第62話 一人と一匹、女子会の副産物。
久々に帰ってきた自宅の壁。戻ってきたその日に出ていった時のままになっていた暦を、今の時間に合わせた。
十二月十九日。いつの間にか転生してから半年が経っていた。
必死に駆け抜けたというか考える余裕もなかったというか、何にしても濃密すぎる半年だ。現在はパチパチと良く燃える暖炉の薪の音に耳を傾け、時々窓の外にちらほら降る雪を見ながら――。
「あっ、えっ、待ってチュータ、今のところもう一回やって見せて?」
「わたくしからもお願いするわ」
【いいですが れてぃーのそれ いと かえたほうが いいかも れべっかは いとのはり いっていに してください】
テーブル上で器用にレースを編みながらビーズを通すハツカネズミを講師に、レベッカが持参した高級マットレスを床に直置きして生徒に徹する女子三人。ちなみにマットレスを入れるために、うちの玄関口が職人技で拡張された。一枚彫りの木材を使った両開きドアが異彩を放っている。
それはさておき、靴を脱いで胡座をかく私を真ん中にして、右に横座りをしたレベッカ、左にペタンと女の子にしか出来ない格好で座るレティー。作っているのは花モチーフの
アクセサリーにはあんまり興味はないけど、フリマサイトでも人気があるので、私もそろそろ作り方を覚えておいて損はない。編み図はまったく理解出来ないけど、忠太が目の前で丁寧に実演してくれるから編み図も必要ないし。
学園に行く前に作りかけだったやつをレベッカとレティーが見つけたのだが、今日で編み始めて四日目になる。
ということは、領主館から帰ってきて自宅待機を始めて四日目ということなわけだが……実のところ、レティーは何故か私達が戻ってきた初日からずっとこの家に泊まり続けていた。
「レティーこれが終わったらさ、今日こそ家に帰れよ? 私と忠太ならまた帰ってくるから。レティーが帰らないとエドが泣くぞ」
「いやだったらいーやー。マリ達が帰る時になったら帰るもん。お風呂沸かすのは手伝ってるし、ご飯だってちゃんと買ってきてるからそんなに迷惑かけてない」
困った。先に説得するのに手っ取り早いお金の話をされた。それに小さく「預かってた魔宝飾具も約束通り守ったよ」と。成程、うーん。流石は商売人の娘……じゃなかった。隣でレベッカが声を殺して笑っているけれど、こっちとしては笑いごとじゃないんだが。
【れてぃー すこしあわないうち きゅうに あまえっこ なりましたね】
「だなぁ。これが先祖返りか」
「マリ、それを言うなら赤ちゃん返りですわ。どこまで返るつもりなの」
今度こそレベッカが悪役っぽい笑い声をあげてそう言うけど、夕方に迎えに来ては娘にフラれて日に日に煤けていくエドの背中を見るのはちょっとな。初日にレベッカの馬車で戻ってきたところで鉢合わせたのがまずかったか。子育ては大変だ。
「お願い、もう一回見たら出来るから」
「レティー、別に忠太は教えないって言ってるんじゃなくてさ、ほどきすぎて糸がよれてるから一回切れって言ってるんだよ」
「でも……綺麗で高い糸なのにもったいない……」
「気持ちは分かるけれど、その糸はだいぶ繊維が毛羽立ってしまっているわ。これでは仕上がりが美しくならないわよ?」
レベッカの助言にも、レティーは「そうしたら糸が足りなくなっちゃう」と半泣きになった。仕方ない後でそんな心配がないくらい買い込むか……と思ったら。
百均のスマホ立てに立てかけた画面に、忠太が【じゃあ はいしょく とちゅうで かえるのは どうです】と入力する。その文面に不満そうな表情を浮かべたレティーの前で、忠太は片方の後ろ足に引っかけたレース糸とは別に、もう一色違う糸を空いている後ろ足に引っかけて編み始めた。
