第52話 一人と一匹、レッツ・ダンジョン②

 直進だけだと芸がないので、次第に斜めや真上、真下も景気良くぶち破っていくこと四十分。途中で砕いたり燃やしたりしたゴーレム達から得たアイテムで鞄が重くなり、呪いの呪文もゲシュタルト崩壊しつつある頃――。


 一度弾き返されるような不思議な手応えのある壁にぶち当たった。二度目の呪文で無事に爆破出来た壁の向こうには、これまでのダンジョンとは明らかに趣の違う小部屋が現れた。どう現したら良いか分からないけどこう……のっぺりしてない。表面が風化しているけど、壁の素材は人工物ではなさそうだ。


 壁に開けた穴から中に入ってみると天井は高く、行き止まりみたいな部屋だが奥行きもある。というか、そもそも入口らしきものが見当たらない。まさかぶち破らないと辿り着けない作りの部屋なのか……って、まさかな。うん。


 今吹き飛ばした壁に隠しボタンとかがあったのかもしれない。残念ながらその壁はもう粉々で確認のしようもないが。


「何かここだけ雰囲気が違うな。気のせいか?」


「ここは恐らくですが天然のダンジョンですね。空気の淀み方から察するに、随分古いようですが。人の気配はおろか、生き物の気配がありません」


「げ、もしかしてこの壁って吹き飛ばしたらまずかった?」


「もしもそうだとしても大丈夫ですよ。わたし達はまだ入学して間もない学生です。不可抗力の呪文が使えますよ」


 唇に人差し指を当ててそう言う忠太。表情は見えないけど笑っていそうだ。そして「それよりもマリ。わたしはあれが気になります」と、マイペースに部屋の中心を指した。指し示しているのは、部屋の中心にやけに存在感を放つ腰までの高さの石柱だ。黒曜石っぽい石柱の上は何やら青白く輝いている。


 近付いてみると水晶で出来た台座のような物があって、そこに藍色に金色が混じった宝石が嵌まっていた。青白い光はその宝石から発されている。今の今まで例の呪文を唱えて遊んでいたせいか、一瞬あの石かと思ってしまった。でも飛ぶ気配はないから違いそうだ。そりゃそうか。

 

 私を庇うみたいに前に立った忠太が、そっとその宝石に触れる。するとそれは何の抵抗もなく台座の水晶から剥がれた。大きさは成人の親指第一関節くらいか。


「へぇ、綺麗なもんだな。これがダンジョンコアってやつか?」


「うぅん……? ではありませんね。ただ触った感じだと危険そうな気配はしませんし、同胞達も騒いでいません。マリが気に入ったのなら持って帰りましょう」


「それって窃盗にならないか? それにわざわざこんなところに置いてあるってことは、曰く付きなのかもしれないぞ」


「ダンジョンでのアイテムは見つけた者に所有権が発生しますから、平気でしょう。盗られたくないなら何かしら台座の周辺に術が施されているはずです。現にこの宝石からはかなり強い魔力を感じますが、特にわたしへの悪影響は感じません」


「そうなんだ。忠太は物知りな上にしっかり者だなぁ」


「マリとの初めての学舎での探索ですから、下調べをしておきました」


 えへんと胸を張る忠太の頭を撫でてやると、心持ち傾けてくるのが可愛らしい。見た目は大きくなってもハツカネズミらしさを失わないやつめ。でもフードを剥がれないように押さえている辺りは本当にしっかり者だと思った。


「けど……妙ですね。この石の存在も妙ですが、この小部屋の中だとわたしの人化している残り時間が減りません」


「え、何でだろう。理由とかに心当たりとかはあるか?」


「考えられるとしたら、ここが何かしらの制約をかけられているのかも」


「ふぅん。ゲームで言うところのセーブポイントみたいなのな」


「ええ、それと近いかと。何にしてもわたしの残り時間も十五分くらいしかなかったですし、助かりますね。せっかくです。ここで少し地上に動きがあるまで待ってみましょう」


 ――というわけで、歩きっぱなしだった身体を休めるために壁際に座り込んだ。ひとまず飲みかけの飲み物を鞄から取り出して半分ずつ飲んだところで、忠太が「気休めですが」と言って回復魔法をかけてくれた。


「地上に戻ったらこのドロップアイテムで何を作りましょうね」


「あ、それなら考えてたことがあるんだけどさ、テラリウムとかってどう?」


「テラリウム?」


「瓶詰めの箱庭みたいなやつ。私もあんまり詳しくは知らないんだけどな。確か苔とか自然石とかを使うんだよ。金魚とかを飼う時に作るアクアリウムと違って、植物を育てるんだ」


「ああ、成程。ゴーレムの石をそんな風に使うことを思い付くだなんて、流石はマリです。呪い避けの類いですね。柔軟な発想だ」


 確かに使い道があるかと思ってゴーレムの破片を幾つか拾ったけど、そういうサイコパスな使い方をすると思われてるのか。まぁでもそれはそれで面白い物が出来るかも。展示するとしたら、材料の字面が強そうなことになっちゃうけど。


「あとは純粋に小さな神様達が好きかなって。ただの石を窓辺に用意されるより良さそうだろ? 頑張って居心地良さそうなのを作ろうな」


 石ばかりだと味気ないから、ビーチグラスとかをフリマアプリで買っても良さそうだ。それとミニチュアの家具はどうだろう。姿がなくても意外と楽しんでもらえるかもしれない。


「百均のサイトで使えそうな小物とか探してみよう。あと資料になりそうな画像も拾わないとな」


「それこそゲームの世界を模してみても良いかもしれません」


 二人で熱中して話し込んでいたらいつの間にか二時間が経過しており。スマホのダンジョンマップ上に数個知らない赤い点が出てきて、右往左往しつつもこちらに向かっていることに忠太が気付き。


 恐らく捜索隊だろうということになり、忠太の人化を解くために小部屋を離れ、来た道と逆方向に腹いせの破壊活動を続けた。ネズミに戻った忠太を肩に乗せてスマホの赤い点に合流した時には、捜索隊の人達にそれはそれは驚かれて。


 ついでに破壊工作のお叱りもちょっとだけもらってしまったが、私達を故意に置いていった生徒達の生殺与奪を決めさせてくれるということで、一部の教員から放校処分の声もあったものの、在学中に下僕として使われることを条件に水に流してやった。良いことしたなぁ。

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