第45話 一匹、悩み事は分け合いたい。

 夕食後の室内を照らすLEDランタンの明かりに、やや沈んだ様子のマリの横顔が白く浮かび上がる。外からは秋虫の声が聞こえてきて。その効果音もあってか、マリの悲しそうな空気がより一層深くなった。


 彼女の魔宝飾でボルフォを討伐してから一週間。領主にその功績を認められて、王都にある師匠を亡くした魔宝飾具師達が多く通う学園への入学を許された。


 中途半端な時期の転入ではあるものの、そちらの手続きも無事に済み、学費も領主夫婦が肩代わりしてくれるという破格の待遇だ。ようやく世間がマリを正当に評価し始めた。そう思って嬉しかったというのに――。


「はー……いよいよ明日王都に出立だけど、結局話してからレティーは一回も顔見せてくれなかったな」


【おこってました からね】


「んー。あの歳頃の時って特に裏切られたって気持ちとかが敏感だからなぁ。傷付きやすいのは、優しさの蓄えが多いからなんだろうけど」


 領主館から戻ってきた日に、その足で学園に通わせてもらえることになったとエド達に伝えに行ったところ、エドは手放しで喜んでくれたにも関わらず、レティーはマリに向かって『新製品をうちに並べるって言ったのに、嘘つき!』と叫んで、自室に戻ってしまったのだ。


 その時の光景を思い出したのか、王都まで持っていく物の最終確認の手を止めたマリが、ふと困ったように笑う。その表情があまり見ることのないものだったから、チクリと胸に原因不明の痛みが走った。マリのこんな顔は見たくない。彼女の新しい門出を前にこんな顔をさせるレティーが今は少々恨めしかった。


【でも まりのじんせい れてぃー ちょくせつ かんけい ないです しょうひんうる かう あいだがら】


「忠太は時々シビアだな」


【れてぃーは まりのじんせい せきにん もてない それは まりも そう かのじょの せきにんもつ えどのしごと】


「ド正論すぎる。でもま、そうだよな。何も二度とこっちに帰って来ないわけじゃないし。でもそれにしてもいざこうやって荷造りしてみたらさ、ここに住むようになってから結構物が増えてたんだな。もう前世の自分のアパートよりずっと荷物が多い。流石に学園にプロジェクターDVDとか発電機は持ってけないよなぁ」


【えいが かんしょう しばらく おやすみ ですね】


 苦笑しつつも再び動き出した手にホッとして、けれどこれは彼女が求めている回答ではないのではないかと思案する。一度話の内容を整理してみた。マリの言い方だとレティーの歳頃だとあの反応は特別我儘ではない、ということ。


 だとしたら、このまま別れるのはマリにとって良くないことなのかもしれない。優しいマリは王都でもレティーを心配するだろう。それではせっかく手に入れた勉強の機会を活かしきることが出来なくなってしまうのでは?


 そう恐ろしい可能性に行き着いたので、スマホを操作してポイント画面を開く。そして今立てた仮説があながち間違っていないことに気付いた。


 この一週間で毎日守護精霊値と生存期待値が上がっているのに、守護対象者幸福値の上がりが前者の二つに比べて低い。これはマリが現状に納得していないからであり、不安を感じているからだろうと推測される。


 そこであの森での一件以降貯まったポイントの数値と、自分の今の作業能力値を天秤にかけてみること数分。最適解ではないにしろ答えを導き出せた。黙々と道具類を確認して鞄に詰めるマリはこちらを見ていない。好都合。


 そっとスマホを操作し、使用守護ポイントを1350PP消費して一時間分の人化と引き換える。秒読みが終わる前にテーブルから飛び降りて離れた。グンッと視界が地面から遠退く感覚を味わった直後、足音を殺して寝室に飛び込み、ベッドからシーツを剥いで頭からかぶり、再びリビングにいるマリの元へと戻る。


 彼女の向かいに側にある椅子を引いて着席して、やっとマリが異変に気付いて顔をあげた。


「え……ああ、忠太?」


「はい。マリの忠太です」


「一瞬視界で白いものが揺れたから何かと思った。何で人形になってシーツなんかかぶってるんだ?」


「ふふ、驚かせてしまってすみません。ですがまだ人間の姿でマリの前に座るのは恥ずかしいので。こんな格好でもお許し頂けますか?」


「それは良いけど……何で今ここで貴重なポイント使ってるんだ? せっかくここしばらく順調に貯まってきてたのに。無駄遣いは未来の自分への裏切り行為だぞ」


「未来も現在もわたしの全部はマリの為に使いたいので、自分への裏切りにはなりません。ただ今夜はマリに提案があって。その提案を申し出るのにこの姿の方が都合が良かったものですから。少しだけお時間を頂きたいのですが」


 こちらの急な申し出にマリは一瞬目を見開いたものの、すぐに「良いよ」と快く頷いて、明日の支度を中断して鞄をテーブルから下ろしてくれた。スマホに頼らずに肉声で会話が出来ている。その喜びを噛みしめつつ、そんな場合ではないと思い直し、提案の内容を伝えるべく口を開いた。


「マリ、今から一時間――いえ、厳密に言えばあと五十五分間ですね。わたしが人化している間に、一緒に明日レティーへ渡す〝仲直りの品〟を作りませんか?」


 こちらの提案に固まった彼女に再度「どうでしょう」と重ねれば、マリの口から「仲直りの品?」と鸚鵡返しの言葉が返ってくる。その若干困惑した表情がおかしくて可愛いなと。うっすら透けるシーツの下から、そんな守護精霊としては出すぎた感想を抱いてしまった。


「ええ。レティーは新しい約束が欲しいのかもしれません。ですからその証になるような物を作ってあげては如何かと。わたしとマリの二人で作業をすれば多少凝った物が作れますよ」


 残り時間は五十三分。もう一度〝どうでしょう〟と尋ねるよりも早く。パッと表情を明るくさせたマリに両手を握られて。ギュウッと握る手に力を込めたマリは「それ良いな! 流石は忠太だ!」と。眩しい笑顔をわたしにくれた。

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