第22話 一人と一匹、デザインを練る。
ロビンの教えてくれた遺跡は子供でも行けるほど安全とのことだったので、昼食や水なんかの最低限必要な準備だけ整えて町を出た。胸ポケットに忠太、背中にどこか知らない学校の校章入り指定リュックという出で立ちだ。課外授業かな?
まぁ何にしても、森の小屋にいる間に貯め込んでいたアイテムも底を尽きかけていたし、ちょうど採取をするには良い頃合いだった。たとえ忠太が若干ロビンのことで拗ねていてもだ。
現在本筋になっている街道から少し逸れ、私達が最初の拠点としていたネクトルの森と正反対に旧街道沿いを歩くこと一時間。町の人間が〝トライド遺跡〟と呼ぶ廃墟に辿り着いた。パッと見た感じだと小さい神殿跡地っぽい。遺跡の跡って全部マチュピチュ感があるとか思ってしまうのは、私に学がないからだろうね。
取り敢えず木陰に座ってひとまず休憩。この世界の医療体制がどうなってるのか分からないので、体調管理はとても重要だ。異世界転生しました、熱中症で死にましたでは格好が悪すぎる。
リュックの中から自分用と忠太用の飲み物と昼食を取り出し、パサついたパンに香辛料の効いた肉を挟んだものにかぶりつく。一日中手許を見つめて何かを作っていると、緑が目に染みる。
一瞬気が緩んで眠気が忍び寄ってきたものの、ふとこの頃気になっていることを思い出して、食後のヒゲ繕い中のハツカネズミな相棒に聞いてみることにした。
「なぁ忠太、私ってもしかして夜に徘徊してたりする?」
【 いいえ なぜ】
「そっか。いやな、最近知らない間にあずま袋の完成品が増えてるんだよな。寝落ちする前に作った枚数より多かったりしてさ。忠太は毎日籠で寝てるのに朝になったら私の顔の近くで丸まってるだろ? だから何か知らないかと思って」
【わたしは さびしいから かごから いどう するだけ まりは きっと むいしき しごとしてる】
「ハハッ、まさかそんな超人的な理由だったりしないだろ。でもま、寝惚けてるにしてもおかしな動きを取ってないなら良いか。それよりも――、と」
そこで言葉を切り、ヒゲの手入れを終えて油断していた忠太を抱き上げる。食後でやや丸くなったお腹を凹ませて抵抗するその鼻先をつついて「寂しいかったのか、忠太」とからかい混じりに問えば、真っ白なハツカネズミは素直にコクンと小さく頷いた。いや……可愛いな?
続けるからかい言葉を考えていなかった私は「そっか、ごめんな」と謝罪するに留め、忠太も許してくれたところで採取を開始。
子供でも来られる遺跡とあって、目ぼしい物は粗方取り尽くされていたものの、それでも遺跡の隙間から伸びている植物の種子や、乾かせば使えそうな花の萼や鳥の羽根なんかを拾っていく。試しに気になった手近な石を割ってみたら、案外内側が綺麗な青色をしていた。
ちなみに人の目とネズミの目を使って採取をしながら交わす会話も、決して無駄ではない。関係なさそうな会話からデザインの構想が出てきたりもする。
【まりは けっこんしき どんなふうが いい】
「知らないのか忠太。結婚は人生の墓場なんだぞ。結婚式はその入口だ」
【まって まり たとえばの はなし たいかい ぜんひてい だめ】
時々会話の内容を私が茶化しても、作業中でも見えるように地面に直置きしたスマホ画面に、忠太が冷静なフリック入力を決める。そうするとこっちも真剣に答える必要が発生するため、作業の手を止めて考えるのだ。
「うーん、急に言われても。正直結婚なんてものがそもそもイメージ的に漠然としてるし。ただまぁ、そうだなー……前世で見たライスシャワーって言うのが印象的だった。食べられる物を撒くのかよ、勿体ないなって」
我ながら小学生男児でももう少しまともな感想を言いそうなものだと、口にしてから思う。でもあれは絶対に勿体ない。それとも食べられない品種なんだろうか、などと考えていたら、忠太がトトトッと軽快に打ち込む。
【なら たべもの みにつければ いいのでは】
「忠太はさ、発想が素直すぎないか? 別に私は頭におにぎりを乗せたいわけじゃないぞ。第一パンが主食なこっちで米は作ってないだろ」
【だったら むぎ こむぎだと ちいさい から おおむぎ つかう どう】
「それをティアラに? まぁ確かに蕀とか月桂樹の冠は知ってるけど、大麦の冠か。じゃあさ、台座はアプリで前に見た山ブドウの蔓でリースを作ってみる?」
【かざりは むぎほを つかう とか】
「だったら大麦の稲穂部分をバラして、レジンでコーティングした本物の大麦の穂と、コットンパールなんかを交互に配置して、八角とか小さい松ぼっくりも可愛いよな。あとは……同じようにコーティングしたドライフラワーで飾るとか」
【ほうじょう かんじる みため よき】
「ああ、そっか待って、ちょっと花言葉調べてみるから……と。どれどれ、富、希望、繁栄、豊作か。うん、大丈夫っぽい。むしろぴったりだな。実りのある結婚。良いんじゃないか?」
気乗りはしていなかったはずなのに一度案が出てくると、パズルのピースが景気よくはまっていくみたいに、どんどん頭の中で形が出来上がっていく。最初から乗り気の忠太に至っては出力全開で。
遺跡の隙間に顔を突っ込んだり、穴を掘ったり。人間なら子供だって無理だろうという場所に潜り、白い毛並みが土で汚れるのも構わず奮闘してくれた忠太のおかげで、町に帰る頃には珍しい植物や石でリュックの中がパンパンになっていた。
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