絶対一色で編むより面倒くさいものの見映えがすることは知っている。使っているのは手芸品のネットサイトで入手したオヤと呼ばれるレース糸で、当然ながらこちらでは珍しい。
種類も様々あって、かぎ針を使うのがトゥーオヤ、ビーズを使うボンジュクオヤなんてのもある。まぁ、右も左も分からない素人はただオヤと覚えておけば良い。
忠太の神業を必死で見つめながら一目一目、丁寧に編んでいく横顔を見て「何でそんなに作りたいんだ?」と尋ねたら「だって……マリがいない間も、自分で作って売れたらお父さんも喜ぶかなって」と答えた。なんだよ、ただの仲良し親子か。
心配して損したなと思いつつ忠太を見やる。しかし次の瞬間その可愛らしい手が編み込もうとしていた黄色っぽい糸に気付き、思わず――。
「ちょい待ち、忠太。その糸ってさぁ」
【こいがかなう おまじないですよ まり さいごの ひとおしの ひとむけ】
「本当にそれで良いのか? ありなのか? 合法?」
矢継ぎ早な質問にスッと視線を逸らすハツカネズミ。非合法だな、これは。もしくは限りなくグレー。偶然だけどちゃんと見てて良かった。けれど回収すべく立ち上がった私の手首をレベッカが掴んでニッコリと微笑んだ。
「ねぇマリ、チュータ? そのお話少し詳しく聞かせてくれるかしら」
「忠太が討伐したパラミラの糸を使ってるんだよ……」
【に さんぼん なら ひとのこころ あやつるほどじゃ ないです】
「でも微弱でも魅了の効果はあるんだろ?」
【びびじゃく】
「要するにとっても弱いのね? それも、もともと好意を持ち合う人間同士でないと効かないほどに」
レベッカの問いに力強く頷くハツカネズミ。興味津々に私達のやり取りを見つめるレティー。
おかしいな。この中でまともなのって私だけか? そんな疑問が頭の中を掠めた直後「なら合法で構わないのではなくて?」と言う、領主夫人。その答えにガッツポーズを決めたハツカネズミは、いそいそとテーブルから飛び降りるや、寝室の方からエドに書かせた誓約書の余りを咥えて戻ってきた。
【げんちだけ ふそく りょうしゅ おくがたの さいん つよい】
「チュータはマリと違って商才があるわ。ここにサインをすれば良いのね?」
「待て待て奥方様。そんな簡単にサインをしようとするな」
「マリとチュータの製品なら危険はないわ。全幅の信頼を寄せているもの。それはそうとチュータ。そちらが完成したらわたくしに売って下さらない?」
あ、ウィンザー様の瀕死案件が発生しようとしている。でも止める必要があるか悩むやつだしなぁとか悩んでいたら、横から元気よく上がる手が。
「チュータあのね、奥方さまに差し上げるそれ、もう一つ作ってほしいわ。必要そうな人がいるの」
鼻の穴を膨らませて興奮気味にそう言ったレティーに、レベッカが「わたくしはもう意中の方は手中におられますし、お先にどうぞ」と言ったのだが、そこからの小さなキューピッドの行動は早かった。あと
翌日の昼頃には完成させたラリエットを手に、レティーにつれられて向かった下町の食堂。そこの看板娘(三十二歳)に格安価格(性能観察のため)で販売し、こっそりと店の端で見守る中、やって来たのは常連客の傭兵(四十歳。妻と死別)。
そしていつもはアクセサリーをつけない彼女がつけるラリエットに気付き、慌てて誰にもらったのか尋ねる傭兵。そこから始まる怒濤の展開……という、下町生まれのラブロマンスが、話題にならないはずもなく。
超肉食系女子蜘蛛の糸から作られたギリギリ合法のラリエットは、領主夫人が買い求めた二点目以降、エドの店に並べられる予定になった。その名も【貴方を絡めとる魔宝飾具〝愛の狩人〟】近日発売。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます