第46話 一人と一匹、約束更新。
忠太に協力してもらって仲直りのアイテムを作り上げ、残っていた荷造りの後に仮眠はとったものの、寝不足のまま迎えた出発当日。
ここまでして見送りの場所にレティーが姿を見せてくれなかったら、エドに頼むしかないと覚悟していたけれど。町の入口でエドと談笑しながらレベッカが乗ってくる迎えの馬車を待っていたら、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくるレティーの姿が見えた。
エドに視線で少し離れた場所に移動してくれるように頼んだら、意を汲んでくれた彼はすぐに「馬車が見えないか見てくるぜ」と言って、街道の方に歩いていく。それを確認したレティーはおずおずとした足取りで近寄ってくると、三歩ほど離れたところに立ち止まって俯いた。
「おはようレティー。見送りに来てくれたのか」
明るい声音を心がけて話しかけるも、三歩分開いた距離は縮まらない。それでも頷いてはくれたから、話しを聞いてくれるつもりはあるっぽい。そのことに安堵しつつ、肩に乗っている忠太と顔を見合わせて頷きあった。
「こうして見送りに来てくれたんだしさ、せっかくなら新しい約束をしないか?」
そっと話しかけながら一歩近付くと、レティーが「前の約束を破ったばっかりなのに、もう新しい約束するの」と呻くように呟いた。スカートの裾を握りしめる手が震えている。怒ってるのだろう。当然か。
「耳に痛いけどそうだな。というか、前の約束に追加の約束をしたいんだ。上書きだな。そうしたら破ったことにはならないだろ?」
「何それ。勝手だわ。でも、仕方ないから……聞くだけ、聞いてあげる」
お。悪くない手応えだ。そう思って慎重にもう一歩分だけ近付く。逃げる素振りはまだないけど、街道に出ているエドがハラハラした表情をこちらに向けてくる。厳つい見た目のくせに繊細な男親だな……。
「ん、ありがとう。この前言ってた新作なんだけど、実はあれがまだ
「それって……危なくないの?」
「そ、危ないんだよ。そこで本題なんだけど、あれの管理をレティーに頼みたい。王都で勉強して帰って来たら全部完成させるつもりだ。だからそれまではレティーがしっかり守っておいてくれないか?」
サッと肩に乗っている忠太にスマホの画面を向けつつ、一歩距離を詰める。これでもうレティーまでの物理的な距離はゼロだ。スマホと忠太の体重がかかる右手首に力を入れ、手首にかかる重さが軽減したのを見計らって画面をチラッと確認。忠太のアシストに感謝した。
【しっかりものの れてぃーにしか たのめない じゅうような おしごと】
「そうそう。エドだと困ってるとか言われたらあっさり渡しちゃいそうだからな」
たたみかけるように続ける私達を見る
「でも一回破った約束をしてもらうのには誠意がいるよな? てことで、はい。先払い契約ってことでお納め下さい」
【まりと きょうどう せいさく しました うけとって】
小さなレティーの手をとって、その掌の上に昨夜忠太と作ったコンパクトを乗せた瞬間、彼女の目が見開かれた。良かった……手応えは悪くない。気に入ってもらえなかったらと心配していたけど、睡眠時間を削った甲斐はあったみたいだ。
これで女の子に変身コンパクトは万国共通どころか異世界だって鉄板だと知った。ありがとうフリマサイトの賢者達。今回の参考は忠太イチオシのムイムイさんから魔法少女シリーズ。
女児の憧れをみっしり詰め込んだ幾何学模様の魔法陣を撫でるレティーの目は、キラキラ輝いていて。こちらを見ていたエドがホッとした表情を浮かべた……と。急にわたわたと居ずまいを正して直立不動になった。残念時間切れ。どうやら待ち人の到着らしい。
「ごめん、レティー。迎えが来たみたいだ。今すぐ約束する気になれないならさ、あっちで落ち着いたら手紙を書くよ。約束し直しても良いと思った時にでも手紙の返事をくれたら嬉しい」
【それまで ふたりとも げんきで】
忠太の言葉が打ち込まれたスマホの画面を翳したけれど、レティーは頷きも見上げもしてこない。今日のところは諦めて馬車に向かって踵を返す。停車した馬車のドアが開いて、中からレベッカが手招きをしている。お忙しい領主婦人は王都で私を学園に送り込んだらトンボ返りする予定なので、旅程はカツカツだ。
馭者に荷物を手渡して乗り込む直前にエドが「ほれ、マリ。王都に行くお前に小遣いだ。大切に使えよ?」と、ズシリと重い皮袋を持たせてくれた。それを受け取って「ありがとな、エド。今度帰ってくるまで店を潰すなよ?」と軽口を叩いて馬車に乗り込んだ。
馭者の手で馬車のドアが閉められ鞭の音が鳴ると、ゆっくりと馬車が動き出して。窓から忠太と一緒にエドとレティーに手を振ったものの、振り替えしてくれたのはエドだけだった。仕方なく溜息と共に座席に身を沈め、正面に座るレベッカに苦笑して見せた。
「ねぇあの女の子、全然顔をあげないけど喧嘩でもしたの?」
「まぁね。新製品を店に並べるって約束を破って王都に行くから、そのことでちょっと怒らせちゃったんだよ。な、忠太」
【です でも かんぺきめざす しょくにんのぎむ】
「そう……急に話を大きくしてしまったものね。貴女に懐いていたようだったし、小さい子には辛かったかしら」
「別にレベッカが気にすることじゃないって。それにレティーは逞しい子だから私なんかがいなくても大丈夫だろ」
こちらでも曇り顔を見ることになっては大変だと思い、カラリと笑って誤魔化していたその時、窓の縁に座っていた忠太がツンツンと髪を引っ張ってきたので、何事かとそちらを向くと――……レティーが何かを叫びながら、懸命に馬車の後ろを走ってついてきている姿が目に入って。
席から腰を浮かせた私につられたレベッカもレティーに気付き、慌てて馬車についている換気小窓を開くと、風に乗って声が聞こえた。
「マリー! チュータ! 拗ねて嫌な態度とって、ごめんなさーい!! 待ってるから、だから……早く帰ってきてー!!」
子供特有の高くて澄んだその声に、私も肺一杯に空気を吸い込んで。ありったけの声量で「おー任せろ! 完成品持って忠太と帰ってくるからなー!!」と叫び返して、同乗するレベッカを驚かせてしまった。
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