第42話 一人と一匹、と、もう一人。

「ハンカチでしょ、水でしょ、あると便利な小型ナイフでしょ、他には応急処置用の道具と~……あ、お昼ご飯は持った?」


「ん。昨日レティーが買って来てくれたパンの残りがあるから持ってきた」


「おいおい、それっぽっちじゃあ足りんだろう。ちょっとここで待ってろ、朝食に使ったチーズとベーコンのあまりを持ってきてやるから」


 バシフィカの森に残ったボルフォの群れを討伐に行く朝。一応出かける前に立ち寄ったエドの店で、二人による抜き打ち荷物チェックが始まってしまった。


 わざわざ寄らずにさっさと集合場所に向かえば良かったと思わせるこの感覚。何かに似てると思ったら、珍しく時間に余裕を持って学校に行った時に限って、門に立ってる感じの悪い生徒指導に捕まるやつだ。


「だったらわたしもおやつの飴を取ってきてあげる!」


「ええー……二人して別に良いよ。日帰りだし、二時間歩くんだから、これ以上荷物が重くなるのは面倒だって」


「駄目だ駄目だ。どんな仕事でも身体が資本だぞ。それにお前に何かあったりしたら、うちの店の棚が空っぽになっちまう」


 エドのやつ……さては最後のが本音だな。バタバタと店の奥の住居部分に戻っていく親子の背中を見送りつつ、背負ったリュックの中で一際ずっしりと存在感を持つ懐中時計型ピルケースデザイナーズハウスに溜息をついた。一つ一つは軽くても、流石に三十個もあると重い。


 前回は試作品だけ持っていったけど、今日はどれくらい使い物になるのかの検証実験用に数がいる。仕方がないこととはいえ、ここにさらに二人からのお節介優しさという重量が増えるのだ。


「ごめんな忠太、私がこっちに寄ってから行こうって言い出したから」


【いいじゃ ないですか みんな まりが しんぱい なんです】


「どうだかなぁ……ま、作る商品を求められてるってのは悪い気しないけどな」


【わたしは まりが げんきなら なにも いらない】


「私も忠太がいれば良いよ。忠太がいれば生きていける」


 肩に乗ったイケメンなハツカネズミの文面にちょっと照れくささを感じつつ、前世では絶対に口にすることのなかった言葉を返すと、忠太はまたふわふわのもこもこに膨らんで、頬に鼻先をくっつけてきた。毎回ヒゲがくすぐったいけど、親愛の表し方が可愛い。


 こっちもお返しとばかりに忠太のお日様の匂いがする額に鼻を寄せていたら、いつの間にか戻ってきたレティーに「またイチャイチャしてる」とからかわれ、エドには「緊張感のない奴等だな。ほら、これ持って早く行ってこい」と呆れられながら送り出された。誰のせいで足止め食ったと思ってるんだか。


 結局町の入口に到着したのは集合時間ギリギリ。今日はガープさんのご厚意で、彼の工房の専属護衛……つまり前回護衛してくれた人達が途中まで随行してくれる。お金はガープさんの工房持ちだ。


 途中まで随行というのは、森の入口からはウィンザー様の私兵という名の騎士団と交代するから。これについては領民ではないにしても、領民が頼りにしている護衛を連れて森に入るのを領主である彼が良しとしなかったらしい。


 すでに集まってくれていた彼等に挨拶をし、人数を確認した後に歩き出したものの……案の定背中の荷物が重くて。見るに見かねた隊長がリュックを持ってくれたけど、その彼からして「重てぇな。ピクニックにでも行くつもりか?」と苦笑され、バテ気味の私の代わりに忠太が【まりの しえんしゃは しんぱいしょう なので】と答えてくれた。


 そんなこんなで二時間後。ようやくバシフィカの森の入口付近まで辿り着いた。荷物を肩代わりしてもらったところで移動速度が変わらないのは、純粋に歩幅と体力の違いなんだろう。さらに少し歩けば、森の入口に物々しい気配を纏う一団が待っていた。


 遠目からだとメタリックな集団は近付いてみれば何のことはない、軽装ではあるけど鎧を着込んでいたのだ。隊長は持ってくれていた荷物を私に返して、向こうの一番偉い人に私達を引き渡す挨拶に向かった――が。


 少しして戻ってきた彼の背後には、頭からすっぽりとローブをかぶった小柄な人物がくっついてきた。騎士団の人間にしては小さい人物を前に戸惑っているのは私だけではなく、挨拶にいった隊長ですら微妙な表情を浮かべている。


 そんな隊長の表情を不思議に感じつつ、俯き加減で顔が見えない相手に挨拶をしようと口を開きかけたその時、相手がパッとかぶっていたフードを脱ぎ去った。中から零れ落ちたのは金色の縦ロール。


 ――まさかと思ってその顔に視線を向けると……。


「久しぶりね、マリにチュータ! 来てくれないからこっちから来たわよ!!」


「は……レベッカ? え、何でここにいるんだ?」


 状況についていけずに頭上に「?」を浮かべる私と忠太の前で、レベッカはクルリと華麗にターンを決めた。ターンを決める際に邪魔になったのだろうフードは足許に落とされ、お付きの騎士がサクッと回収して馬にくくりつけている。


 規律正しそうな彼等に、この破天荒な伯爵夫人の相手は荷が重くないのだろうかと見つめていたら、好意的な笑みを称えた騎士達に会釈されてしまった。


「うふふふふ、よくぞ聞いてくれたわ。わたくし今日は現場監督ですの」


「現場監督? 領主の奥方がか?」


【まもの たいじする あぶない ですよ】


「ええ、勿論分かっているわ。要は放っておいたら寝る間も惜しんで仕事をこなす夫の代理で来たのよ。久しぶりにマリ達に会いたかったし、貴方ったらまた面白そうなことしてるんだもの。ズルいわ」


「ああー、それなら納得……ってなるか。今日は本当に危険な仕事なんだぞ? 悪いことは言わないからさ、ここまで私と忠太を送ってくれた護衛の人達と一旦マルカの町に帰って、私の家で待ってろよ。遊ぶのはそれからだ。な?」


 この間のボルフォの統率力を鑑みるに、彼女のことを庇いながら討伐するなんて到底無理だ。そう思って諭そうとした私の肩を、レベッカがガシリと掴む。伯爵夫人らしからぬ力強さに驚いていると、彼女はニヤリと笑って。


「ねぇマリ。わたくしは前回婚約破棄をされた時に思いましたの。持ってる力を我慢して発揮しないのは馬鹿げたことだと」


 ギラギラと輝く水色の瞳から発される冷気に一歩後ずさったところで、足許に違和感を感じて視線を落とした先には、季節外れの霜柱。踏んだ瞬間パキッと音を立てて散ったと思ったそれは、すぐにまた生えてきて。


 胸ポケットの忠太から【みずのせいれい よろこんでます】という一文を見せられ、致し方なく領主の奥方の同行を認める羽目になった。

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