第29話 一人と一匹、領主館に出かける。

 忠太やエドの勧めもあって、レベッカの手紙に渋々〝行く〟という返事を送った二日後。あの手紙が来てから十日目の朝に迎えの馬車が寄越された。現在は自宅の前に馬車を待たせて最後の衣装確認作業中だ。


 襟と袖口にフリルのついた肌触りの良いクリーム色のシャツに、そこまで鮮やかすぎない赤いネクタ……じゃなくて、アスコットタイとかいうスカーフみたいなやつ。焦げ茶色のズボンにぽってりした形の深緑色のショートブーツ。全体的に九月に入った秋らしい色合いだと思う。


 バサバサだった金髪はレティーの手によって整えられ、アスコットタイと同色のリボンを編み込んでもらった。レティーの女子力が高い。そして仕上げは忠太が初めて作ってくれた白い花のピアスだ。


「なぁ、忠太……この格好本当に変じゃないんだよな?」


【はい とても かわいらしい おにあいですよ まり】


「そうか? 忠太がそう言うなら、まぁ、大丈夫か」


【ええ まりは なにをきても かわいらしい】


 間髪入れずにスマホに打ち込まれた台詞。本当にこのハツカネズミは私への称賛を惜しまない。惜しまなさすぎて怖いくらいだ。こんな局地的な称賛に慣れたりしたら、後々困るだろうから最近は程々に聞き流すことにしている。


「もう、マリったら何でそこでチュータに聞くのよ。上から下まで全部決めたのはわたしなのに。わたしの見立てが信じられないの?」


「ごめんごめん。別にレティーの見立てを疑ってるんじゃないって。単にちゃんとして見えるかって話。お洒落なレティーから見て大丈夫に見える?」


「当然よ! 格好良いわ、マリ!」


「じゃあ安心だな。流石はレティー。心強いぞ」


 腰に手を当てて鼻息荒く不満と称賛を口にするレティーに笑ってそう答えると、今度は横から言いくるめられない保護者枠として、エドが心配そうな表情で割り込んできた。


「マリ、ちゃんとして見られたいなら上のドレスシャツは良いとして、トラウザーズは止めておいた方が良いんじゃないのか? お前はこれから伯爵様にお会いしに行くんだぞ?」


 出たな、ド正論。でも普通に考えて半日もかかる長距離移動に、あのコルセットとかいう拷問器具を装着してヒラヒラした服を着るとか、面倒でしかない。エドの正論に対して全く言い訳を用意していなかった私の優秀な相棒は、やっぱりこの手の切り抜け方を考えていてくれた。


【まりの こきょう じょせいの しょくにん ふくそう はなやか きらうひと おおい だんせいと おなじふく これが まりの せいそうです】


 ツトトトトト、と。凄まじい速さで打ち込まれる説得力のある言葉達。これにはエドもタジタジになって「そ、そうか」と返すしかなかった。見事な論破を見せてくれる……ハツカネズミなんだよなぁ。しかも可愛い。最強だろこれ。


「そうそう、そういうことだから女らしい華やかさとかは諦めてくれ。帰りはそんなに遅くならないと思うけど、鍵は約束通り預かっといてくれな。じゃあ、そろそろ行ってくるわ」


 半ば強引に話を打ちきり、まだ何か言いたそうな渋い表情のエドに鍵を預けて。無邪気なレティーの「お土産話を期待してるからねー!」という元気な声に見送られ、私と忠太はパッと見地味だけど、ドアを開けたらなかなかシックで豪華な馬車に乗り込んだ。


 途中何度か休憩を挟み、貴族の乗り物とはいえスプリングのきいていない、前世の市バスより乗り心地の悪いクッションの馬車に揺られること半日。


 段々と道が舗装され始め、途中にある村やマルカの町よりも栄えている町を抜けた頃、その建物は見えた。第一印象は〝何だあれ、城か?〟だった。前世で実際に貴族の館なんて見る機会はまずない。旅行代理店の店先に並べられた古城ツアーのパンフレットくらいのものだ。


【たぶん あれが りょうしゅ やかた ですね】


「だと思うけど想像してたよりかなりデカイな。そういや今更なんだけどさ忠太」


【なんでしょう】


「前世だと貴族の階級とかと全く無縁な人生だったんだけど、伯爵っていうのはどのくらいの規模の土地の所有者なわけ?」


【ええと まりの せかいの かんかくで せつめいすると だんしゃくが そんちょう ししゃくが ちょうちょう はくしゃくが しちょう こうしゃくが けんちじ ですね もうひとつ うえの こうしゃくは】


「うん、ありがとう忠太、もういい。大体分かった。前世も今世も普通に生きてたらあんまり会えない人種だってことだな」


 そんな人間と今から会うことを考えただけで胃が痛い。膝の上でスマホを弄っている忠太が振動で落ちないように抱えつつ、ぐったりと座席に身体を預けていたら、ガタンと馬車が停まった。


 全然心の準備は出来ていないものの、停まってしまったからには降りないわけにもいかない。馬車の外から聞こえてくる物音に心臓を口から吐きそうになっていたら、何の声かけもなく勢いよくドアが開かれて。


「遅かったじゃないマリ! 待ってたわよ!!」


 そう弾ける笑顔で出迎えてくれたのは、都落ちをしても持ち前の肉食獣ぶりで伯爵様の心を射止めた戦乙女で。その背後でハラハラしている使用人達に何か言葉をかけている……恐ろしく顔色の悪い骸骨?


 レベッカの強襲から逃れた忠太の隣には、何故か前世で何度もお世話になった栄養ドリンクが一箱。私の首にしがみついていたレベッカがパッと離れて「あ、そうそう。紹介するわ。あちらわたくしの旦那様よ」と紹介してくれたのは、まさかの骸骨紳士その人であった。

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