第26話 一人と一匹、戦乙女のボンネット。

 あの後ひとまず従者を撒いて来たと言うレベッカを滞在先である宿に送り届け、ついでに一緒に怒られて、今後の予定を聞いてから家に戻ってきた。


 しかし思っていた通り納期は厳しく、期限はたったの一週間。作り直しのきかない一発勝負だ。でも話を詳しく聞く前に快諾してしまったのはこちらの落ち度なので、そこは仕事。絶対に納期に間に合わせるつもりだ。


 幸いにもレベッカと話をしているうちに、彼女の人物像から大体の形は考えてあった。後はこの形を私が上手く忠太に伝えられるかにかかっている。


「今回は冠の形じゃなくてさ、ほらあの……カチューシャ? ヘアバンド? それともターバンだったっけ?」


 テーブルの上に簡単な図を描けるよう紙とペンを広げ、手当たり次第それっぽい物の名前をあげていったら、小首を傾げていた忠太がピンときてくれたらしい。スマホに素早く【もしかして ぼんねっと または ぼんね ですか まるい ひたいあて みたいな】と打ち込んでくれた。賢い。


「そうそれ! そのボンネットってやつの土台が売ってるの、前に見たことあるんだよ。あれに紅白の水引で縁を赤、真ん中の範囲の広い部分を白にしてさ。梅の吉祥型作って、それをサイドに飾るのはどう?」


 ちなみに最近私の中で水引細工のアクセサリーが流行っている。前まではただの祝儀袋についてる蝶々結びみたいな認識だったけど、フリマアプリのサイトで上手な人の作品を見て興味を持った。まだ作ったことはないけど、あの細い針金みたいな頼りないのが蝶や花に化けるのは面白い。


 話すうちに熱が入って、途中から忠太が知らないような単語を使ってしまったことに気付き、慌てて「ごめん、何言ってたか分かんなかったよな?」と尋れば、忠太は鬼のような早さで検索ページを開き、それを別枠で開いて流し読んでいた。


【だいじょうぶです まり だいたい わかりました でも はっそう わるくない ですけど かざり すくない】


 インテリなハツカネズミに見とれていると、検索履歴をサクッと消した忠太は、心配点まで言及してくれる。本当仕事の出来る相棒で助かるな。


「勿論それだけじゃなくて、ちょっとスマホ貸して――……あ、これこれ。こういう着物の端切れを使ったつまみ細工っていうやつで、小さな花の飾りを作ってつける。この前使ったコットンパールも散らそう。それならどうだ?」


 忠太に見せたのは舞妓さんがつけるつまみ細工の画像……ではなく、ウェディングドレスに合わせたものだ。フリマアプリで流行りを調べて、最近こういうのもあるのだと頭に入れておいて良かった。ネットの世界の職人達に感謝。


【なるほど これなら ごうか けんらん いいと おもいます ひとつ はなを つくれば ふくせい できますし】


 という建設的な考えを持つ忠太先生のお許しも出たところで、早速スマホでネットショッピングを開始。手間のかかるタイプの花を暗くなるまで練習し続け、やっと一つ納得のいくものが作れたところで一日目は終わった。


 二日目は昨日修得した形の物の色違いを二つ作り、新しい物を作る練習。前日で少しコツを掴んでいたのか、半日で違う形の花を作ることが出来た。


 三日目は忠太が花弁を折ってくれる速度が上がったので、ピンセットで直接忠太の手から受け取って、黙々と花の土台部分に着物の端切れで作った花弁を植え続けた。途中から段々色が派手になっていったけど、地がシンプルだから平気だろ。


 四日目は花もだいぶ作り貯め出来たので、張り付ける土台となるボンネットを作る作業に入った。水引は思っていたよりも固くて、ボンドで土台の生地に張り付けるのに苦戦。形がつくまで何度も扱き、やっと素直になったところで無事に張り付けることが出来た。試しに何輪か花をつけたら可愛かった。


 五日目は花の配置を考えながら土台に移植。白地に赤の縁線のボンネットは丹頂鶴みたいなのに、乗っける花はバラやウメ、キクにフジにクレマチスと、季節感も和洋の垣根もあったものでないほど奔放に咲き乱れる。


 六日目はしっかり全体を乾かして、重くなった土台がたわまないように補強。ネットで調べてみたら、コームだけでは止まらないので、両端にゴムで小さく輪を作った物を縫い付けろとあったからそうした。この輪にヘアピンを通すらしい。よく考えてあるものだ。


 ――そして、七日目。


 一週間前に引き取りに来ると指定されていた時間ぴったりに、レベッカはやって来た。今度は前回撒かれたお目付け役の従者の人も一緒に。とはいっても、単に雇主であるレベッカの親に頼まれて連いて来ただけの人っぽいので、私と忠太の工房には入れない。


