第23話 一人と一匹、麦の冠と粉屋の娘。

 忠太と一緒に材料を採取に行き、勢いに乗ってデザインを固めてからは、もう毎日がトライ&エラー。エドが作業期間中は店のあずま袋の予約や、アクセサリーの注文を控えてくれたけど、それでも準備時間はカツカツ。


 レティーが気を利かせて屋台の食事を買って届けてくれたこともあり、ほぼほぼ家から出ないで缶詰状態。それでも不思議と辛くはなくて、失敗作がテーブルの上に積み上がっても楽しかった。


 たぶん他の職人見習い達もそうなんだろうなと忠太と話しながら、始めは長く取りすぎではと思っていた大会までの二週間も、いつの間にかあっさり使いきって。気が付けばもう今日が大会当日という時間のポケット現象だ。


「お前達は今日まで良く頑張った! 今回が駄目でも落ち込むなよ」


「お父さん、まだ結果発表どころかモデルさん達も全員出てきてないの。それなのにいきなり落選してるって決めつけないでよ」


「あ、おお、そうだなレティー。父さんが間違ってた。お前達なら大丈夫だ!」


「うわぁ……掌返すの早すぎだろエド。自分ってものがないのか?」


【そういうの としごろの むすめに きらわれる よみました】


「お前らオレに辛辣すぎないか? なぁ?」


 そんなことを話しながら、他の観客に混じって職人通りに用意された特設ステージを見上げる。周辺には食べ物の出店も出ているからそっちに流れる人もいて、本当にお祭り扱いなことが分かる。宝飾に興味はなくても食べ物にあるという状況で、花より団子という言葉を思い出した。


 ステージ上では動くマネキンよろしく、花嫁衣装に身を包んだモデルっぽい人達が観客達に向かって、様々な角度からティアラを見せている。ちなみにこのコンペに出す作品には、どこの工房の誰が作ったかは、出場者達にも分からない。唯一分かるのは自分の作品のみだ。


 金品で票を買うといった不正をされないようにとのことらしい。それはまぁ納得なんだけど、だからといって不正が金品の授与だけだと思ったら大間違いだ。


 恐らくだけど、自分の工房から見習いを出している大きめのところは、お金を積んで綺麗なモデルを回してもらっている。やっかみとかではなくて。ティアラの宝飾が煌びやかなところは、工房にそれだけの財力があるところ。そしてそんな見映えの良いティアラをつけているのは、決まって美女モデルだ。


 とはいえ、もうここまでの二週間で出し切れるだけの力を出し切ったから、これで優勝を逃してもあんまり悔しくない。むしろそういった違いを見比べて楽しむのも悪くないだろう。


 周囲を見回してみると、地味なティアラをつけているのは小さい工房だろうか。モデルも純朴そうな子が多い。


 そして少数ながら変わり種のティアラをつけているのは、明らかに一般の農家の子っぽい女の子達。たぶんあの子達は外部からコンペに参加した、私達のような野良職人のモデルだ。きっとこの町の子達なんだろうな。家族らしき人達が周りで褒めているのは微笑ましい。


 その中でも特に日に焼けたソバカス顔と、羊の綿毛みたいな癖毛の女の子の頭には、大麦の冠が乗せられている。本人はニコニコ顔でつけてくれているから、気に入ってくれたのだろう。良く似合っている。


【まりのつくった かんむり かぶってる あのこ うれしそう】


「忠太にもそう見えるか?」


【はい とても ほこらしい】


「そうだよな。あんなに嬉しそうにしてくれると、結婚式とか全然興味がない私でも悪くないと思えるよ」


【すこし きょうみ でました】


「ちょっとだけな。前がマイナスで、今が十くらい」


 忠太と軽口を叩いている間にステージの準備が整ったようで、どこからか音楽が流れてきた。エドはこの催しに外から旅芸人なども呼ぶと言っていたので、たぶんそれだろう。曲につられて後ろの出店から戻ってくる人達もチラホラ。


