第61話 一人と一匹、一時帰宅する。

 最初の討伐で文字通り手札を使い果たしたものの、あれ一回で親玉だったパラミラとゾロゾロと湧いていたアダモラを倒して、領主館へと報告に向かった私と忠太だったけれど、忠太はこれ以上変化させたままでは体力もポイントも減る一方なので、途中の村で先に王都に戻ると言わせて別れたふりをした。


 実際は騎士達が王都まで護衛するからと言い出してちょっと大変だったが、頭の回るハツカネズミの話術によって説得され、不承不承ながらも諦めてもらえたのだ。忠太が相棒で良かったと思うのは何度目か分からないけど、前世なら詐欺師からスカウトされてもおかしくない人材だったに違いない。


 そんなこんなで途中に出没した小型の魔物は騎士達だけで討伐され、私と忠太は負傷者用の幌馬車を贅沢に貸切りでモントスまで走った。ようやく辿り着いた領主館の前には、ちょうど別の部隊が帰ってきたところらしく人だかりが見えてくる。


 幌馬車の中で様子を見に行った騎士達が帰ってきたと聞こえた直後、いきなり私達の乗っていた馬車の幌が開かれ、そこから土で汚れた服に身を包んだレベッカが顔を覗かせた。


「お帰りなさいマリ。貴方達が無事に帰ってきて嬉しいわ」


【ただいま もどりました れべっか あなたも ぶじでよかった】


「ただいま戻りました、我が君」


 ふざけて恭しくそう返事を返せば、自身も討伐から戻ったばかりのレベッカは楽しげに「チュータはともかく、マリにその言葉遣いってちっとも似合わないわ」と笑った。せっかく格好をつけたのに失礼な話だ。


 外の騎士達に一声かけたレベッカは、そのまま荷台に乗り込んでくると、私の隣に腰を下ろした。汚れてても気品があるのは流石だ。


「さっきの人だかりはレベッカ達だったのか。今帰ってきたところ?」


「ええ、そうよ。ねぇマリ。貴方がここにいるのに彼は一緒じゃないの?」


「彼って誰のことだ?」


「もう、とぼけないで。学園の友人だって連れてきた彼よ」


 瞬間胸ポケットでスマホを弄っていた忠太と目が合う。必死で首を横に振るハツカネズミ。私も同意見だったので目で〝了解〟と伝えた。荷物に詰めたローブを見られるわけにいかないな、これは。


「おー……うんうん、あいつね。あいつなら途中の村で用事があるって言い出して、先に王都に帰ったよ」


「えぇ? 直接お礼を言いたかったのに残念ですわね」


「学園に戻ったら私から言っとくって」


「マリとの関係も聞きたかったのよ。隠さなくても良いわ。恋人なんでしょう? チュータはどんな人だったか近くで見ましたのよね?」


【えぇと わたしは ひとみしりなので ずっと ぽけっと もぐってました】


 視線をあげずに俯いたままフリック入力をするハツカネズミ。正直これまでの忠太を見てきた人間にその嘘は苦しいだろうと思っていたが、レベッカは一瞬だけ疑わしげな表情を浮かべたものの「まぁ良いわ。まだ聞き出す時間はありますものね」と華やかに微笑む。怖い怖い。目が笑ってないんだよ。


「いやいや、普通に友達だって。講義でよく一緒になるんだ。レベッカが期待するような面白い話なんてないぞ?」


「あら、マリったら情緒がないわね。もしかしたら彼の方はマリを意識していて、一緒の講義に出られるように調整しているかもしれないじゃない。今回のことだって、マリが危険な目に合わないように同行してくれたのよ。きっとそう」


「うーん……レベッカ様は乙女で想像力が逞しくていらっしゃる」


 なんてやり取りをしながらも討伐からの帰還は滞りなく進んで。


 あっという間に装備を解かれて風呂に放り込まれ、身体を洗ってくれようとするメイドさん達に退出願い、カーテン越しにティーカップの風呂に浸かる忠太とのんびり入浴を楽しんだ。


 ちなみにレベッカは最後まで一緒に入浴したがったが、流石にメイドさん達に駄目出しされて不貞腐れていた。ウィンザー様に気を遣ってのことだろう。本来貴族の娘は夫以外の人間の前で肌を晒すのは駄目なのだと、メイドさんが教えてくれた。あれは決して私達に階級のせいではないと伝えたかったんだと思う。


 用意されていた着替えに袖を通し、綺麗サッパリしたところでウィンザー様からお呼びがかかった。そこで案内されて応接室へと移ったのだが――。


「この度の君達の働きに深く感謝する。皆が誰一人かけることなく無事に戻ってきてくれて本当に良かった」


 向かいの席にレベッカと並んで座るウィンザー様は、また少し痩せたようだ。目の下の隈もかなり濃い。言葉通り妻のレベッカだけでなく、部下の騎士達や私達のことも心配してくれたんだろう。しかしそれを差し引いても顔色が悪い。


「いえ、お役に立てたならこちらとしても良かったです。帰る家がなくなるようなことになったら困りますから。な、忠太」


【はい まりとなら なんだってできます】


 答えながら隣に座るレベッカの方へ視線を向けると、何故か彼女も表情を曇らせている。一体これから何が起こるんだと身構えていたその時、難しい表情をしていたウィンザー様が口を開いた。


「学園に通うように勧めたのはこちらだというのに申し訳ないのだが、すぐに学園に戻るのは止めた方が良いかもしれない」


「え、何か失敗しました?」


「いいや、そうではない。君達は上手くやってくれた。むしろ上手くやり過ぎたと言った方がいい。だからこその話だ」


【どういう ことですか】


「今回の件ね、当然だけれど周囲の領地でも起こっていたのよ。それで他の領地でも自領の騎士を魔宝飾で武装させて派遣したり、ギルドで人を雇ったりしてたんだけど、どこも人手不足で。そんな中うちの領地だけがマリのおかげで最小限の被害、最速の解決だったから……」


 そこから説明された話をザックリ噛み砕けば、短期間で思った以上の働きをしすぎて悪目立ちしたっぽい。それでもしかすると王都の貴族の耳にも届く可能性があってヤバイから、向こうから何か情報が入るまで帰るのを待ってほしいということだった。学園にはもっと凄い魔宝飾具を作る学生なんて山ほどいたし、引き抜きとか考えすぎだと思うけどな。


「んー……そういうことなら一旦家に戻っても良いか? レティーとの約束はまだ果たせてないけど、ここでメイドさん達に世話を焼かれるよりも精神的に楽だし」


 特に風呂上がりの着替えとして渡されたレースだらけの下着が辛かった。着慣れてないからだろうけど着心地に違和感しかない。バイト中にズレが気にならないよう、昔から下着はスポーツタイプ派なのだ――が。


「そ……そう。せっかく前みたいに夜にお喋りが出来ると思ったのだけれど」


「じゃあうちに泊まりに来る? 勿論ウィンザー様の許可を取ってからだけど」


「そんなことしても良いの?」


「レベッカが来たいなら。友達が遊びに来たがるのを断る理由もないしな」


【じょしかい はさまる はつかねずみ おじゃまでなければ】


 それから一時間後。

 お泊まり用に豪華なマットレスと領主夫人を乗せた馬車が一台、屋敷を出た。

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