第53話 一人と一匹、学生生活邁進中。
今日も一日の講義を終え、クタクタになって戻った寮の自室ドアを開けてすぐに視界に飛び込んできたのは、簡素なベッドの上に鎮座する金色のリボンがかかった黒い箱だった。
「おおー、届いてる届いてる。留守にしてる間に配送されたんだな」
【せいさくにっすう ほんしょく かおまけ】
「ほんとほんと。やっぱ無理して自分で仕立てるより得意な人に任せて良かった。後で評価とお礼書き込まなきゃな。早速開けてみよう」
【さんせいです】
これまでのアマ○ンや百均やホームセンターの名前が印字された箱とは違い、格段にオシャレなその箱にテンションが上がる一人と一匹。丁寧に梱包された箱の差出人の部分には、同じフリマサイトで知り合ったカノンさんという作家名が記載されている。リボンのかかった箱なんて開けた記憶がないのでちょっと緊張しつつ、そっとほどいて蓋を開けた。
薄い半紙みたいな紙で包まれた
たたんである
「これに一昨日完成したブローチをつけたら、きっと誰にも見咎められないで学園のダンジョンに行けるぞ」
【はい とても たのしみです たくさん さいしゅ したいですね】
「だよな。最初からこうしてたら良かったよ。小さい神様達の助言に感謝だ」
言いつつ、窓辺に置いたテラリウムというには少々大きな水槽に向かって手を振る。すると地階をシーグラスとダンジョンで拾った石で鉱山ぽくした辺りから、チラチラと小さな明かりが零れ、上階に設置したドールハウス用のブランコが揺れた。どうやら返事をしてくれたようだ。
初採取授業で潜ったダンジョンでのゴタゴタから二週間。
私達も段々と性別や年齢のバラバラな生徒のやり口を覚え、学園での生活に順応してきたのだが……問題は尽きることなく。ブローチの石に対しての嫉妬や羨望、ダンジョンで人のことを置き去りにした連中への扱い、ラーナとサーラとの交友関係なんかで、彼女達以外に採取に行く仲間がいないのだ。
双子も家の用事があるから、そうそう私の都合で採取にばかり誘うわけにもいかない。でも学園のダンジョンで採れる素材はマルカの村の周辺とはまったく違い、使い勝手もすこぶる良いから、在校中に出来るだけ多くの種類をストックしたかった。この土地の小さい神様達を連れ帰れないか、忠太を通して交渉もしている。
そんな時に、ダンジョンから持ち帰ったアイテムを使って作ったテラリウムの中の小さい神様達から、忠太に向かってメッセージ(念話)が飛んできたらしい。それが〝人型になれるんだし、人型になって一緒に潜れば?〟というお告げ。
自身の能力を鶴の恩返しみたいな使い方しかしてこなかった忠太にとって、それは目から鱗の発想だったらしい。私にしてもそうだ。まぁ私の場合は忠太に自分のポイントを無駄遣いして欲しくなかったからだけど……当の本人が【やります】と張り切ってくれたので。
それならと私もダンジョンで拾ったあの不思議な宝石でブローチを作る傍ら、フリマサイト内で衣装のオーダーメイド扱ってる人を探していたのだが、偶然うちの商品のヘビーユーザーにコスプレイヤー兼お針子さんがいたのだ。今まで裁縫と言えばあずま袋しか作ったことがないのに、いきなり服飾はハードルが高かったので本当に助かった。
思い付きでいつも〝眠りネズミさんの不思議な材料で作ったアクセ、本当に魔法が使えそうで大好きです!〟〝今回も神降臨してる!!〟〝一生推します!〟と書き込んでくれる人のページに飛んでみた自分を褒めたい。
注文した時のお相手の反応が高すぎて若干びっくりしたけど。ちなみに眠りネズミは私と忠太のハンドルネームだ。忠太との共同店舗だからな。
「まさかこんな形でフリマサイトの他の作家さんと繋がれるとは思ってなかったけど、今までの創作で得た人脈が活かせて良かったな」
【じんせい まわりみち むだじゃない】
「いや、そんなことはない。無駄なことはいっぱいある。その中でマシなものかき集めて拾うからそう見えないだけって話だ――と、ほら、そんなことより忠太。三分で良いから人化して羽織ってみてくれよ」
【むぅ さんぷん ぽいんとの けいさん むずかしいです せめて いちじかん きざみでないと】
「そっか、そういう縛りもあるのか」
【ですです しんでれらも じゅうにじまで さんぷんは とくさつひーろー】
チチチと鳴き声なのか何なのか。指(見た目は手)を横に振った忠太のこだわりに曖昧に笑い返して、ローブをたたみ直してから一緒にお礼の文面を考えた。何度も推敲する間に夕食の時間になり、食事をしたら翌日の課題をする時間になり、風呂に入って、こうなったらもう寝る支度をしてからにしようとなったので、お礼の文面をサイトに打ち込んだのは深夜だったわけなのだけど。
最後の一文字を打ち込んでから十五分後、サイトにメッセージが届いたという通知音が鳴って。
一人と一匹で覗き込んだ画面に〝眠りネズミさんに気に入って頂けてとっても嬉しいです!〟と。絵文字が躍り狂うメッセージを見て声をあげて笑ってしまった。
――翌日。
午前中の講義が終わって、学生達がパラパラとグループごとに分かれて学食に向かっていく。そんな集団と逆方向の中庭に向かう私と忠太と双子の手には、朝のうちに購買で購入したパンと飲み物。
それらを定位置になっているベンチの上に広げて、いざランチタイムという時に双子が声を揃えて「「そう言えば」」と口を開いた。
「「マリ、この数日廊下で男子学生の身ぐるみ剥いでないけど、どうしたの?」」
「おいぃ……その言い方だと凄い語弊があるだろ。手当たり次第じゃなくてダンジョンで置き去りにしてくれた馬鹿共だから、他の一般生徒を襲ったわけじゃないし、もうひん剥く理由もなくなったからしない」
「それにしたってなかなかよねぇ」
「仕返しに公衆の面前で剥くのは」
「だーかーらー言い方、い・い・か・た!」
【だんしせいと ななにんぶん ろーぶ ひんむいた だけですよ じょしせいとは ひとりも むいてないです】
「「そう言えばそうね。あの日は女子生徒も加担してたのでしょう?」」
「単純に女子は剥く必要なかったからな」
もっというなら、人型になった忠太と背格好の似ている男子生徒しか襲っていない。カノンさんに注文する上で資料になる服の大きさと、着た感じの画像を入手する必要があったのだ。顔は優しさで隠してやったけどな。
そのことについて言及しようとしたら双子は早々に興味を失ったらしく、パンを千切りながらまた口を開いた。
「それよりも、マリに調べるように頼まれていたことについてだけれど、」
「学園のダンジョン内に別のダンジョンが現れる前例の記載はなかったわ」
「何となく薄々は感じてたけど、じゃあやっぱりあれは偶然繋がってただけか」
随分と呆気ないというか肩透かしな答えに苦笑していたら、机の上に乗った忠太が【 ぐうぜん ですか】とやや納得していない様子で打ち込む姿が、ほんの少しだけ気になった。
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