第27話 一人と一匹、凍りつく。

 ひとまず手紙をテーブルに置き、忠太と一緒に表の井戸水で顔を洗い、結構伸びてきた髪にレティーがくれた櫛を通して家の中に戻る。でもまだ腹が減っている状態では目が覚めたとは言い難いので、先に町で買ったパンと、ク○ールのカップスープ(業務用)で朝食を済ませ。


 ついでにこの後にどんなことが起こっても、動揺して仕事が手につかない状況になったりしないよう、一日で複製出来る上限一杯まで商品の複製をする。二日分の洗濯も済ませ、材料の複製管理もし、スマホのカレンダーで近々に入っている依頼がないかも確認した。


 以上を全部終えた上で再度テーブルに戻り、手紙の封蝋を傷付けないように開封し、合計六枚にもなる便箋を取り出して内容に視線を走らせる……が。


「――……素で忘れてたな。まだ読み書きは出来ないんだった」


 読み、書き、話すを分けて修得させるという意地の悪い駄神のせいで、未だに読むのと書くのは出来ないことをすっかり忘れていた。言葉を話せるとついそれだけでいけてしまう気がしてくるから不思議だ。


【でしたね もじすうおおい わたしだと かいどくに じかんかかる ここは えどに たのみましょう】


 落ち着いた忠太の提案に頷き、ついでに納品出来そうなアクセサリーと読めない手紙をあずま袋に入れ、クーラーのない世界の夏の陽射しの下、気合いを入れてエドの店を目指した。


***


 納品の約束もないのに店にやって来た私を見て首を傾げたエドに、文字がまだ読めないから、代わりに知り合いから届いた手紙を読んで欲しいと告げると、懐に入ると世話を焼きたがる男は快諾してくれた。


 その対価としてこっちもレティーが留守の間に店を手伝う労働力を貸し、昼になり客足が一旦落ち着いたところで、昼休憩も兼ねて手紙を読んでもらえることになった。ただレベッカからの封筒を差し出した瞬間、エドが微かに眉根を寄せたのが何となく気になったけど。


 ともかく、やっと当初の目的だった手紙の解読をしてくれることになったので、店の奥に引っ込んで二人と一匹でテーブルを囲んだ。そうしてザッと先に内容に目を通したエドが「じゃあ読むぞ」と前置いて、咳払いを一つ。口を開いた。


「〝まずはお久しぶりねマリ。あの日は嘘をついてごめんなさい。だけど大見得を切って負け戦じゃあ、格好がつかないでしょう? だからこの手紙が貴方の元に届いたのは、実質わたくしの勝利宣言でもあるの〟」


 便箋一枚目の始まりからして強い。勝ち気さもここまで振り切ればいっそ清々しいな。これは全然詳しくないけど、前世で本屋に平積みしてあった悪役令嬢とかいうやつか? レベッカみたいな子のことだったのか……あれ。だったら嫌いなタイプじゃないなぁ。


「〝マリ、貴方のくれた勇気の出るボンネットのおかげで、あの愚かで品性のない元婚約者と、その取り巻き連中と、あの女のついた根も葉もない嘘を白日の下に曝して泣かしてやれたわ〟」


 詳しい制裁状況や内容は流石に書かれてないけど、この通りの性格だとしたらたぶん相当やり返したんだろう。生き生きとした筆跡から何となく予想は出来てたものの、ここまで楽しそうだとちょっと和んでしまう。忠太もそう思っているらしく、うんうんと頷いている。若干震えてるけど。たぶんそれは私も同じだ。


「〝貴方のおかげで勝負はわたくしの大勝でしたわ! お相手の方……あ、今は夫ですけれど――も、ちょっと渋めな顔立ちなのに、式の間中ずっと黙っていたからどうしたのかと思ったら、わたくしがあんまり美しくてびっくりしてたんですって。可愛らしい方だわ〟」


 震えながら【このぶんだと めでたし めでたし ですね】と打ち込む忠太。確かにその後も新婚の惚気話を三枚に渡りたっぷりと聞かされたけど、幸せそうで何よりだとも思った。


「〝そうそう、マリ。貴方のことを夫に話したら是非会ってみたいって。わたくしも直接貴方にお礼と勝利宣言をしたいから、もしも貴方の仕事の手が空いたら、屋敷に遊びにいらして。大歓迎するわよ!〟」


 ――堪えろ、堪えるんだ忠太。とはいえ私も結構限界だ。頬の肉を噛む。駄目だ……駄目だ、駄目だって分かってるのに、感嘆符までしっかり表現して朗読してくれるエドには悪いけど、もうさ、もう……!


「ブッ、ゥハ――……アハハハハハハ!!」


「おぉいマリ!? お前が読んでくれって持ってきたんだろう。笑うな!!」


「いや、そこはごめん! でもさ、フッ、もうンフフフフ、無理だって! 坊主頭の強面なおっさんが、お嬢様言葉って、フフ、アハ、アハハハハハ!!」


【まり さきわらう ずるい ですよ】


 そこからはもう発作を我慢して抑え込んだ反動で、延々笑い続けた。最初は腹を立てて怒っていたエドも、段々私達の笑いの発作が長引くうちに呆れてきたらしく、次第に何も言わなくなって。


 常なら形だけでも私を諌めようとする忠太も、丸い綿玉になった今は痙攣をくり返す不憫可愛い生き物でしかない。さては笑い上戸か? 笑いすぎて涙まで出てきたその時、不貞腐れていたエドがムスッとしたままようやく口を開いた。


「チッ、そうやって笑うのは構わんがな、マリ。オレはお前が一人で受ける仕事に口を出すのはお門違いだと思ってる。でもその封蝋の家といったら、この辺の領地を治めていらっしゃる貴族様だ。お前そんな大物相手に何をしたんだ? かなりな入れ込みようだぞ、これは」


 ――と、まぁ、その言葉で笑いの発作はあっさりと終焉を迎えた。どうやら私達の作った戦乙女のボンネットをかぶった乙女は、領主様を射止めたらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る