第33話 一人と一匹、娯楽に目覚める。

 久々にあの廃墟で半野宿をしていた時のように、レジャーシートを敷いた床の上で仰向けになって眠ったからか、背中がガチガチだ。窓から入る陽射しが壁にガムテープで張り付けた白いシーツに反射して眩しい。

 

 一晩中働き続けた発電機はまだ余力を残してるけどこっちが限界。自業自得ではあるけど主に精神と肉体的に負荷がかかりすぎた。面白がって散々味変を試したポップコーンを捨てるのは勿体ないからって、無理して全部食べるんじゃなかったかも。胃袋の中がポップコーンでパンパンだ。


【うぅ まだめが しぱしぱ します】


「泣くとストレス発散になるって言ったの忠太じゃん。あー……頭痛ぇ」


【いったけど じっさい たいけんして おもう なきすぎて あたまいたい すとれすでは】


「でも久しぶりに泣いたら確かにスッキリした。忠太のおかげだな」


 目蓋はパンパンだし鼻はグズグズだし頭はガンガンするけど、不思議と気分は悪くない。耳鳴りがするのも相まって泳いだ後みたいに全身が怠いだけで。


【それなら よかったです でも しばらく いぬのえいがと ぶこつな しごとにんげんの えいがは みない】


「最後の飼い主が迎えに来るシーンがな……それと雪の駅に倒れる鉄道員……」


【やめて やめて やめて】


 動物映画の初見殺しと言えば銅像にもなった有名な犬の話と、仕事人間の鉄道員が廃線になるまでの毎日を過去を振り返る話は、ハツカネズミの忠太にとってもトラウマレベルに精神に訴えるものがあったらしい。特に前者の映画は、今忠太がああなったら号泣する自信がある。


 シートの上で伸びきっていた忠太が悲しいシーンを思い出してのたうつと、暖炉で火にかけて弾けさせたポップコーンの欠片が真っ白な毛皮に絡め取られ、少し前に女子高生の間で流行した謎綿菓子か、お掃除アイテムみたいになっていた。


 その小さな身体を払って立たせてあげたところ、ピンク色の手で人差し指を握った忠太が真剣(だと思う)な目で私を見上げる。


【まり なきたいとき わたしが そばで なぐさめます】


「え、あぁ……うん」


【だれにも ないてるとこ みられないよう たてになる だから ひとりで なかないで】


「うわぁ……はは、忠太は男前だな」


【せいれいかい いちの びねずみ じふ してます】


 直後にヒゲをひくつかせて尻尾を手に取り、海外の俳優がするような気取ったお辞儀をしてみせるハツカネズミ。緩急の付け方がなかなか小憎いやつめ。


「ん、ふふ、はははっ!」


【そうそう ないたら わらう だいじ まり かわいい】


 時々こんな風に急に歳上っぽいことを言ってくる天然なのか、計算なのか分からない男前ぶりを見せつけてくる守護精霊に、内心感謝してもし足りない。転生してからこれまでずっとフワフワしていた心地が、映画で大泣きしたことによってやっと着地出来たみたいな気分だ。


 前世でも今世でも、どうにもならないことで泣くことは格好悪いことだと思っていた。いったい何と戦ってるのか分からなかったけど、弱味を見せて泣いたら敗けと、そう思っていた。ずっとそんな生き方をしてきたのに……今の生き方の居心地の良さよ。忠太には私をあまり甘やかさないで欲しいものだと苦笑してしまう。


【つぎは れんあい えいが みてみたいです】


「おお、鉄板だな。別に良いけど新しいのは知らないぞ」


【まりが すきなやつ なんでもいい】


「何でも良いか、地味に悩む答えだな。でもまぁ時間はいっぱいあるんだし、ゆっくり考えてみるか」


【ですです】


 泣きすぎて充血した目の私とは違い、元から綺麗な赤い目を期待に輝かせる忠太。素直なこの守護精霊が観て平気なやつならお色気シーンのない健全なやつが良いだろう。この時点で殺しのライセンスを持ってる奴のは全部駄目だな。


 前世では金に困っていたから映画館に行ったことはなかった。だから知ってる映画といえば、基本的に本屋の片隅にあるDVDコーナーのやつくらいしか知らない。ああいうところは古い名作は揃えてあったけど、新作はよっぽど駄作だった物しか並ばなかったなぁ。


 あとはそこでパッケージ裏から得た知識を使って、映画サイトの無料視聴期間だけ契約して観まくった。他に娯楽といえば図書館か。あそこは本を読むだけでなく、無料で涼んだり暖まったり出来る素晴らしい施設だった。


 次は昨夜一気に買ったDVDの中でも、某俳優が監督した和訳だと〝百万ドルの君〟とか観せよう。前世あれを観たあとしばらく立てなくなったからな。しかも新品の箱ティッシュを使いきって脱水症状をおこしかけた。上映する時はあの失敗を生かしてポカ○は必須だ。


「じゃあ今夜も上映会を開こう。で、この頭痛が治まるまでDVD探して購入したりするとして、治まったら作りたい物があるんだけど良いか?」


【どんとこい です なにつくる】


「どうせなら映画を映しやすいようにスクリーンと、コレクションしたDVDを立てとくラックを作りたい」


【それ とても いいですね つくりましょう】


 ――ということで早速スマホで名作映画を五点追加購入し、今夜のためにソーラーパネルと発電機には外で頑張ってもらうことにして、スマホで使えそうなアイテムを探していく。


 最初に目についたのは手ぬぐいをタペストリーに出来る木の棒。一袋二本入りのものを二セット購入。接着剤で繋いで一本の長い棒状にした物を二本作る。次に手芸店のサイトに飛んで、やや厚手で凹凸の少ない白い布を購入。布の上下を棒の間に噛ませる。


 あとはフックを購入して瞬間接着剤で壁に固定し、そこにタペストリー状に仕立てた白い布を吊れば、もうスクリーンの完成だ。DVDラックにはお馴染みのすのこを活用する。やや寸の長いミニすのこ六枚と木製の本立て二個に、天板と底板にヒノキのミニまな板を合わせて作った棚は、意外と悪くない仕上がりになった。


 仕上げに新たに手に入れたオプション〝着色・塗装(ただし単色無地に限る)〟を使い、完成したDVDラックをダークブラウンに染め上げる。これでもうニスを塗るのに丸一日かけることもない。楽だし良い感じ。


 ちなみに今度から〝称号=駆け出しハンドクラフター〟改め〝称号=見習いハンドクラフター〟になったことで、低レベルのレアアイテムを使った作品の複製が可能になり、もう一つ追加した〝製品耐久力微上昇〟のオプションも自動発動する。


 一人と一匹で休憩することも忘れて作業に没頭していたら、いつの間にか陽が傾き始めていたことに気付いた。


「忠太まずい、もう夕方だ。夜の上映会に向けて夕飯と夜食になりそうなもの買いに行かないと、市場の出店が夜の店舗営業に切り替わって閉まっちゃう」


【いそぎましょう おやすい しょうひん なくなります】


「そうだな。ちなみに何が食べたい?」


【ぽっぷこーん いがい】


「同感! 肉か魚で野菜なしにしよう!」


 肩によじ登ってくる忠太にそう答えて服についたポップコーンの欠片を払い、だいぶ草臥れてきたナップサックを手に外へ飛び出す。


 まだ存在感の薄い星が空にポツポツと輝き出したのを見上げながら、何だかここにきて初めてスローライフらしい一日を過ごしているなと。そんな風にふと思う。

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