第41話 一人と一匹、準備中。

 大量に届けられた私宛の荷物から、触れてみて使えそうなレア鉱石を掌で転がしたり、陽の光に翳したりしつつ、どう加工していこうかと思案する。今手にしているのは蛍石っぽい薄い緑色の石だ。中に金色の針みたいなものが含まれていて、小さな神様達も気に入りそうな感じ。


 これらの荷物の送り主はガープさんの工房やその護衛の人達、その他にも商工ギルドや冒険者ギルドなどだ。バシフィカの森でボルフォの群れに襲われてから一週間。私と忠太が起こした〝奇跡〟がガープさん達の口から広がって、皆が町の外に出る際のお守りとして新製品を欲しがっているのだ。


 おかげで商品として店に並ぶ前からすでに百個の行き先が決まっている。勿論店舗販売はこれまで通りエドの店だけ。その分エドとレティーの期待値が凄い。毎日夕方にレティーが差し入れを片手に進捗を見に来るから、こっちとしても一定のやる気は出るけどな。


 結局あの日忠太は一度〝不思議な精霊設定〟を守って森の奥に一人で消え、私はあの場にいた全員から〝精霊の愛し子〟認定を受けるという、非常に居たたまれない思いをした。たぶん忠太は自分がその精霊だとバレたら私の身に危険があると考えて一旦立ち去ったのだろう。


 そしてその判断は恐らく正しかった。でもしばらくしてハツカネズミの姿に戻って帰ってきた忠太を抱き上げたら、信じられないくらい発熱していて。あの回復魔法がこの小さな身体にとって、どれだけ負担のかかることだったかを理解した。


 そんなこんなで私はまだ人間の姿の忠太の顔をちゃんと知らなかったりする。しかしそこは別に重要じゃない。問題は忠太が大切に貯めていた守護精霊値を、私の我儘で使いきってしまったことにある。


 あの日使った魔法は〝忠太一匹分・・・〟を人間の時の大きさ……つまり〝忠太の全長分・・・〟という拡大解釈の下に行使された、いわば屁理屈の産物で。忠太は駄神からそのペナルティを負わされ、四日も熱を出して寝込んだ。


 最早疫病神だろうあれ。実体があったら一発と言わず殴りたい。ついでに蹴る。でもまぁ、そんな上のおかげであの森にいた下級精霊達が大勢ついてきてくれた。あのお祭り騒ぎが快感だったらしい。


 いや、そもそも忠太の大切に貯めていた守護精霊値の使い方にも問題があった。あずま袋だ。あれをわざわざ夜な夜な作っていたと言う。鶴かお前は。ハツカネズミのくせに。まだ子供の姿で顔を合わせるのが恥ずかしかったって……健気か。


 何で人間の姿になりたかったかの理由は最後まで濁されたけど、次からは絶対に二足歩行でしか出来ない生活を楽しませたい。夜に映画を観るのも楽しいけど、昼間にしか出来ないことを一緒にしたいし、忠太と言葉を交わしたい。


 ともあれ、今はその四日間の遅れを取り戻すべく急ピッチで新作の製作活動中だ。すでにレベッカとウィンザー様には、バシフィカの森にボルフォの群れがいると手紙を送ったので、明後日には彼の私兵達が討伐に来てくれる。その際にまた同行して、完成品の試し射ちをさせてもらう約束だ。


 やることは目白押しで寝る間も惜しい状況だけど、今回の件で私の転生者レベルが上がれば、忠太の失くした守護精霊値が稼げると知った。ペナルティで引かれた分は死ぬ気で稼ぐつもりである。ちなみに今までメモ帳に打ち込んでいる通りだとすると、私達の能力値は現在――、


◆◆◆


 【称号】

 見習いハンドクラフター。


 素材コピー初級☆6(一日十八個まで。簡単な造形に限る)

 一度作ったアイテムの複製☆7(一日二十一個まで。レアアイテム品は不可)

 レアアイテム拾得率の上昇。☆5

 体力強化(体調不良時に微回復)☆2

 手作り商品を売るフリマアプリで新着に三十分居座り続けられる。☆

 着色・塗装(ただし単色無地に限る)☆2 ←今回一上昇。

 製品耐久力微上昇。☆2 ←今回一上昇。


 【特種条件クリアオプション】

 現地の言葉を話せるようになる。

 現地の歴史について身に付けられる。 


 現地の文字を書けるようになる。←New

 現地の計算方法を身に付けられる。←New

 今回生存目標である第二難関〝生存本能発露〟をクリアで入手。


 ◆ペナルティ◆


 守護精霊値 -38140PP 

 残数値     60PP


◆◆◆


 ――みたいな感じになっていた。明らかに忠太のマイナスが大きすぎる。一回人間の姿に二時間なるだけで2700PP使うらしい。どっちにしてもぼったくりすぎだ。町の金融だってもう少し残しそうなものだろ。


 単純に顧客から根こそぎ掠め取ったら、次の獲物を探すのが面倒だからだけど、昔うちに来た連中はまだ善良だったのかと誤認しそうになったレベルだ――と。


 忠太がずりずりとスマホを私の目の前に押し出してくる。画面を覗き込むとそこには【まり しんちょく どうです】と打ち込まれていた。


「ん、あー……この石なんかはそのままでも充分綺麗だけど、ちょっと外側につける飾りに使うにはもろそうかも。でもその分ルーターで簡単に加工出来るっぽいなと思ってたとこ」


 急に話しかけ(?)られて少し歯切れが悪かった私を、小首を傾げて見上げてくる忠太。赤い瞳がキラキラ輝いてルビーみたいでとても綺麗だ。


【なるほど だったら あとで けーすのなか はめて みましょう】


「だな。忠太の方はどうだ?」


【こっちも だいたい しわけ かんりょう です】


「流石は忠太。仕事が早い」


 どの石がどの属性かを見分けるのは私には無理なので、そっちは全部忠太に任せてある。火、水、土、風の性質を持つガラスビーズみたいな色とりどりの鉱石を、一つずつ押して仕分けてくれる姿はかなりメルヘンで可愛い。


 得意気にヒゲをひくひくさせる忠太を手招きして、白い体毛についた鉱石の欠片を払い落としてやる。かなり細かい砂粒状のものもあるから、後で忠太用のお風呂ティーカップにお湯をはってやろう。


 今のところの作りとしては、ピルケースの中の仕切り使って適当な形に加工した石をはめてみて、レジンで仮硬化してから石を抜き、その後にしっかり硬化させてから、窪みにちゃんと加工した石をはめる。これで小さな神様達の家はずれたりしない。イメージとしては四部屋だけのデザイナーズハウス。後は細かいところを整えていって、小さな神様達に住み良い環境にしていくだけだ。


 魔法を使いたい時は、底の部分に釘で彫った精霊文字をなぞれば良い。文字の監修は忠太で、釘と金槌を使って彫るのは私だ。忠太に木の棒を持たせて外で地面に書き込んでもらい、それを真似してノートにまとめた。


 必死で練習しているけどなかなかに難しい。とはいえ、こういうことも忠太とならちっとも苦にならないんだよな。


「あーあー……いっぱい頑張ってくれたから砂粒だらけだな」


【くちのなか じゃりじゃり いいます】


「それは可哀想に。ちょうど良い時間帯だし、ついでに休憩するかぁ」


【さんせいです もうすぐ れてぃーが あたらしい たべもの もってきますし きのうもらった くっきー たべたい】


 ちゃっかりものなハツカネズミは元気にそう打ち込むと、小さなくしゃみを一つ。コロンと後ろに転がった。

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