 しかし、戻って来た者達の中にエドとレティー親子もちゃっかり混じっていた。手には肉串と甘く煮たナツメグを刺した串を持っている。でも一本ずつ串を献上してくれたので許すことにした。


 ――――四時間後。


 ステージの上では煌びやかなティアラをつけた美女が、製作者である職人に大きな花束と賞金の入った袋を手渡している。まぁ、分かっていたけどコンペは予想通りの幕切れ。


 けど予想と違ったのは私も外部参加者の部門で入賞し、賞金の銀貨一枚と、副賞の薪一年分をもらえたことだろうか。ガスがない世界だと薪は必須だ。最近は風呂を二日に一回は沸かすから地味に薪の消費量に頭を悩ませていたので嬉しい。


 だからそう思って、会場からの帰り道に「結果は残念だったけど、私の作った物で嬉しそうな顔も見られたから満足だよ。この催し物教えてくれてありがとな、エド」と伝えたら、いきなりエドが地面に膝をついた。


「マリ、お、お前って奴はぁ! その冠はオレがお前の言い値で買い取る! 幾らでも言ってみろ!」


「ええ……何だよ急に男泣きって……歳で涙腺弱ってるのか? 大丈夫?」


「ごめんねマリ。うちのお父さん、一回懐に入れた人にはすぐこうなっちゃうの。面倒くさいでしょ?」


 レティーの容赦ない一言に苦笑していたら、胸ポケットの忠太は【なくと すとれす へる なかせると いい】と、医療視点からのコメントをくれた。文面だけだとただの塩対応にしか見えないけど。


 その場で立ち往生していたら、背後から「あの! そこの麦の冠を持ってる職人さん!!」と呼ばれて、思わず条件反射で振り返ってしまった。振り向いた先に立っていたのは――。


「ああ、今日これつけてくれてた……どちら様だっけ?」


「わたし、粉屋の娘でエリンと言います。それであの、その冠、とっても気に入ってしまって! お見合いのお話は頂いたんですが、この顔と髪だし……まだ決まってないんです。でも今回が駄目でも、いつかそれをつけて結婚式がしたいなぁって。売り物で買い手がまだ決まっていないのなら、私に売ってもらえませんか?」


 会場になった通りを走って探していたのだろうか。息が上がって、髪も乱れている。胸の前で組まれた手も、小麦の袋を運んだりしているんだろうか、肉刺と手荒れが目立つ。


「あー……エド?」


「馬鹿かマリ。オレのことは気にすんな。決めんのはお前だろぉ……」


 こっちはこっちでまだ泣いてるし。レティーが「じゃあ今日はここで解散! またね、マリ、チュータ」と言い残し、問答無用でエドを引っ張って店の方角に去っていった。逞しい。


 でもそうだよな。ただの直感だけど、この冠をかぶってあれ以上に似合う人は、きっとこの先現れない。胸ポケットにいる忠太を見下ろしても、頷いて同意を示してくれた。


「それじゃあ……小金貨一枚と、銀貨一枚で良ければお売りさせて頂きます」


 二週間の売上げがしめて一万五千円なのは苦しいけど、それでも全身で嬉しいオーラを発してくれる相手がいるのは、悪くないなと思っている自分がいて。


 大興奮した彼女が冠を受け取る際に手渡してくれた金額が、小金貨三枚になっていたことに驚いていたら「これ以上安くは買えません!!」と言い切られ、返そうとしたら走って逃げられた。


 けれどそれから僅か三日後。


 エリンが隣町から祭りを見に来ていた見合い相手の商家の息子に見初められ、婚約。後日エリンと彼女を見初めた青年から追加で白金貨一枚を送られ、麦の冠の最終価格は十三万円になり。


 さらに一週間後に電撃挙式をあげた二人の式で、友人達に〝どうやって恋に落ちたの?(意訳)〟と訊かれたエリンが発した〝この冠のおかげでわたし達、運命的な出逢いをしました!(意訳)〟発言のせいで、コンペで薪一年分と銀貨一枚に満足していた私と忠太は、職人通りの見習い達の間で生ける伝説となった。

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