第57話 一人と一匹、同級生ごっこ。

 レベッカ達が会いに来た翌日、私と忠太は一日授業をサボって失敗作を作り直し、さらにその翌日に雇用主領主から一週間の魔物退治要請を受けて、学園側にその旨を書いた書類を提出。


 これは課外授業に分類されるとかで卒業後の就職に必要な単位ももらえるらしい。まぁ就職については私達に関係ないけど、それでも勿論報酬も出る。それらを踏まえた上でサーラ達も一緒に来たがっていたけど、両親が頷かなかったそうで残念ながら来られなかった。


 マルカの町まではそう離れていないものの、仕事として来ているから基本は野宿だ。本当ならレティーの顔を見に行ってやりたいけど、学園であの魔宝飾具を完成させたら帰ると約束した手前、格好がつかないので依頼完了後は王都にトンボ返りする予定だ。


 そんな感じで何だかんだありつつも、現在王都の騎士見習いが討ち漏らした魔物が潜んでいるというザリスの森にいる。普通なら十一月も終わりの寒さは堪えるものの、不思議とこの森の中は一定の暖かさが保たれている。


 だからだろう。常緑樹というわけではなさそうな木々もまだ枝に葉をつけて、元より薄い冬の陽射しを遮り木陰を作っている。


 周囲を囲むように移動しているのは騎士見習いではなく、歴としたウィンザー様の私兵だ。ご本人は熱を出しつつも領地に戻って私兵を割り振る範囲を決めている。今回は流れてきた魔物の数が前回より多いらしく、レベッカとは別行動。


 戦力として心許ないがその代わりにというわけではないけれど、学園で出来たオトモダチ・・・・・を連れて来ても良いということになったので――。


「マリ、見て下さい。良い物を拾いましたよ。仄かに火属性」


「お、変な形だけど愛嬌のある木の実だな。連ねてピアスとか作れそう。持って帰って増やそうか」


「良いですね。それならこの間買った可愛い花の形の金具をつけましょう。一番最初に作った物はマリがつけて下さいね」


「ちょい待ち。あの花のやつは私には可愛すぎないか?」


「そんなことはありません。マリは可愛いですから、マリが身につけてくれたら可愛いの二乗です」

 

 すっぽりと頭からかぶったフードの下からそんなむず痒いことを言うのは、お察しの相棒。本日はあの学園ローブ(偽)にブローチをつけて、人型で同行している。変化の時間は六時間。せっかく貯まっていたポイントをかなり消費させてしまうから最初は断ったものの、忠太がどうしてもと引き下がらなくてこうなった。


 こんな時だというのに周囲を護衛してくれている騎士達が、微笑ましそうにチラチラとこっちに視線を送ってくる。いや、違うから、アオハルとかじゃないという気持ちで視線を返すのに、より生暖かい視線で頷かれてしまった。レベッカに報告されたりしたら後日面倒な気がする……が、どうしようもない。


「あんまりそういう恥ずかしいこと人前で言うなよな」


「事実ですから――……と。どうやらこの辺りが目的地らしいですね」


 私からの脛蹴りをあっさり回避した忠太が足を止めた。忠太に腕を捕まれて立ち止まると、周囲の騎士達から緊張した空気が伝わってくる。ふと風に運ばれてくる空気を嗅いでみたら、ほんの少し草木の腐った臭いがしてきた。


「魔物はこの先に巣を作り始めているようで、ここが近付ける限界です。数名護衛を残しておきますので、お二人はここで我等が戻るまで待機していて下さい」


「分かりました。皆さんここまで案内して下さってありがとうございます。ではマリ、わたし達も彼等の無事を祈ってお仕事をしましょう」


 落ち着いた声でそう言った忠太がお札擬きを一枚、両の掌で包み込んで「さぁ、起きて」と囁きかけた。すると陶器の札とブローチがホワリと仄かに青く光る。発動に必要な魔力を流し込んだのだ。私も忠太に続いて下手なりにそーっと魔力を流し込めば、ほんのり緑色の光が掌を満たしていく。


