第63話 一人と一匹、地獄を再び。
「マリもチュータも
ぶすくれた表情で伏し目がちにそう言うレティー。エドの店の奥でその言葉を聞かされた私と忠太は、もう何度目かの苦笑を浮かべてしまう。
あれからさらに四日滞在して新商品の量産に励み、その間それをマルカの町に出入りしている商人達が半信半疑仕入れて、その星輪祭に合わせて売り捌けるように去っていった。
「そうは言っても昨日まで八日もうちに泊まってただろ、レティー。それと同じ日数ここにいたら忠太がぺったんこになっちゃう」
【れーすあみ しすぎて おなかまわり きんにくつう】
言いつつ肩の上でお腹周りをさする忠太。確かにちょっと引き締まった気がする。あれは見た感じエクササイズだったしな。
可愛いのと分かりやすいので、思わずレティー達が寝てから動画を撮らせてもらった。前世でSNSに流したらバズること間違いなしの映像が撮れて嬉しいけど、大福っぽいふっくら感がなくなって寂しくもある。
「それなら星輪祭にはご馳走を一緒にお腹いっぱい食べて、忠太が前より丸くなれば良いじゃない」
「あのな、痩せたからって一気に食べて体重戻すのは身体に悪いんだぞ?」
【ちいさな からだ げきへん つらみ】
「ほら、忠太もこう言ってるだろ?」
ちなみに星輪祭とは前世の聖なる夜とお正月の合体版みたいなものだ。主役が神様じゃなくて精霊王と眷族達で、日付が一年の最終日。年を跨ぐ前の十時から跨いで翌年になる十二時くらいまで、精霊界と人間界との狭間が開いて星が渦を巻くように見えるらしい。
科学が発達した世界から来た私には軽くホラー。ブラックホールみたいに吸い込まれて世界が終わりそうだと思ってしまう。
スマホのレベルアップで得たこちらの世界の一般教養情報によると、精霊が試練と加護を与えた〝愛し子〟を迎えに来るのだと言われている。これだけ聞くと前世でいう輪廻の輪に近いのかもしれない……って、ヤバい。一瞬思考が飛んでた間にレティーの目が潤んでる。
慌てて何かフォローの言葉を入れようとしていたら、良いタイミングで開店準備中だったエドが店の方から戻ってきた。
「悪いなマリ、チュータ。久々に帰ってきたってのにすっかりレティーの面倒見させちまって。おまけにあの新製品の数だろ……ちゃんと眠ってたのか?」
「あー、あれはほら、慣れだから。な、忠太?」
【まりと わたしの かみわざ ほめて ください】
実際は低レベルのレアアイテムなら複製出来るようになっているので、レベッカとレティーが寝静まってから複製しまくったのだ。愛の狩人を量産って字面だけだと、前世の某黒スーツのハンターが放出されるバラエティー番組を思い出すけど、まぁ似たようなもんかと思わなくもない。
それについでに届いていた新しい通知で能力もアップグレードしたしな。忠太からの熱い勧めで一個は自分の耐久力を上げるのに使ったけど、もう一個は新しく追加された魔力調整という私にお誂え向きなのを入手出来た。もしかしなくてもあの駄神に憐れまれたんだろうか……?
「何よりも久々にエド達の役に立てた。学園に通ってる間は店に並べる商品もあんまり送れないからさ、気になってたんだよ。戻ってくるまでに肝心の就職先が潰れてたら嫌だからな」
【あんていした こよう けいえいに くちをだせる たちば めざしてます】
「うちの相棒もこう言ってるしさ」
ついそう答えてから視線を感じてそちらを見たら、さっきの会話内容の掌返しをされたレティーが盛大に拗ねていた。泥沼? やぶ蛇? どっちだこの状況。真冬に冷や汗をかきつつそっと視線をエドに戻すと、娘の視線に気付いていない暢気な親父はガハハと笑った。
「しかしよマリ、もういくらもしないうちに年末だろうに、今から学園に戻ってどうするんだ? うちみたいな田舎でもこれから冬季休校だ。王都の学園たって年内の授業はもうないだろ」
「こっちにいたら居心地良くてダレるんだよ。エドだって子供の頃は家にいたって勉強しなかっただろ?」
「そりゃまぁ確かにな」
「せっかくレティーとウィンザー様のおかげでタダで学園に行けてるんだ。休校中でも図書館とかで本でも読めば多少は勉強になるだろ。一応今回の新製品の特許が通るからしばらく店も安泰だとは思うけど、こっちに帰ってくるまでに預けてあるあれを完璧な商品にする約束だってあるしな」
「マリ……お前って奴は……!」
【えど ふゆなのに がんめんが あつくるしい】
男泣きを始めたエドに容赦のない忠太の突っ込みが入ったその時、王都までの足を手配しに行っていたレベッカが戻ってきた。孤立無援だったレティーはレベッカを自陣に引き入れるべく、彼女にこれまでの経緯を説明したのだけれど――。
「レティー、星輪祭は恋人同士のお祭りのようなもの。マリには王都で帰りを待っている方がいらっしゃるのよ。無理を言って困らせてはいけませんわ」
すべての内容を聞き終えたレベッカがさらっと落とした爆弾に、こんな時だけそっくりな父娘が「えっ!? 本当なのマリ、どんな人!?」「ハァ!? うちの職人誑かすなんて百年早いぞ、どこのどいつだマリ!?」と仲良く叫ぶ。騒がしい。
「レベッカさんさぁ……助け舟にしてももう少しどうにか言いようあるだろ」
「あら、だって友人のわたくしにも教えてくれなくて寂しかったのだもの。ごめんあそばせ?」
【うーん こまった あくじょだ】
「うふふ、お褒めに与り光栄だわ。それにご覧なさいな、今のでレティーの機嫌も直ったでしょう?」
言われて振り返った先には、私と忠太から存在しない恋人の話を聞き出そうと目を輝かせるレティーと、勝手に世話焼きな親戚のオッサンポジションに入っているエドの、茹でダコみたいに色付いた禿頭。
二人の追求をのらりくらりと躱し、最終的に店の開店時間まで引き延ばして、追い縋る二人にまた手紙を出すと約束したのち、レベッカと町の入口まで向かった。しかしそこに停まっていたのは思っていた乗り物とやや違っていて。
「さ、マリ、チュータ、乗って頂戴」
「え、何これ、引っ張ってくれるのって馬じゃなくてデカイ……犬?」
「まさか。こんなに大きな犬がいたら怖いじゃないの。でもその様子だとマリの故郷にはいなかったのね。この子達はガールーフという狼の魔物ですわ。ボルフォと違って子供の頃から育てると使役出来るようになるのよ」
【あしもと しゃりん ちがう そりですね】
「乗り心地云々はともかく、上下に揺れたりはしなくてよ」
果てしなく嫌な予感がする。馭者は前回の彼だ。レベッカはにっこりとしただけで、私達を押し込んだ。予感はほんの五分後には現実のものとなり、馬くらいあるガールーフが牽く犬ゾリ(概念)は、冬季スポーツのボブスレーの如き勢いで王都までの道を爆走し。
馬車に比べて激しい揺れはないものの、長距離ジェットコースターに乗っての旅は、馬車とはまた趣の違った恐怖を私と忠太に刻み付けてくれた。
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