第36話 一人と一匹、神様の新居を探す。

【まり こちら さくや いらした ちいさい かみさまたち です】


 前世と今世も合わせて、人生で初の我儘に〝魔法が使ってみたい〟という電波な願い事を口にしてから一夜明け。


 窓辺で陽の光を背負ってやや神々しい姿になっている忠太は、そう言って昨夜仕掛けておいた謎の鉱石を入れた小瓶を前に押し出した。


 しかし忠太を疑うわけではないけど、中身は仕掛ける前と今で何の変化も見られない。忠太みたいな形でないにしろ、てっきり依り代になった鉱石に足でも生えるのかと思っていたのになぁ……。


「あのさ、忠太。疑うわけじゃないんだけど、この中にもういるのか?」


【ええ ひとのめには みえません なかの いしをみて はなすといい】


「成程。それじゃあ……初めまして。私はマリ。こっちは忠太だ。よろしくな。えっと、忠太から聞いたかもしれないけど、私は魔法が使ってみたいんだ。でも肝心の魔力が全然なくて。もし良かったら手伝ってくれないか?」


 視線の高さが小瓶の中の鉱石と同じ高さになるように膝をつき、そう小瓶に話しかけてみると、ほんの微かに鉱石の表面が煌めいた……ように見えた。一瞬目の錯覚かと思っていたら、小瓶の向こう側に立っている忠太がドヤァとばかりに胸を張っている。いったいどういう心境なんだ。


 けれどそんなこっちの視線に気付いたのか、忠太は広がっていたヒゲを自身の口の前に持っていって抱き締める。目と口より雄弁なヒゲを持つと、可愛いけど大変そうだな。涼しい顔を取り繕って【かまわない いってます ちなみに ひと つち ぞくせい】と情報を付け加えてくれた。


 ひとまずヒゲを弄っている忠太と、小瓶の中にいる小さい神様にお礼を言ったものの……自己紹介を終えたところで、具体的にこの後どうしたら良いのか見当がつかない。現状だと本当にただ小瓶の中に入っている石に宿ってくれているだけなのだ。一応百均の耐熱ガラス瓶だけど、たぶんそういう問題じゃないだろう。


 助けを求めて忠太の方を見たら、頼もしいハツカネズミは立ち直りも早い。すぐにこちらの意図を汲んで小瓶に額を押し付けて、何事か囁いてくれた。何度か頷いたり首を横に振ったりを繰り返し、方針が決まったのか、スマホの画面にお得意の華麗なフリック入力を始める。


【だいじょうぶ いちど やどれば そとから えいきょうない けずる わる かこうじゆう はやく かみさまに おうち つくり ましょう ぞくせいから よそうする はっかが つかえるはず】


 そんな風に促されてやっと安心することが出来たので、今度は小さい神様達の新居……この場合は神殿を造ることになるのか。だとしたらデザイン性がものを言うよな。責任重大である。


 属性から使えるのは〝発火〟か。そうなると赤と金をデザインの要にしたい。追加で使用回数の話が出たところ、小さい神様達が途中で飽きる可能性も加味して確実に使える回数は三回に設定した。商品にするとしたらかなり割高になりそうだけど、その辺は後から考えよう。


 楽しいことは楽しい時に全力で消費する。たぶん翌日には新しい楽しいがあるだろうから。それがこっちに転生して手に入れた新しいルールだ。


「どこででも魔法を使えるようにしようと思ったら、やっぱり杖とか指輪とかの方が無難かな?」


【はい えいがでも つえや ゆびわが おおかった ですし ああでも うでわも ありでは このあいだ ふりまあぷり さいしん のってた】


「ああ、あのチェリーさんの新作のやつ?」


【いえ らびっとさん のやつ むいむいさん のもいい】


 デザインの先生探しに事欠かないフリマアプリの猛者達の名前をあげて、どういう形にしていこうか模索する。小さい神様達の意見も聞きたかったけど、そこまでの自我はないらしくて駄目だった。


 でもだったら尚のこと綺麗に造らないと申し訳ない。適当に造る気がなくても、せっかく来てくれた相手に、恥ずかしい英文の入ったTシャツを着せるようなことはしたくないしな。


 午前中を使いきってああでもない、こうでもないと案を出し合ったものの、当然のことながらフリマアプリの頂点にいる猛者達のデザインをお手本にするのは難しい。針金で花弁造ってレジンに着色とか無理。蓮? 薔薇? 桜? どれも無双な綺麗さだけど技術的に無理無理の無理だ。


 ザーッとフリマアプリのトップページに出てくる新着を流し見していたら、忠太の手がペチッとスマホの画面を叩いた。そこには華奢なチェーンのついた錫杖型のブローチが掲載されている。


「チョコミントさんの魔法学園シリーズか。この人のも相変わらず可愛いよなぁ」


 頷く忠太の前で画面をタップして画像を大きくして観察しようと思ったら、誤って手芸店の広告をタップしてしまったけど、結果としてはそれが正しかった。


 ネットセールの対象になっていた懐中時計型のピルケース。表面はのっぺりとした金と銀の二種で、中が四つの仕切りで区切られている。直感でビビッときた。


「忠太、これはどうだ? これなら表面にレジンで細工も出来るし、中に入れる石の種類を変えたら属性魔法の種類も――、」


 ――ポチッ、ポロン。

 ――ありがとうございます。ご注文を確認しました。

 ――商品のお会計画面に移動して下さい。


 思わず興奮で上擦った声で私が説明をし終える前に、忠太のピンク色の手が何の躊躇いもなく【注文数・百五十】と入力してカートにぶち込んでいた。その早業に唖然とする私を見上げた忠太は一度別枠でメッセージ機能を呼び出して。


【きにいったら おとながい きほん】


「え、いやでも……忠太にも相談……」


【なぜ まりが すきなの いちばんです わたしは まりがわらう すき がんばって れああいてむ さがす かわいいもの つくりましょう】


 サーッとその手芸店のネット会員登録までやってのけ、あっけらかんと言い切る男気ハツカネズミにちょっとときめく、秋の午後。

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