み上げ機能を使うことにして起動ボタンをタップ。


 すると――。


『せっかく面白くなってきたところだと思ったのに、こんなに序盤でいきなり躓かないで下さいよ』


「やっぱりお前かよ駄神……ってことは、私はまた死んだのか? 忠太は? それにラーナとサーラはどうなったんだ? ここにはいないみたいだけど」


『おやおや、もう憎まれ口を叩けるほど回復しましたか。それに理解も早い。でも大丈夫、まだ一歩手前くらいです。それよりもお久し振りですね真凛……いえ、マリさん。今から貴女の身に起こったことを簡単に説明していきますね。それと一応この不甲斐ない守護精霊と、不出来なゴーレムもお返しします』 


 前半は楽しげに、後半は冷ややかに。何もない空間からポイと無造作に吐き出された、白くて小さな身体を慌てて受け止める。掌に乗る忠太の身体は温かく、ネズミ特有の駆け足な心音も伝わってきた。どうやら気絶しているだけらしい。ゴーレムの方も、これでボールチェーンを通したらただのマスコットとして通用しそうなくらい静かだ。


 ひとまずそのことに安心して説明を求めようと口を開きかけるも、先に駄神が『では説明しましょう』と読み上げ機能の人工音声で語り始めた。駄神曰く、私と忠太は〝攻略する選択肢の順番を間違えた〟のだと言う。


「はぁ? 選択肢間違いだぁ? 勝手に人を転生させて第二の人生を歩めとか言ったのはお前だろ。それが何で今さら選択肢なんて単語が出てくるんだよ」


『おやおや、そんなに怒らないで下さい。言い方が悪かったですね。ではこれではどうでしょう。貴女は自らの好奇心のために手に負えない無謀な選択をし、その行動に関係のない学友達を巻き込んだ、と』


「そ、れは――……」


『わたしからの加護に傲っていたところがあるのでは? 確かに最近は目を見張る成長を見せてくれていましたからね。とはいえ、わたしも楽しませてくれる貴女に調子に乗って加護を与えたのは事実です。なので今回の失敗は帳消しにして差し上げましょう。引き換えにするのはダンジョンに潜ってからの彼女達の記憶です』


「どこから、どの辺までだ? それをやったことで後遺症とかは出ないのか?」


『そうですねぇ……途中の面白いところまでは残して、最後だけ〝敵が強くなり倒しにくくなってきたのでコアを使って帰還した〟に改竄しましょう。これなら記憶を弄って脳にかける負担も少なく済みます』


 人工音声特有の胡散臭い声のトーンの落差が、地味に神経を逆撫でする。そもそもの問題として、私はこいつが好きではない。けれど今回のことは確かにこの駄神の言うように傲っていた。どうせ二度目の人生・・・・・・だからと。一回目だって全う出来なかったくせにだ。


『あ、そんなことを気にしないでも構いませんよ。何事もトライ&エラーです。貴女の無謀さは心地良い。これでも気に入っているんですよ?』


「どこがだどこが。第一お前に褒められても嬉しかねぇよ。あと勝手に人の頭の中を覗くなっての」


『まぁまぁ細かいことはいいでしょう。それよりも今はこの空間から早く目覚めることをお勧めします。ここは人間にとって過ごしやすい場所ではありませんからね。帰る前に使えない守護精霊とゴーレムをお引き取りしましょうか?』


「言ってろ。ゴーレムはまだ未知数だけど、忠太は私の大事な相棒だ。今さら絶対に引き渡したりしねぇよ」


 何でもお見通しみたいな気に食わない〝神様〟にそう吐き捨てた直後、真っ白な世界は徐々に象牙色からセピアに変貌を遂げて。次に目を覚ましたのは学生寮の自室のベッドの上だった。

 

 寝転んだまま視線だけ動かして部屋の中を見回せば、時計は午後の六時を指している。ダンジョンに潜ったのが十一時だから、帰ってくる時間としては妥当だ。私の顔のすぐ傍では羊毛フェルトゴーレムに抱きついた忠太が眠っている。


「ったく……どっからが夢なんだよあの駄神め」


 悪態をつきつつまだ働きの悪い頭を掻きむしりながら上半身を起こしたら、握ったままだったっぽいスマホが床に滑り落ちて。

 

 その表紙にスリープから覚めたスマホの画面に〝新着メッセージが届いています〟の一文が踊るのと、白い毛玉な相棒が身動いだのはほぼ同時で。今はただその目蓋が持ち上がるのと、新しく手に入る能力を選ぶのがが待ち遠しいなんて、思う贅沢がくすぐったい。

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