第64話 一人と一匹、ただいま学舎。

 冬季オリンピックのボブスレーと同等か、それ以上に怖い乗り物だった。よくあれで安全基準を通ったな? 重力で身体が座席に押しつけられたらシートベルトが必要ないとでも思ってるのか。


 ――……冗談抜きに道中の記憶がない。マルカの町を出てから一日経ったか? そもそも休憩時間は挟んだっけ?


 何にせよ魔物の体力恐るべしだ。ついでにレベッカの発想と、外で剥き出し状態の席で高笑いしながら魔物を操っていたのに、そんな事実はなかったみたいな馭者の笑顔も恐ろしいといえば恐ろしい。


 つい数分前に建物の陰で降ろしてくれた馭者と、懐いてるのか捕食しようとしてるのか、馭者の頭をアグアグやっているガーフールと別れて学園の門を目指すものの、足許がフワフワして雲の上を歩いてる気分だ。勿論悪い意味で。


「クソ……膝が、わら、笑って、門が、遠い……忠太……大丈夫か?」


 胸ポケットでぐったりとしている忠太に声をかけるも反応がない。心配になってポケットの上からくすぐると、ようやくピンク色の鼻が突き出てきた。いつもはピンとしたヒゲがしょんぼりしてるけど。


 ポケットの縁に引っかけられた小さな手がモタモタと身体を持ち上げ、ずり落ちそうになりながらも肩口まで登ってくる。不憫可愛いその姿に手を貸してやれば、小指にキュッと尻尾が巻き付けられ、そのままレティーが早めの星輪祭のプレゼントにとくれたマフラーに収まった。ついでにいつでも文字が打ち込めるようスマホも入れてやる。


「あのさ……今度からレベッカに帰りの交通手段を頼むのは止めような?」


 そっと問いかけると、マフラーの中でモゾモゾと忠太が蠢く。頷いているのだろう。しかしフラフラした足取りでそんな会話をしつつ向かう先に待ち受ける人影が二つ。少し離れた場所からでも、どちらも同じ背丈で同じシルエットをしていることが分かる。


 正体が分かっているのでノロノロと近付いていたら、途中で痺れを切らしたらしき二つの人影がこちらに向かって歩いてきた。


「「やっとご到着かしら? 遅かったわね、マリにチュータ」」


 学園指定のローブに身を包み、毛糸の帽子と手袋とマフラーという完全武装で現れた双子は、腰に手を当ててそんな第一声を放った。二人の声を聞いてマフラーから顔を出した忠太が、へろりとお辞儀をする。無理しないでも良いのに……。


 出会い頭でツンツンした声を発した二人も、忠太の様子に毒気を抜かれたのか「どうしたの?」「大丈夫?」と、心配そうな顔をしている。


「ラーナ、サーラ、久しぶりのただいま。ヨーヨーとローローは?」


「え……あぁ、あの二羽は寒いのが嫌いだから」


「この季節はあまり部屋から出たがらないの」


 毒気を抜かれている隙に質問をしたら二人とも案外素直に返事をしてくれた。その視線は忠太を見つめたままだ。忠太もそれに気付いているので、やや同情を引くようにしょんぼりして、怒りの矛を納めるのに一役買ってくれるつもりらしい。


「まぁあいつらは見た目からして南国の鳥だもんな。無理もないか。二人は何で学園に残ってるんだ? てっきり冬季休暇で家に帰ってるかと思ったのに」


 ――と、私の発言で忠太の哀れを誘う演技は無駄になってしまったらしい。二人はジトリとした視線をこちらに向けたかと思うと、同時に「「マリが気にしてたことを調べててあげたの!」」と憤慨した。え、ヤバい。ていうかそもそも――。


「何か気にしてたっけ?」


 吟味する前に口から言葉が零れてしまった。瞬間、双子の視線が今日の外気温くらい冷ややかなものになる。その視線にたじろぐ私のマフラーの中から、スマホがニュッと飛び出す。受け取って三人で覗き込んだ画面には【たぶん がくえんの だんじょんの ことでは】と打ち込まれていた。


 あー……確かに何かそんなこともあったような気がする。うっすらとだけど。思い出させてくれたお礼にマフラー越しに忠太を撫でれば、小さく「チチッ」と鳴き声が聞こえた。


「もー! なんでチュータの方がしっかり覚えてるのよ」


「マリ知ってる? 人間の脳はネズミより大きいのよ?」


 うん……帰ってくるなりボロクソだ。しかしご立腹になる理由が私の記憶力のなさなので仕方ない。これ以上二人の怒りを増幅させないようにと、純粋に忘れてて申し訳なかったので謝ったら、二人は同じ表情で「「許すわ」」と言ってくれた。


「脳の容量が少ないマリが忘れないうちに、さっさと図書館に行くわよラーナ」


「ええ。でもその前に功労者のチュータに温かい物をあげた方が良いわサーラ」


 そう言うが早いか双子は私の肩にかかる荷物を取り上げ、生まれたての小鹿状態の身体を両側から支……いや、宇宙人を連行する要領で引きずり学園の門へと歩き出す。自分より小さな友人達の力が意外に強いと知ったのは、こんな経緯。

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