 けど私が魔力を操るのが下手なせいで、そのほとんどを忠太がやってくれてしまった。結構練習したのに情けない。


 魔力を流し込むのは騎士一人につき一セットの計二十二。私と忠太の分はすでに魔力を封入済みで、八枚綴りの物が二セットずつ腰にぶら下がっている。せめて説明だけはしっかりしようと意気込んでいたら、そんな空気を察してくれたらしい忠太が一歩後ろに下がってくれた。


「この札は一枚につき一回だけ発動します。条件は対象に向かって投げつけるだけで良いです。指向性を持たせることで当たらなくても勝手に発動して対象を攻撃します。大型の魔物が出た時は同じ班の人達と同時に使って下さい。ただし絶対に属性の違う班の人達と使うのはナシで。小規模ですけど爆発しますから。使い方の説明は以上です」


 口頭での簡単な説明を終え、前回もお世話になった騎士にお札サイズの陶器で出来た板を渡す。一応ただののっぺりした焼きっぱなしではなく、表面にそれっぽい植物の刻印を捺してある。けれど私は受け取った騎士達が一瞬不安そうな表情をしたのを見逃さなかった。


 とはいえ、色砂を練り込んで焼成した陶器擬きで魔物を退治出来ると言われたら、誰だって疑うと思う。七輪を重ねたら即席の炉になるのも、それを使って陶芸が出来るのも初めて知った。しかも教えてくれたのは忠太だ。


 スマホで情報を使いこなすハツカネズミ。前世だったら確実に実験施設送り待ったなしだろう。ここが不思議生物の溢れる異世界で良かった。


 私達を護衛するのに二人残して、残りの十八人の騎士達は薄暗がりな森の奥へと消える。改良した魔宝飾(?)は、少量の陶芸用粘土に魔石の粉を混ぜて板状に焼成しただけの素朴なものだ。一応端に穴を開けて同じ属性の物だけで三枚綴りにしてある。ちなみに落とした程度では砕けない。


 使用方法は直前の説明通り敵である魔物に投げつけるだけ。魔石は石の形の時は他の属性と使えるが、粉になるとかなり過敏に反応するのだと、あの自習室での失敗で気付いたのは忠太だ。


 爆発の原因は魔石を削るたびにルーターを拭かずに使っていたから。火属性の魔石粉と水属性の魔石粉が混じったルーターで摩擦したことによって起きた、と。私の財布にとっては不運な事故だった。


「配った後に言うのもなんだけどさ、これで全部魔物を蹴散らせると思うか?」


 周囲に警戒する二人の騎士達の耳に入らないようにそう問うと、忠太は一瞬だけ考える素振りを見せてから僅かにフードを持ち上げて、こちらを安心させるみたいに微笑んで口を開いた。


「それはやってみないことには分かりませんが彼等は騎士ですし、たとえこの札で仕留めきることは出来なくても弱った相手なら問題なく倒せるでしょう。そこまで心配する必要はないですよ」


「それはそうだけど……前回のボルフォ共だって強かったし、対するこっちは武装してても生身の人間だ。心配する必要がないって言われても心配だって」


「マリは優しいですね。あなたに心配してもらえるとは、彼等は果報者です」


 こっちが何を言ってもニコニコと好意的な解釈をする忠太相手に、どう返したら分かってもらえるか考えようとした直後、地面が大きく揺れて。


 遅れてきた轟音に視線を上げれば、私を支えようと近付いてきた忠太が「始まったみたいですね。来ますよ」と、他人事のように口にしたところで、護衛に残った二人の騎士達が前に出て抜剣した目の前に巨大な蜘蛛が現れた――が。

 

「ああ、ちょうど良い。マリ、この魔物の弱点は火なんです。見ていて下さいね」


 そんな一言と共に忠太が投げた札は、寸分違わず巨大蜘蛛の頭についた赤い目のうちの一つに突き刺さり。騎士達がその剣技を披露する前に、熟したザクロの実のように爆ぜた。こうして開幕のっけからスプラッタな展開が約束されたのだ。

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