第65話 一人と一匹、ゴーレムを作る①
一度女子寮の自室に荷物を置きに戻り、ついでに冬休みの間は各自残った学生が自炊出来るように開放されている食堂で、ホットミルクを三人と一匹分作って温まった。その後は一応オウム達を迎えに行ったものの、南国気取りの奴等は意地でも部屋から出てくるつもりはないらしくて。双子に「「帰ってきたら羽毛枕にしてやるから」」と声をかけられていた。
――で、双子に急かされて向かった先は学園図書館。人もまばらな館内でわざわざ三人と一匹、一列に座って覗き込むのは――。
「この本にダンジョン攻略の糸口が載ってるって?」
【かなり ねんだいもの ですね】
かなり傷んだ大きな革製カバーの洋書。映画とかでよく見るやつだ。前世だとこの古ぼけた本が実は魔術書で……とかいう何番煎じなんだって導入から入るけど、今の世界観だと最初から魔術書の扱いなのか。
「そうよ。だから気を付けて触ってね。表紙が剥がれちゃうから」
「待って二人とも。司書の方に手袋を借りてきたからこれをはめて」
触るだけで表面の傷んだ革がポロポロと剥がれる。こうやって見ると、前世の市民図書館って結構本の手入れをしてくれてたんだなとか思いつつ、言われた通りに手袋をつけてそーっと頁をめくっていく。
外見が分厚くて難しそうな割に、中は結構説明用の図が多くて取っつきやすい印象だ。数学的な素養とかがいるのだったらどうしようかと身構えていた肩から、若干力が抜ける――が。
「なぁ……この本さ、私の読解力に問題がなかったら、自家製ゴーレムの作り方について書いてあるように読めるんだけど」
「「ええ、大丈夫よ。大体それで合ってるわ」」
【ごーれむ だんじょんで かなりのかず ふきとばしました けど あれが かんけいする】
「意外だって言いたいんでしょう? あたし達も全然関係のない学園の歴史関連の資料を探してたら、偶然見つけたのよ。でもね、この本のえーと待って……確かこの辺りの頁だったかしら」
「あっ駄目よ、一気に開こうとしないでラーナ。ただでさえ弱っている背表紙が剥がれてしまうわ。ここの本はみんな貴重な物だから気を付けて」
サーラの不穏な言葉に慌ててべたっと開いていた本の表紙を持ち上げ、下に別の本を噛ませた。これで真ん中からパックリいく危険性は減っただろう。ホッと一息ついた右隣でラーナが「ごめん」と言い、左隣でサーラが「まったく」と呟く。
双子っていってもどっちかがお兄ちゃんお姉ちゃん感を出すのって、何か不思議で面白い。二人のそれぞれの個性が出るのだとしたら、ローローとヨーヨーにもあるのかもしれない。
そんなことを考えていた私の前に広げられた本の頁には、可愛らしくも見覚えのある、赤いリボンにオーバーオールを着た白い猫の絵が描いてあった。動物の擬人化なんてよくあることだ。某国民的猫に似ているけどきっと他猫の空似だろう。
一応ラーナのように怒られないよう気を付けつつ、細く開いた最後の頁を覗き込んだら、やっぱり数百年くらい前の発行日と寄贈印があった。再び元の頁に戻って食い入るように絵を見ていたら、ラーナが「あ、ほら、そこよ。読んでみて」と促してきたので、彼女の指先が指し示す場所に視線を落とす。
とはいえ長年の経年劣化が目立つ紙はカビ臭く、紙魚が食べたとおぼしき穴や純粋なシミで汚れていて、読めるところだけ拾い上げて読んでいくしかない。もう古文書の解読をしている気分だ。
【ほぞんじょうたい れつあく すぎます】
「それはあたし達も思ったわ。でもこの本の内容って面白くはあるけど、日記とか手記の類でだいぶ客観性と信憑性に欠けてるのよ」
「当時の在学生が書いて寄贈したもののようだったから、重要視されていなかったのかもしれないわ」
「ふぅん。個人の同人誌扱いってわけか。手がかかってそうなのに酷いな」
「ただ多少は仕方ないわ。だってこれは厳密に分類したら魔宝飾具ではないもの」
「ゴーレムを動かすには魔法の素養もいくらか必要があるから、職人のわたし達には使いこなせない」
【むこうのがくえん きぞうしたほうが よろこばれ ましたね】
全員で学園の誠意の欠片もない保存状態に文句をつけつつ、一緒に読み進めていく。この本によればこの地のダンジョンは学園成立後に造られた人工物と、それ以前に存在した自然のダンジョンがどこかで繋がっているらしいこと。
優れた術者が魔力を込めて造ったゴーレムには、本来のダンジョンコアに引き寄せられる性質があること、ゴーレムを作る素材などは特に定められておらず、術者の魔力を込めやすいものなどで作るのが良いとされていること等々。割とためになることが書かれている。
夢物語のような抽象的な内容だが、読み物としては面白い。この記述を信じるなら作ってみても損はなさそうに見えた。幸いゴーレムの作り方の頁はまだそれなりに読める。ファンタジー世界の冬休み中の自由研究に持ってこい題材なので――。
「んー……特にゴーレム本体の大きさについての記載もないし、今日はちょっとこれでゴーレムでも作ってみるか」
【いぎなし です おふたりは どうしますか】
「「ローローとヨーヨーはこの季節役に立たないから、本当にゴーレムが出来るなら一緒に作りたいわ」」
「勿論。この本を見つけてくれたのは二人なんだし、一緒に作ろう。あ、それと忘れてた。こっちの思い付きからの発言を覚えててくれて、ありがとな」
そう言って両隣の双子の手をそれぞれ握ると、二人はほんの少し頬を染めて「「どういたしまして」」とはにかんだ。なので、今日は一度目と二度目の人生で初めての〝ゴーレムを作ってみる日〟になった。
――――七時間後。
自習室の中では一番広いとされる一室で、それぞれが思い思いの素材を使って作ったなんちゃってゴーレムが爆誕した。
「ラーナは意外と器用だな。上手いもんだ」
【そざいと もとにした いきもの ぜつみょう】
「ふふふ、そうでしょ?」
素材は剥離しやすい白い石。大きさにして十五センチくらいの鹿だ。アタリをつけた部分を石目に沿ってノミで割った鹿の像は、某映画の守護精霊っぽくて荒々しくも美しい。重さは何かのコンクールとかでもらえるトロフィーくらいか。飾ってもよし、贈ってもよしな一品に仕上がっている。
「サーラは意外と豪快だな。個性が際立つ」
【いきいき やくどうかん ありますね】
「無理に褒めないでもいいわ」
素材は石膏粘土。モデルになったのは……たぶんウサギ? 足の動きが回し蹴りを放つカンフーパ○ダにそっくりだ。内心関節どうなってんだろうと首を捻っていたら、今度は真顔のラーナとサーラが口を開いた。
「マリのは意外なほど文句なしに可愛いんだけど……」
「この素材と道具で作ったものがゴーレムかと聞かれると……」
言いにくそうでありつつも、少しも隠しもぼかしも出来ていない二人に指摘された自作を見下ろす。作業台の上にいるのは、大きさにして十五センチくらいの小さなクマ。素材は百均の羊毛フェルトで、使用した道具は判子注射みたいな形のニードルなんだが、問題は――。
「いや、素材は柔らかい方が作りやすくて良いかなって。でもまぁ、やっぱ当然のように動かないな」
というそんな当たり前のオチがつくかと思ったその時。羊毛フェルトで作られたクマが、二本足でひょこりと立ち上がった。
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