第56話 一人と一匹、失敗をひっくり返す。
生徒指導室に呼び出された理由とはまったく別の用事で訪れたらしく、私達が教師にやっぱりこってりと絞られ、後日反省文を提出するようにという懐かしすぎる罰を受けた。支援者の前で公開処刑とか最悪か。
そんな姿を楽しげに眺めていた悪趣味な領主夫婦を連れ、場所を移したのは学園外にある喫茶店。これまで数回来店したけど、いつもお客はゼロだ。店の雰囲気が悪くないだけに長続きしてほしいものの、店主にそういった覇気がなさそうなので、まぁそんな空気感が好きな常連がいるんだろう。たぶん……たぶん。
――で、現在。
淹れたてのコーヒーが運ばれてきたテーブルを挟んで、向こう側に座る二人の話を聞いた感想なんだが……だ。
「レティーに私が預けたあの魔宝飾を貸してくれるように頼んでほしいって、そんなことのために領主夫婦がここまで来たのか? てっきり昨日の自習室の件で連絡が行ったのかと……」
【まり いくらなんでも れんらく はやすぎます きのうの しっぱい かんけいない おもいます】
「ふふ、チュータの言う通りよ。わたくし達が訪ねてきたのはそれとは全くの別件なの。その面白い現場にいられなくて残念だったわ。でもねマリ、あなたも女の子なんだから、顔に傷を作ったりしちゃ駄目よ?」
「君達が元気なようで何よりだが、怪我などはしなかったかい? 研究熱心なのは素晴らしいことだけれど、身体は大切にしなさい」
「ハハ……まぁ、怪我はしてないです。ご心配頂いてありがとうございます」
【すすよごれ ひどかったけど けがは ないです ね】
「な。忠太はパンダ柄になったけど、あれはあれで可愛かったし。魔晶板に映像で残したからレベッカも見てみるか?」
「そのパンダ柄がどんなものか知らないけど是非見てみたいわ。フレディ様も気になりますわよね?」
「ああ、この歳になっても聞いたことのない単語だ。興味があるね」
それぞれ会えなかった時間の分、口にする言葉は多くなる。通常時は口数があまり多くないウィンザー様も積極的に会話に加わってくれるし、気のせいでなければ心持ち頬の血色も良い。
そんなことが何となく嬉しくて、魔晶板もといスマホを操作しながらパンダ柄の忠太と、パンダの画像を交えて昨日の失敗談を話すこと二十五分ほど。ウィンザー様が苦笑しつつ「いけない、話が逸れてしまったな」と言ったのを合図に、慌てて会話の軌道を修正した。
「えぇと、どこまで話したかしら……と、そうそう。父親のエドの方はこちらに協力的なのだけど……それがまたレティーを刺激したみたいなのよ。ほら、あの年頃の女の子は父親に厳しいから」
【れてぃー さすがは まりの みこんだ むすめですね りょうしゅ あいてでも やくそく たがえない】
「うん、それはそうなんだけどな? こう融通が……ってまだ無理か」
忠太の言葉に頷き唸ったものの、考えてみればしっかり者とはいえレティーはまだ十歳。お偉いさんに対しての忖度とか知らないでも良い歳頃だ。レティーからしてみれば、若干頼りないけど父親のエドの方がまだ怖い大人だもんな。
思わず自己完結をして苦笑すれば、こちらを見ていたウィンザー様とレベッカも同じように苦笑して頷いた。
「あの子にとって君との約束は領主令より強いらしいのだ」
「本当ならあの子とマリの約束に割り込むようなことはしたくないんだけど、そうも言っていられないことがあって」
「まぁこっちとしては、私達の失敗で呼び出されたわけじゃなくてホッとはしたけど。そういえば何であれを使いたいんだ? そこの理由をまだ聞いてなかった」
再びそこで会話を区切りコーヒーに手を伸ばす私の視界の端で、忠太が店主にもらったクッキーに囓りつく。直後にピンク色の鼻の頭とヒゲが、クッキーの中心に乗っていたジャムと欠片でデコレーションされた。可愛いけどそのままにしといたら蟻が寄ってきそうなので、指先で丁寧に取り除いてやる。
ついでにティースプーンにコーヒーを一杯掬って口許に持っていってやると、美味しそうに両手をスプーンに添えて飲み干す。レベッカはそんな私と忠太を見て「相変わらず仲が良いのね」と笑った後、口を開いた。
「実はね……ここ最近王都側で魔物の討伐が盛んらしいのだけど、討ち漏らしが多くてこちらの領地にやってくるのよ」
【がくえんで そういったはなし ききませんが あ】
不自然に途切れた忠太の文面に向かいの二人が首を傾げたけど、私は思い当たることがあったので「たぶんあれだよな」と相槌を打つ。二人の知りたそうな視線に促されて、四日前に隣の学園の生徒が専属職人を探しに来たことを伝えると、レベッカの表情が険しくなった。
結婚に至るまでのことを思えば当然と言えば当然の反応だろう。双子と知り合って一週間くらいの頃に学園のゴシップネタを聞いてみたら、それらしい話があることないことまだ一人歩きしている状態だった。
「討ち漏らしたって前もそうだったろ。王都なら騎士団とかあるはずだろうに、なんだってそんなに度々逃げられるんだ?」
いくらなんでもこの短期間に失敗が多すぎやしないかと暗に問えば、そんな私の疑問に口を開いたのはウィンザー様だった。
「王都の近郊に魔物が出た場合に討伐するのは当然のことなのだが、まだそこまでの数ではないからと、学園に通う騎士見習い達にやらせているようでね。王都側からすれば騎士団を担う若手を鍛える目的がある。将来の投資といったところだ。だから多少の討ち漏らしくらいで目くじらを立てるなということなのだろう」
【ふむ おうととは ずいぶん きんりんの りょうちを なめてますね】
「貴族というのは傲慢なのよ。特にこの王都にいるような者達はね。フレディ様と結婚する前までは……わたくしもそうだったわ」
そう言うと今はそんなことがないはずのレベッカは俯き、隣に座るウィンザー様が「光栄だ」と微笑んでその頭を撫でた。恥ずかしそうに頬を染めるレベッカ。よそでやれと言いたい。思わず私も忠太も薄目になる。
でも大体の状況は飲み込めた。バシフィカの森で見せた魔宝飾具の威力にすがりたい気持ちも分かる。こっちも帰る場所がなくなるのはごめんだから、レティーの説得に協力するのはやぶさかではない。
ただそれでも重大な場面で未完成な品を使わせるのは怖いし……と悩んでいると、突然忠太が【まり きのうのしっぱい むだじゃなかった ですね】とスマホに打ち込んだ。私の中では完全にただの失敗でしかないことを持ち出され、何のことかと首を捻れば、忠太はピンク色の鼻をヒクヒクさせて続けた。
【きのうのあれ てなおししたら つかえますよ それも かなり かくじつ あんぜんにです】
白い生き物は昔から神様の御使いだというけれど、確かにこの時忠太の背中に後光が射して見えたかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます