第24話 一人と一匹、鬼女とご対面。

 ちょっと気泡が入った歪んだ窓ガラスの外に見える白に近い八月の陽射し。湿気がなくて蝉が鳴いていないというだけで、夏はここまで気持ちの良い季節なのかと思えるそんな午後。


「最近オプションのおかげでだいぶ雑貨の製作も楽になってきたよな……」


【ですね これも まりの おかげ】


「それを言うなら忠太のおかげだろ。この前の大会だって、忠太が出るべきだって背中を押してくれてなかったら出てなかった」


【こなやの かのじょの おかげでも あります】


「うん。まさか顧客満足度までポイントに換算されるとは思ってなかった」


【ねっとも くちこみ あります いいひょうか もらうと うれゆき よくなる あれと げんりは おなじ】


 一人と一匹でのんびりとテーブルに向かい、私は試作品のレジンアクセサリーのバリを取り除きつつ、忠太は新作のビーズを編みアクセサリーに取りかかりながら、この転生してからの三ヶ月と少しについて思いを馳せた。


 あの大会があった日の夜、疲れ果てて眠ろうとしていた矢先にスマホの通知が鳴りまくって。相手が駄神だと分かっていても流石に尋常じゃない通知だったので、忠太と一緒に恐々メッセージを開いてみたら、六件からなるオプションの通知が届いていた。


 ポイントの内訳は売上額の第三と第四目標を越えたからと、称号の駆け出しハンドクラフターとしての知名度と注目度の上昇、あとはさっき忠太が触れたように〝顧客満足度〟だ。これが思っていたより評価が大きかった。


 エドの店に来てくれる子のほとんどは御守りアミュレット的な物を求めているけど、粉屋のエリンのおかげでティアラを注文しに来てくれる子もチラホラ。ただティアラを作るのは結構骨なので完全受注生産だ。相手の要望に添えるよう、最低でも三週間は前に注文してくれるよう頼んである。


 おかげで今の私達は一度作った物に限って言えば、結構製作に余裕が持てている。そのおかげで新しい物を作ってみようとなるのは自然なことだと思う。


 現在私達が持っているオプションは、


 素材コピー初級☆6(一日十八回まで。簡単な造形に限る)

 一度作ったアイテムの複製☆7(一日二十一個まで。レアアイテム品は不可)

 レアアイテム拾得率の上昇。☆5

 体力強化(体調不良時に微回復)☆2

 手作り商品を売るフリマアプリで新着に三十分居座り続けられる。☆

 

 ――といった感じだ。


 やっとアイテムや複製の他にポイントを振り分けられるようになったところ。でもそのおかげで今の私達は一度作った物に限って言えば、結構製作に余裕が持てている。浮いた時間で新しい物を作ってみようとなるのは自然なことだ。


 体力強化がどの程度のものなのかは分からないけど、忠太が強く進めるので選んだ。確かにこっちの世界だと医者にかかる金って凄そうだもんな。


「そういえばさ、忠太のレース編みアクセサリー好評だよな。涼しそうで綺麗だし。何で評価がつかないのか不思議なんだけど」


【それを いうなら まりのも きれいなのに ない】


「私のはなくて当たり前なんだよ。昨日今日始めた私が、フリマアプリの猛者達に敵うはずない。絶対無理。今やってるこれだって、動画を観て何回も失敗してようやく形になったんだ。あの動画を撮った人達は作りながら説明出来て、おまけに無料で技術を教えてくれるんだから、本当に凄いよ」


 忠太の恐れを知らない発言に返しつつ、赤いマニキュアを使って染めたレジンのバリをヤスリで削る。夏場はレジンアクセサリー作りにもってこいの季節だから、延々型にレジンとパーツを流し込んで量産しているのだ。


 マニキュアを盛って表面をふっくらさせた赤いペンダントは、なかなかの見映え。中に閉じ込めた小さな金と銀の歯車が可愛らしい。今はこうやって新しく作り方を覚えた出来の良い物と、最初の頃に作った珍しいから手に・・・・・・・取ってもらえた・・・・・・・物を差し替えていっている。


 レアアイテムを使っていないこれなら複製も出来るし、静電気程度の魔力も付与されているから、お客にとっても損にはならない……はず。


 そもそも魔法が使える人ってほんの一握りだとかで、この町だと魔宝飾具師の職人でしか見たことがない。それに彼等にしても魔力を封じた宝飾品を作れるというだけで、自身の魔力を使って魔法を使えるわけではないらしい――というのは、オプションで得た知識の受け売りだ。


 このおかげで〝え、魔法って皆使えないものなの?〟という恥ずかしい質問を人にしないですんでいる。こういう田舎町で魔法が使える人が出ると、大抵王都に行ってしまうらしい。精霊の存在と魔法が存在するファンタジー世界でも、やっぱりそういう縛りはあるみたい。


 だからこの世界に魔法があるんだという実感が欲しいなら、王都を目指すべきなんだろう。私は興味がないから行かないけど。今のまま、ここで忠太と一緒に平和に暮らしていられたら良い。


 のんびりと次のレジンへと手を伸ばしたその時、家のドアを誰かがノックした。しかし今日来客の予定はない。どうする? と忠太と顔を見合わせるも、ドアの向こうの誰かがノックを止める気配はない。


 仕方がないので作業を中断して忠太をテーブルに残し、ドアに向かう。申し訳程度の鍵を開けて開こうとした……瞬間、ドアの隙間からピンクのマニキュアを塗った華奢な指と、豪華な靴の爪先が入ってきて。


「このあばら家に〝願いの叶う冠〟を作ってくれる職人がいると聞いたわ。貴方がその職人ね?」


 高く澄んだ女性の声であるのに異様な圧を感じさせる相手は、こっちがドアを閉められなくなっていることを確認し、ギイイィィ……と無理矢理開いたドアの向こうから顔を覗かせたけど。


「貴方に依頼したいの。わたくしを捨てたことで種無しになるか、式の最中に泣いて縋ってくるか、取り巻き連中共々、死んだ方がマシというくらい酷い目に合うようなティアラを一つ、作って頂戴」


 ――そこに立っていたのは、かなり美人な鬼女だった。

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