第25話 一人と一匹、ちょっと親身になる。

「いや……それはもう魔宝飾具師の仕事じゃなくて、呪術師の仕事じゃないか?」


 思わず本音が出た。開いたドアから半分だけ覗いたその若草色の瞳から発される目力に、若干身体が後ろに引いてしまう。


 いつの間にテーブルから降りて来たのか、忠太が私の肩口までよじ登ってきて、ドアの向こうの彼女を警戒するようにチチッと鳴いた。初めて聞く鳴き声は見た目通りのネズミ言葉だ。予想はついてたのに新鮮に感じる。

 

「どちら様か知らないけど、ひとまず中に入ってくれ。それでちゃんと話を聞かせて。いきなり来た挙げ句その説明だけされても、こっちはさっぱり理解が出来ない。ただし依頼を受けるか受けないかは分からないぞ」


 先にそう釘を刺してからドアの前から退いて入ってくるよう促すと、少し落ち着いたのか、無言で頷いて素直に室内に入ってくる。物珍しそうに壁際の私達が作った家具を見つめる謎の女性は、明らかにこの世界に転生してから見てきた人達の中で一番金持ちだ。


 淡い水色のドレスは軽そうな生地なのに透けないし、胸元のブローチには大きな宝石。それとお揃いの宝石で作ってある耳飾り。ドアに挟んだせいかちょっと汚れてるけど、白いローファーっぽい靴も最先端風。漫画みたいな金色の縦ロールも初めて見た。


 出来れば身の丈に合わない依頼は受けたくないから、一応話を聞いてから無難に断り文句を並べて帰ってもらおう。そう内心考えつつ「作業中だったからテーブルの上が散らかってて悪いけど。座れば?」とわざとぶっきらぼうに告げてみる。


 彼女は一瞬こちらの対応に怯んだようだが、結局片方の椅子に腰をおろした。来客のこととかあんまり考えてなかったけど、椅子を二脚買っておいて良かった。次いで私も向かい合う形で腰をおろす。


「じゃあ、まぁ改めて自己紹介でも。私が〝あばら家の職人のマリ〟で、こっちが相棒の忠太ね。あんたの名前は?」


「わ、わたくしは……ただのレベッカよ」


「了解、ただのレベッカ。そう堅くならないでも良い。この通りのあばら家だ。誰もあんたを攻撃したりしない」


 明らかに訳ありな良いとこのお嬢さんだ。コンペの時にも感じた面倒事の気配に薄く微笑みを張り付ける。皮肉っぽくなったのはお互い様だが――。


「さっきはあばら家だなんて言って悪かったわ。狭いけど良い工房ね」


「それはどうも。あー……で、レベッカは本当は何をお求めなんだ?」


 意外に素直で拍子抜けした。というのも、その表情には嘲りも卑屈さもなくて、テーブルの上にある新しい作品に注がれる視線は年頃の女の子らしく、まだ知らないアクセサリーに華やぐものだったからだ――が。


「わたくしを捨てたあのボンクラ婚約者が種無しになるか、式の最中に泣いて縋ってくるか、取り巻き連中共々、死んだ方がマシというくらい酷い目に合うようなティアラを一つ、作って頂戴」


 ……どうやらそこは絶対事項らしい。揺るぎない殺意というか、一瞬落ち着いていた狂気が再燃してしまった。私の肩からテーブルにおりた忠太が【まり このひと こわい】とスマホに打ち込む。その頭を撫でて「忠太のことは私が守ってやるよ」と宥めていたら、レベッカが凄まじい視線で睨んでくる。


 無駄話をする間が惜しいのだろう。だとしたらよっぽど厳しい納期指定が考えられる。このまま忠太を構っているうちに、怒って席を立ってくれても良いんだけど……招いておいて話を聞かないのも駄目かと思い直し、腹をくくって「続けて」と言うに留めた。


「報酬はいくらでも……では、ありませんけど。今わたくしが身に付けている宝石を全部差し上げますわ。ですから!」


 ダンッと急に語気も荒くテーブルを叩いたかと思うと、レベッカは何かしら記憶の中に残る屈辱を思い出してか、縦ロールを振り乱して続く言葉を叫んだ。


「どうかあの女を選んだ挙げ句に一方的な婚約破棄をして、それに飽きたらず嘘の噂を吹聴して貶め、実家からも遺棄同然に二十も歳上の殿方に嫁ぐわたくしに、前を向いて観客に微笑みながらバージンロード歩けるような……そんなティアラを作って下さいませ!!」


 お育ちの良さからか息が切れたらしいレベッカは、その後すぐにテーブルに突っ伏したまま、肩で息をつき始めた。そんな彼女の話を聞いた忠太が【ひさん すぎます ね】と打ち込み、こちらを窺うように見上げてくる。


「うん。それは確かに呪いたくもなるな。でもさ、レベッカだって種無しの呪いがかかったティアラを結婚式につけたくないだろ?」


「あわよくばお相手にもそうなって頂きたく……」


「成程。それも分からなくもないけど、相手とは会ったことあるのか?」


「いいえ、ありませんわ。式の当日に初めて会うことになっております。ずっと仕事一筋で婚期を逃した方だとしか聞いてませんの」


 これは同情に値する。現に忠太も【そんな ばくちにも ほどがある】と、小さな肩(?)を落としてすっかりしょげていた。忠太が落ち込む姿は相変わらずの不憫可愛さだ。しかし――。


「貴族社会ってエグいな」


「エグいんですのよ」


「レベッカ可哀想だな」


「わたくし可哀想ですのよ」


 派手な美人なのに鸚鵡返しをしてくれるノリの良さが好印象。一方の言葉だけを聞いて物事を決めつけるのは良くないことだと知っている。


 それでも元の婚約者の方にかなり悪印象を持ってしまえる程には、私はこのレベッカという人物が気に入った。


「レベッカ可愛いのにな」


「そう、わたくしかわ――……わ、わたくしが可愛いですの? マリの目は大丈夫なの?」


「言われたことないのか? まぁあんたの場合可愛いってよりは綺麗だけど」


「気が強くて高飛車で可愛げの欠片もないとはよく言われましたわ」


「そう? 私は気が強くて高飛車で可愛いと思うけど。そんなこと言ってくる下半身クズなんて、ぶん殴ってやれば良かったのに」


 本当は股間を蹴り上げて使い物にならなくしてやれ、と言いかけたがそこは飲み込んだ。気が強くてもお嬢だしなと思っていたら、レベッカはほんの少し唇の端を持ち上げて。


「そのくらい当然でしてよ。むしろぶん殴った後に蹴りも見舞ったから、二十も歳上の殿方に嫁ぐんですもの。ティアラは追加制裁分ですわ」


 フンッと鼻息荒くそう言ったレベッカに「良し乗った」【やりましょう】と、一人と一匹で快諾の言葉をかけたのは言うまでもない。

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