「ご機嫌よう、マリ。今日までお披露目して下さらなかったからには、素晴らしい出来であることを期待しておりますわ」


「緊張させるようなことを言ってくれるね。でもまぁ、最善は尽くしたよ」


 入ってきて早々に居丈高な言葉を口にし、ツンと顎を上げて勝ち気に微笑むレベッカ。けれどその顔は、早く完成品を見たくてウズウズしているのだと分かる。そしてそれは私と忠太も同じだ。


【これをつけたら ひゃくにんりき です】


 テーブルの上にある完成品の入った箱の隣で、そう打ち込んだスマホの上に立った忠太が胸を張っている。箱の方が大きいからどれだけ胸を張っても威厳が出ないの、本当に可愛い。忠太の額を人差し指で撫でてから、隣の箱を手に取ってレベッカの前に差し出す。


 完成品は結構重たくなってしまったけど、貧相よりは豪華な方が良いよな? 地の水引がちょっとしか覗いてないのもご愛敬だ。けれど、レベッカは箱に視線を注ぐだけで蓋を開けてみようとはしない。仕方なく私が蓋を開けて中を見せた。


「これがレベッカご注文の〝二十も歳上の殿方に嫁ぐ女の子が、前を向いて観客に微笑みながらバージンロード歩けるボンネット〟だ。ティアラじゃないのは申し訳ないけどな。微調整がいるから一回つけてみてくれ」


 こちらとしては試作品をそのまま売るようなものだからそう言ったのだが、レベッカはゆっくりと首を横に振って「いいえ。その必要はなくてよ」と答えた。その瞬間背中を冷たい物が通り抜ける。


「げっ……ごめん。もしかしなくても気に入らなかった?」


「な、何でそうなりますの! こんなに綺麗な魔宝飾具は見たことがないわ。だから、当日までその魔法を取っておきたいのよ。これを頭に乗せてわたくしがバージンロードを歩いたら、きっと誰も憐憫の眼差しなど向けてこないわ」


 そう言って溜息をつきながら差し出したボンネットに触れるレベッカは、結婚式に憧れる夢見がちな女の子の目になった。出来ればどうか、この子の結婚相手が好い人でありますようにと願わずにはいられない。


「だけどこれではわたくしが身に付けている宝石だけでは足りないわね。せっかく知らない土地に向かうのだもの、余計な物は捨てていくことにするわ。この町には明日の朝十時まで宿に滞在する予定だから、その時に報酬を渡します」


「そっか。なら絶対に忠太と一緒に見送りに行くよ」


「ええ、是非来て頂戴」


 そうふわり、たおやかに微笑んだ彼女は、ボンネットの入った箱を大切そうに抱えて宿へと帰って行った。


 翌日私と忠太は前日の約束通り、出発時間の三十分前にレベッカの宿泊していた宿に到着したけれど、そこにはすでに彼女の影も形もなくて。宿の主人から、レベッカに良く似た特徴の女性が私達宛に預けていったという箱を受け取った。


 箱の中には〝戦って来るわ!〟とだけ書かれた紙と、無数の宝石が納められていて。その足でエドの店に行って一番小さな宝石の鑑定を頼んだら、とんでもない金額になってしまったので、エドの薦めで超頑丈な金庫を一つ購入した。


【まり だいじょうぶ れべっか きっと しょうぶに かちます】


「……だな」


【かのじょは いくさおとめ だれにも まけない】


「うん。レベッカならきっと勝つさ。可愛いは正義だからな」


 あの子は誇り高い戦乙女。私達は、そんな戦士の勝利を願う魔宝飾具師だ。


***


  ――なんてほんの少し感傷的な気分になる仕事から二週間後。


 遮光カーテンなんて便利な物がないこの世界では、夏の太陽が昇ったらもう眠っていられない。常なら強制的に眠りから叩き起こされ、ベッドから降りてあくびを噛み殺しながら、外の井戸まで顔を洗いに行くのだが――。


「……手紙だ」


 今朝は少し勝手が違った。玄関のドアを開けようとしてふと靴で何か踏んだ気がして視線を下げたら、ドアの下から何か覗いていて。それが手紙これだった。差出人は書いていないものの、宛名は間違いなくこの場所の住所と私の名前になっている。悪戯の線はないかと考えたものの、そんな面倒な遊びをしに来る人物に心当たりはない。


 ただ問題なのは封筒の高級そうな手触りと、こういうの百均でも見たことあるけど、これはきっと本物なんだろうなという封蝋? とかいうやつが捺されているのが気になる。ドアが開く音がしないことに気付いた忠太が、寝惚けた様子で胸ポケットから顔を出した。直後。


【このてがみ れべっかの におい しますね】


 ひくひくとヒゲを動かしてそう言うと、また眠気に負けたのか、ポケットの中に沈んでいった。


「ん……顔洗お」


 まずはたぶん、それからだろう。

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