第37話 一人と一匹、挑戦は波乱の幕開け。

 気が付いたらこっちに転生してから四ヶ月。


 忠太のおかげでかなりこちらの世界の生き方に順応してきた自負もある。それなりに一般的(?)な転生者になったはずだ。昨日の新製品案のこともあるし、そろそろ職人的にも次のステップに進もうと忠太と話し合った。


 すなわち、新しい採取場の開拓だ。これまでの場所で拾える低レベルのレアアイテムは粗方拾い尽くした。次に挑戦する小さい神様に手伝ってもらう、魔法を使えるようにしたいアイテムに使うには力が足りないだろう。


 昔の人は言ったものだ。郷に入っては郷に従えと。そんなわけで服のポケットに小さい神様入りの懐中時計型ピルケースを忍ばせ、そういうことに詳しそうな知り合いに尋ねることにしたのだけれど――。


「もっと本格的に採取が出来る場所がないかってか?」


「そう。それで出来れば魔物のいないところ」


「えー? いくらマリのお願いでも、流石にそんな都合の良い場所なんてないわよ。大抵のところはこの町の職人が採りつくしたんじゃない?」


「残念だがレティーの言う通りだな。そんな場所なら、もうとっくに職人通りの奴等が隈無く探したと思うぞ」


「あー……やっぱそうなるかぁ。そりゃそうだよな」


 これから忙しくなることを見越して、いつもより早く多めに納品をしようと訪れたエドの店にてそう言われ、胸ポケットから顔を覗かせている忠太と一緒に肩を落とす。こういう答えが返ってくるだろうとは薄々思っていたものの、現実はやっぱりそんなに甘くないか。


 でも正確には肩を落としていたのは私だけで、忠太は何か考え込んでいる様子だったから、手の届く範囲にスマホを差し出してみた。すると嬉しそうにこちらを見上げて早速フリック入力を始める。覗き込んで打ち込み終わったのだと確認し、それをエドとレティーの方に見せた。


【では ごえいの ひつような ばしょで まだ のこって そうなとこ】


 実に良い着眼点だと思う一方で、前世の当たり前をまだ引きずっている自分に内心驚く。だって前世で護衛をつけるような人間は自国だと大臣とかしかいないし。一般人がそこまでするほど治安は悪くなかった。一部の地域は除くけど。


 エドとレティーはスマホの文面を見て眉根を寄せると、お互い顔を見合わせて頷き合った。こういうところは親子だな。


「あるにはあるが……護衛を雇うならギルドに顔を出すか、行商の連中に頼んでみるかの二択になるな。何でわざわざそんな場所に行く必要があるんだ。アズマブクロの製造が教会の方に移ったから暇なのか?」


「それもあるんだけど、ちょっと色々試してみたいことがあって。新しい素材が欲しいんだよ」


 ――と、ほんの一瞬前まで難しい顔をしていたレティーが「ね、ね、それってもしかして新しい製品?」と食いついてきた。大人のふりの時間が短いことに苦笑しつつも、これくらいの歳ならこのぐらい感情に素直な方が可愛いかと思い直す。


「さぁどうだろうな。まだ詳しいことは何にも決まってないからなんとも」


「ふむ、新製品の種ってことか。だったらオレ達が噛まないとな」


【だから まだ いってます でも きょうりょくは してほしい】


 エドと忠太の間に一瞬見えない火花が散る。そんな守護精霊と商人の対立を横目に「忠太ってマリよりしっかり者よね」と、ヤレヤレとばかりに肩を竦めて見せるレティー。でもやっぱりそうか。


 十歳の女子から見ても私は忠太よりもしっかりしてないのか。自分でも分かりきっていたことだけにちょっと傷付く。何にって前世ではしっかり者と呼ばれていた自分の、忠太というスーパーハツカネズミに庇護された瞬間のフワフワぶりに。こんなに安穏と生きてきたことってこれまでなかったからな。


 ――と、そんなことを考えながら一人頷いていたら、いつの間にか話が少し進んでいたらしい。

 

「忠太は相変わらず現実的だな。だがまぁ、オレも早とちりして悪かった。そういうことなら今からちょっとだけ店番をレティーに任せて、冒険者ギルドか商工ギルドに行ってみるか? 運が良かったら護衛の仕事を探してる奴か、領主様のいる街か王都の方角に行商に行く奴がいるかもしれん」


 そう言いながら禿頭スキンヘッドを掻くエドに向かって、レティーが「ええー! わたしも行きたい!」と不満を口にしていたけれど、結局は以前までの閑散とした店ではなく客が途切れないので、レティーは留守番決定。その代わりに新製品が出来たらエドを差し置いて真っ先に見せてやる約束をした。


 エプロンを外して更正した組員風になったエドに連れられ、商工ギルドに向かった。ちなみにギルドは町の中心部に集まっているのではしごすることが可能だ。職人ギルド、商工ギルド、冒険者ギルドや、その他にもこの町を中継地点にしている商人達の情報交換所などがある。


 最初にエドが話を聞きに行ってくれたのは商工ギルド。しかし商工ギルドでの返事は空振り。何とつい昨日出てしまったのだと言う。馬車で追えばまだ合流出来ないこともないと言われたけれど、馬車を使って追った挙げ句に合流を断られたら堪らない。無駄な出費になるかもしれないのでここはなし。


 次に向かったのは冒険者ギルド。ここの手応えは悪くなかった。でも残念ながら金額が見合わなかった。というのも、意外にレベルの高そうな人達が残っていたことと、雇う場合はそのメンバー全員分の食費を護衛費用と別で請求されるというのが無理。残っていたのはどう見ても戦士系だったからな……バイト先のアメフト部に入ってる奴を知ってると、絶対払えない。


 仕方なく最終的にあまり歓迎されなさそうな職人ギルドの方に顔を出したら、ちょうど今から自分の工房が雇っている護衛達と採取に出かけるという老人に、まさかの同伴了承を頂いてしまった。聞けばロビンのお爺さんの知り合いらしい。


 ロビンから聞いたことのある名前が耳に入ってきたからと、私達を採取メンバーに受け入れてくれたそうだ。忠太は何故かちょっと不服そうだったものの、ロビンの人脈サマサマである。


 トントン拍子に二十分後に町を出発し、徒歩で二時間かけてバシフィカの森という巨木と鉱石の多い、ついでにそれなりに魔物もいる地に辿り着いて、最初の一時間くらいは楽しく採取をしていたのだが……突然そんな平和な時間は終わった。


「両側の茂みからボルフォの群れだ、囲まれた! ガープの旦那と、旦那のとこの職人達を中心に固まれ! 奇襲に備えろぉっ!!」


 護衛の声で慌ただしく固まった私達の周囲の茂みから現れた、ハイエナを三回りくらい大きくした魔物が取り囲んでいたのだ。

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