第34話 一人と一匹、魔法について考える。

 忠太のおかげでDVD鑑賞という娯楽を導入してから三週間。


 脳を甘やかすというのは閃きに影響を及ぼすものだということが分かってきた。具体的に言えば主に新製品の開発において。


 特に大きな影響を脳に叩き込んでくれたのが、前世のファンタジー作品の異世界作品における魔法アイテムの解釈だ。どれだけ憧れても魔法が存在しなかった世界だけあって、もしも使えたらこうするという妄想の幅が、魔法の存在しているこの世界より圧倒的に広い。


 そんなこんなで先日、安くなっていたDVDの中に某魔法学校の映画が紛れ込んでいたので、思わずポチってそれっぽい装飾を勉強中。思わず気になってしまうという感覚は大事だ。あと低レベルながらレアアイテムも複製出来るようになってからは、ほぼ毎日トライド遺跡に採取に出かけている。


 おかげさまでフリマアプリでも低レアアイテムを売れるようになり、リピーターと思われる人達から少しずつだけど感想をもらえるようになった。一部の商品なんかは〝ラッキーアイテム〟呼ばわりされている。それ自体は光栄だ……が。


「なぁ忠太、ここって世界観的に魔法ってあるんだっけ?」


【ありますよ まりも つかってみたい ですか】 


「んー……それは少しは憧れもある、な」


 視聴後に思ったのはそれだ。こんなに便利なら普通に使ってみたい。お風呂の用意とか暖炉の火入れとか格段に楽になりそうだ。


【ふむ でも まり まりょく すくない】


「そうなんだよなぁ。エド達やこの町の人間も使ってるとこ見たことないし、やっぱ魔力がないと魔法の使える世界でも一般人か」


 残念ながらそうそう甘い話はないらしい。若干予想していた答えではあったものの、内心ではちょっぴり落胆する。でも聡い忠太は私の顔を見て一瞬間をおいたかと思うと【のらの せいれい よびますか】と提案してきた。


「野良の精霊?」


【わたしも まりと あうまでは のら みたいなもの じょうきゅう せいれいと ちがって いしがない そんざいする だけ】


「ふぅん。それにしたって何か嫌な言い方だな。今ここで私を助けてくれてるのは、説明不足に人をこっちの世界に飛ばした駄神じゃなくて忠太だ。だとしたらその辺りに存在してくれてる精霊は、小さい神様だろう」


【ちいさい かみさま】


「うん。私のいた世界だと八百万の神様がいたんだぞ。トイレとか竈にもいる。それで人の嫌がる汚れる場所にいる神様の方が、ずっと偉いんだ。当然だよな。で、忠太は私の小さい神様だ」


 意外そうに【わたしが まりの】と小首を傾げる姿に呆れつつ、その額を指でつつきながら「そうだよ。お前が私の神様だ」と伝えれば、真っ白な毛がブワッと膨らむ。照れ臭いとか、怒ってるとか、嬉しい時なんかに膨らむらしい。

 

 そんなうちの神様を愛でること数分。すっかり満足したのか元の体型に戻った忠太に疑問をぶつけることにした。


「でもさ、どうやって小さい神様を呼び出すんだ?」


【あいての すきな きをもってる そざい びんに いれておいとく】


「ざ、雑だな……」


 前世の某大手キャラクター商品で市場を賑やかしていた中に、瓶に和菓子のすあまを入れておいたら捕まるパンダがいたけど、ああいうことなのか? もしくは木の幹に砂糖水塗ったり、夜に灯りを照射した白いシーツを張っとくみたいな? 何にしても神様を呼ぶ方法ではない気がする。


【かれや かのじょに いしは ないので そざいに すみつくから そのそざいで あいてむ つくれば すこしはまほう つかえます】


「でもそれって相手側にしてみたら強制労働じゃないのか? 魔法は使いたいけど拉致監禁して働かせるのはちょっとなぁ……」


【ふむ いちり ありますね わたしは まりだいすき なので なんでも かなえたい ですけど】


 こっちの我儘から出た案件を真剣に考えてくれる忠太が、そうヒゲを弄りながら身体をユラユラと揺する。なんか……格好良いこと言って(打って)くれてるところ申し訳ないけど、音を聞いたら動くダンシング・フ○ワーを思い出すぞ。


 そんな風にしばらくユラユラしていた忠太を、利用者不在で空いているスマホで動画に撮っていたら、何か降りてきたらしい忠太がスマホを探す素振りを見せたので、動画を撮るのを止めてそっとその足許に戻した。


【しょうぞうけん しゅちょう】


「ごめん、つい忠太が可愛くてさ。その動画消さないでくれよ?」


【かわいい とっていい りゆうなら わたしも まり とります】


「ちぇっ、分かったってば……消しても良いよ」


【そこは もうすこし ねばって ほしかった】


 そんなにすぐに仕返しをしてくるつもりだったのかと戦慄していたら、何故かやや目を細めた忠太に【たぶん まりと わたしの かんがえてること ちがう】と溜息をつかれてしまった。何でだ。


 けれどすぐに立ち直った忠太は、スマホに【しようかいすう きめては どうでしょう】と打ち込む。しようかいすう、シヨウカイスウ――……使用、回数。


「それって、今から作る予定のアイテムの使用回数か?」


【はい のら いいえ ちいさい かみさま でしたね かれらに いしは ありませんが まりが きになるなら ほわいとな しょくばめざす それで わたしが かれらを せっとく してみます いかがでしょう】


 ツトトトトトトッ! と全力で長文を打ち込んでくれる白い稲妻。要約すると、自意識を持たない小さな神様を、元は同じ存在だった忠太が声をかけて、相手が逃げなければ素材に案内し、仕事内容と週休なんかの待遇について説明する。ホワイト企業の面接官かよ。


 だったらまぁ、ゼイゼイと肩で息をする忠太のプレゼンを聞き終えた私の答えなんて決まっている。


「よろしく頼むよ忠太。本当はさ、魔法って少しどころかかなり憧れてたんだ」


 我ながらよくもあんな人生だったのに、こんな子供みたいな憧れが残っているものだと思うけど。忠太が一緒にいるこの世界だと諦めも悩みも霞むんだよな。

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