第67話 一人と一匹、ゴーレムを作る③

 ――ゴッッッ、ガグワシャァァァ!!!


 思わず歓声を上げたくなるような見事なバックドロップボムが、四体目のゴーレムに炸裂する。巨体が地面に叩きつけられた衝撃で一瞬身体が浮いた。隣では二体目までは青ざめて悲鳴を上げそうになっていた双子が、興奮に瞳を輝かせている。


 この世界だとこういうプロレスっぽい興行はないのか? ちなみにヨーヨーとローローは上から「タテナイカ、タテナイカ?」「ショウブアッタァァァ!」とこれまた大興奮で騒がしい。金網デスマッチのレフェリーかよ。


 忠太ですら「敵がああきたら、ああ返すのが良いのか。興味深いですね……」と魅入っている。あまりに真剣な声音に〝いや、分かったところで普通に無理だろ〟とは言えない。


 すでに砕け散った三体の死因は順にワンツーパンチ、一本背負い、壁を駆け上っての踵(?)落しだった。うちの羊毛フェルトゴーレム技巧者すぎる。あの小さい身体で一体何をどうやってるのか……私はとんでもないものを生み出してしまったようだ。


 人型になれるハツカネズミとゴーレムを屠れる羊毛フェルトのテディベア。この場合どっちがよりファンタジーなんだろうなぁ。


 砕けたゴーレムの下から現れたテディベアは、敵の沈黙を確認して砂埃を払うと、双子の魔宝飾具で隠れていた私達を手招いて、瓦礫の周辺に散らばったドロップアイテムを拾うように促した。無駄に漢らしい。


「あ、これ欲しいわ。この石もらっても良い?」


「ん、良いよ。二人の作ってきてくれた気配遮断の魔宝飾具の凄さは分かったし。サーラはラーナと同じ素材いる?」


「音の遮断までは出来ないけれどね。それと、同じ石で色違いのこちらが良いわ」


「はいはい了解。ていうか、二人とも見ただけで分かるのか?」


「良く使う素材ならね。同じ組成の石は不思議と形が似るのよ」


「ラーナが今持っている紫紅石と、この青紅石は兄弟石と呼ばれているわ」


 そう言って二人がお互いの拾った石を見せてくれたものの、さっぱり分からない。というか、私にはどちらも全然別の石に見える。そんな反応の間を見逃さず、羊毛フェルトのゴーレムは額に手を当てて呆れたやれやれポーズをとった。地味に腹立つ。


 それを真似して双子の肩にとまって翼で嘴を隠すローロー達も、南国の原色系じゃなかったら焼き鳥にしてやるとこだぞ。


「ほぅ、兄弟石ですか。言い得て妙ですね」


「えぇ? どこがだよ?」


「魔力を注ぎながら石を覗いて見て下さい」


 唇の端に笑みを浮かべた忠太にそう言われて半信半疑で中を覗くと、淡い紫紺色の靄状のものが双子の持つ石の間を往き来していた。まるでお互いの存在を確かめるように絡まっては渦を巻く様子に魅入っていると、二人が「「この種類は共鳴石とも言うのよ」」と笑って補足してくれる。


 そういえば講義でそんな種類の石があるって言ってたな。ただ使える特性を持つ人間が限られていて、私には使えないから忘れてた。例えば血族関係にある職人達しか加工出来ない物とか。今回のこれなんかがそれだ。


「そっか。それじゃあ次からこういうのが出てきたら、許可とかいらないからどんどん拾ってくれ」


「「あらそんなこと言って良いの? マリの使える石まで拾っちゃうかもよ?」」


「別にどれが誰の石って名前が書いてあるわけじゃないだろ。それに――、」


 言葉を切って振り返ると、素材拾いを再開していた忠太が「マリが気付かなくともわたしが見ていますから、問題ありませんよ」と穏やかに続きを引き継いだ。本当にこういうとこが助かる。双子もそう思ったようで「「貴男の目を盗むのは骨が折れそうだから、止めておくわ」」と肩を竦めた。

 

「それにしても本当にそのクマちゃんは強いわね。ヨーヨーよりも真面目だし。護衛ってむさ苦しい人か威圧的な人が多いから、こういうゴーレムがいたら女性のお客様に喜ばれそう」


「でも高額になりすぎても採用するのは難しくなるわ。ローローと違って真面目なのだけれど、何かしら契約で制約を取り決める必要があるかも」


「「ハ? ヨーヨーモ、ローローモ、マジメデスケドー?」」


 さらっと非難されたことが心外だとばかりに、バッサバッサと翼を動かして抗議する二羽を無視し、どこか自慢気なテディベアを四人で見下ろす。チャームポイントの丸い腹部がちょっと砂埃で汚れてしまっているから、帰ったら労いも込めて拭いてやらないとだ。


「気のせいじゃなかったらなんだけど、今この子がやった奴ってさっきのよりも強かったんじゃないか? 見た感じ結構良い素材が落ちてるっぽいけど」


 透明の地に金色の針みたいな傷が無数に入った石を拾い上げて掌で転がすと、それを見ていた忠太が「気のせいではないと思いますよ」と言って、バックドロップボムで砕け散ったゴーレムを指差した。


「このゴーレムに彫られている文字数はこれまでのゴーレムよりも多く、形も複雑です。それに徐々にではありますが、段々とダンジョン内に漂う魔力も濃くなってきています。きっともうすぐ目的地に辿り着けますよ」


 その言葉を頼りにそしてさらに奥へと進むこと一時間後。五体目のゴーレムが羊毛フェルトの掌底でダンジョンの壁を突き破ったら、何と下へと続くスロープが現れた。そこで一同無言で顔を見合わせて下って行ったところ、不意に視界が開けた場所に出たのだが――。


「ここさぁ、どう見ても前の小部屋じゃないな」


「そうですね。どうも新しい場所っぽいです」


「そもそも小部屋じゃないじゃない……」


「どちらかと言うと新しいダンジョンだわ……」


 一度ここのダンジョンで不思議な体験をした私と忠太とは違い、ラーナとサーラは呆然とした表情で天井と呼べる場所の見えない空間を見つめている。壁は学園の作ったダンジョンとも、前回の小部屋とも違う、死んだ珊瑚みたいな穴だらけの白亜の壁だ。立ち尽くす人間陣を無視して歩き出した羊毛フェルトゴーレムに、ヨーヨーとローローが続く。


 ややあって戻ってきたヨーヨーとローローが「コノサキ、ズーットマックラクラ」「テンジョウココヨリ、モーットタカイ」と教えてくれたものの、先行したテディベアが戻ってこない。


「遅いな。見に行くか?」


「それは得策ではないかと。あの戦闘力で手こずる相手に我々は無力です」


「あたしも彼に同意だわ。もしもあのゴーレムでも危ない相手なら、人間のあたし達にはどうにも出来ない」


「マリ、わたしも二人の言い分に賛成よ。だけどここまで連れてきてくれたゴーレムが心配な貴女の気持ちも分かる」


「んー……だよなぁ」


 これでラーナと忠太、私とサーラの二対二だ。擬似ダンジョンコアもあるし、もう少しなら待っていても良さそうだが、さてどうするかと思っていたら……ズズズズと足許から這い上がるような不気味な地響きがして。


 暗闇の方に目を凝らせば、弾むみたいに駆け戻ってくる羊毛フェルトゴーレムと、人間の手を模したよく分からないものが無数にこちらに向かって伸びてくるところだった。パッと見で分かるヤバい系ジャパニーズホラー。


「おまっ、何連れてきてんだよ馬鹿! 逃げるぞ! 早くこっち来い!!」


「ラーナさん、サーラさん、ダンジョンコアを使ってヨーヨー達と地上へ!!」


「「何を言ってるの!? 貴女達も一緒に――!!」」


 恐慌状態に陥った私達の頭上で「「ソウインダッシュツー!!!」」と、けたたましい声が聞こえた直後。視界を真っ白な光が焼いた。

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