◆第三章◆

第32話 一人と一匹、文明の利器を持ち込む。

 奇妙な縁から骸骨紳士ことこの地の領主に招待され、その屋敷でレベッカと再会した三日後。私と忠太は山と積まれた荷物を前にして感慨に浸っていた。


 というのも、馬車の中で注文したこれらの荷物を帰宅してから開けようと思っていたら、自宅前で土産話を待ち構えていたレティーに捕まってしまったのだ。


 その後二日かけて顧客レベッカの情報に触れすぎないように注意しながら話をする羽目に。二日間は夕飯をご馳走するという名目で、連日夜の八時くらいまで居座られてしまった。故に今日はようやく伸びに伸びていた開封の儀にあたる日なのだ。実際問題新たな能力もまだ決めていない。


「よし、それじゃあ開けるか!」


【あけましょう】


 カッターナイフを手に、お互いの顔をしっかりと見て頷き合う。いつもガムテープでこれでもかと梱包された段ボールを開ける時は、たとえ中身を知っていても謎の高揚感に包まれるのは何なんだろうな。


「うわー……コードレスルーターの方、流石はあの国製。日本語の説明書入ってるけど、ところどころ意味不明な日本語になってるわ。百均とかの短い説明文だとそうでもないけど、長文になると急にボロが出るよな。まぁ、使えりゃ良いか」


【つかう してみると よろしい て いわれなくても しますよね そのために かってるのに へんなの】


「だよな。でも一応は二年間保証もあるらしいし、注文もアマ○ンじゃなくてホームセンターだから、不良品でも取り替えは簡単だと思うぞ」


【あま○ん せいみつな せいひん れびゅー ひどい】


「それ。その点ホームセンターのサイトだと、取扱店に即電凸出来るから多少マシなんだよ。やっぱ看板掲げてる分、実売店舗の強みってあるよな」


 そんなことを話し合いながら、緩衝材のプチプチを剥がして中身を出していく私の隣で、忠太は届いた製品の内容に不足がないか指差しチェックをしてくれる。


 購入したのはUSBメモリーで充電出来るコードレスルーターのセットと、同じくUSBメモリーで使えるネイル用のUVライト。どっちもレジンアクセサリーを作る上で飛躍的に作業効率をあげてくれるはずだ。特にピンバイスでレジンに穴を開ける作業は数があると地味に辛いから、コードレスルーターには期待大。


 他には百均の物ではない日曜大工道具のセットと工具入れ。大工道具の方は握ってみるとその作りの違いは歴然。別物。工具入れも、百均の箱に無造作に入れていた時より探しやすくなりそうな感じだ。使用用途は同じなのにこうも違ってくると感心してしまう。


 あとはキャンプなんかで音楽をかけたがる人達が使う、ソーラーパネルとポータブル電源(要するに大型の充電式モバイルバッテリー)だ。これは安全の観点から勿論日本製。電子レンジやドライヤーなんかは使えないけど、屋外用のデカイ灯りが使える。オイルランプや蝋燭やLEDライトでは手許が心許ない時に重宝しそう。


 ――……とまぁ、レベッカの口添えでウィンザー様から出た出資金をフル活用したんだけど、人のお金で買うと多少心が広く持てるのは良いよな。でも注文した物は全部開封しきったと思っていたら、まだ一つだけ開けていない箱が残っていた。発送先は地味目な電器店。大きさは大したことがないけど注文した覚えがない。


「おかしいな。私が注文したのはこれで全部だと思うんだけど……誤配送か?」


 だとしたら手続きが面倒そうだなと顔を顰めた私の前に、忠太がスマホを出してくる。画面を見ると【ごはい ちがう それは まりの もの あけてみて】と打ち込んであった。


 何だか自慢気な忠太の様子に首を傾げつつ、言われた通りに箱を開けて中身を取り出したんだけど――。


「えっ、何この箱。いや、でもレンズがついてるからビデオカメラか?」


【ぷろじぇくたー でぃーぶいでぃー ぷれいやー です】


 エヘンと胸を張る小さなハツカネズミ。しきりにヒゲを動かしている。


 しかし悲しいかな私はスマホという必要最低限の機械以外、こういうものに対しての知識がない。忠太のご機嫌ぶりから考察するに、たぶん娯楽に必要なものなのだろう。知ったかぶりをするか否か。


 でもボロが出るとより気まずい気分になるのも嫌だ。なので素直に「ごめん、それって何?」と尋ねたところ、忠太は一度ヒゲ動きを止め、ネズミに膝はないからその場に蹲ってしまった。そこまでか? そこまでショックなことだったのか?


 一分くらいかかってのそりと立ち上がった忠太は、見守る先で無言(?)のままスマホを操作し始めた。私もその横に膝をついて覗き込む。どうやらアマ○ンの商品説明画面を見せてくれるようだ。トトトトトっと軽快に商品が流されていく。その中に今開けた箱の中にあった商品が出てきた。


 動きを止めた説明文を読んでみるに、DVDプレイヤーとプロジェクターというのが一体化していて、壁に映像を映せる自宅用映写機らしい。一時期お金持ちの家庭で流行ったホームシアターというやつだ。ということは――。


「もしかしてこれで映画が観られるのか?」


【そうです】


「これもウィンザー様の出費?」


【ちがいます わたしの しゅごぽいんとで かいました まり しごとばかり でも こちらのせかい ほんいがい ごらくない よめない まり なにか たのしみ ひつようかと】 


 ショボンと擬音がつきそうな姿のまま、ポツポツとこの機械を買ってくれた理由を教えてくれる忠太。あー……駄目だ。鼻の奥がツンとする。何だこの小さい男前は。抱きしめたい。潰れるから出来ないけど。


 代わりに箱の中に入っていた説明書とアマ○ンの口コミから使い方を確認する。同じプロジェクターの中では比較的安価だけど、私や忠太からしたら充分高級品だ。使い方も見たところ簡単。昔から娯楽なんて図書館のDVDコーナーくらいしかなかったから新しい映画なんて知らないけど、それでもこれで忠太と一緒に映画鑑賞がしたい。


「ありがとう忠太。すっごい嬉しい。今日の仕事はお休み。今からDVD買おう。それで、絶対今夜これで一緒に映画観ような!」


【まりの このみ べんきょうします】


「望むとこだよ。古い名作だったらかなり安いからたくさん買えるぞ!」


 そんな感じで大盛り上がりした私と忠太は今日を臨時休業と定めて、名作を片っ端から買い漁り。明日の仕事はDVDラックの製作だなと言いながら、アルミのフライパンに入ったポップコーンを大量に購入して、深夜の上映会に備えたのだった。

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