第17話 一人と一匹、お説教される。

 ドアを開けるなり開口一番「今そこで不動産屋に会ったが、お前達ちゃんと質問とか出来たか?」と言うエドに、ついさっきまでの説明風景を思い出して曖昧に頷くと、疑いの眼差しを向けられた。


「やっぱり何も質問してないのか……まぁ、説明の時に一緒にいてやれなかったオレが悪いな。すまん。お前達の荷物を積んできた荷馬車を返すのにちょっと時間がかかりすぎた。家賃のことや何かで聞き忘れがあったら、また後で契約内容の確認に連れてってやるよ」


 まだ何も家具らしい家具のない家に招き入れた直後そんなことを言われ、少し驚いた。大人らしい対応をされるのも、子供扱いされるのも新鮮すぎて思わず宇宙猫になってしまう。忠太も【きづかいのひと だと】と打ち込んだきり、ヒゲの動きを停止させている。


「おーい、コラ、聞いてっか?」


「〝あ、ああ……聞いてる聞いてる。今のところさっきの人の説明で大体分かったから大丈夫だ。でもまぁ、気にかけてくれて助かるよ〟」

 

「おう、そうかい。なら良いんだ。あとこれは取り急ぎオレとレティーからの引っ越し祝いな。うちで一番人気の紅茶と、すぐ飲めるようにティーセットだ」


「〝ん? ああ、うん?〟」


 受け取った引っ越し祝いは蕎麦ではなく、宣言通りの紅茶とティーポットとカップが二客。テーブルや椅子といった家具より先にティーセットが揃うという謎現象に、本日二度目の宇宙猫になった。


 いや、ありがたいはありがたいけど……これをどうしろと? 頼りの忠太を見てもさっきとは違う意味合いで機能停止をしている。だよなぁ。何か一つ惜しい。


「それと手配しといた風呂と暖炉の修繕人がもうすぐ来るはずだ。結構長く空家だったんで、多少の傷みは勘弁してくれ。どのみち今日中には直らんだろうし、直るまでは大衆浴場に行くかうちに来い」


「〝あー……いや……風呂は夏場だから井戸水で身体を流すから良いけど、悪いな、何から何まで世話になる〟」


「馬鹿言え。それはこっちの台詞だろうが。勝手に手配して悪かったな。本当なら買い物がしやすいように、もっと町に近い場所が借りれたら良かったんだが」


 ふとそこでエドの声のトーンが落ち、言葉の歯切れが悪くなった。するとすかさず忠太が【よそもの いえ かりれるだけ うれしい】とスマホに打ち込み、私もその文面に頷いた。人の多い都会ならいざ知らず、長閑な田舎町だと色々警戒されることがあるものだ。


 町の人間に警戒を解かせるにはそれに応じた働きを見せることになるだろう。今のところどうにも純粋にエドは私達を心配してくれているようだし、だったらエドとレティー親子の顔に泥を塗らないようにしないとな。


「〝風呂と言えばさ、ここの家の風呂は俺の住んでた土地に近い造りなんだけど、この辺りの家はみんなこの造りなのか?〟」


「いいや。どっちかって言うとこの辺りだとかけ流しが普通だ。浸かるとしても精々腰湯くらいまでだな。大衆浴場も変わらんぞ。毎日風呂のために水を大量に汲むのも沸かすのも面倒だからな」


 だったらこの家にいた元の住人は、ここの出身者ではない可能性が高い。同じような風呂の文化がある国からの人間が残してくれた家に感謝だ。そして絶対に大衆浴場には行かないと今決めた。私は疲れた一日の終わりには肩まで湯船派なのだ。


 こちらの考えを読んだわけではないだろうが、エドが「確か噂だとこの家の前の持ち主も、他国の出身だったらしいぞ。うちの町はそんなによそから魅力的な場所にでもあるのかね?」と言った。


 一瞬だけあの適当駄目神が脳裏を掠めるも、面倒なので気のせいだということにしておく。触らぬ神に祟りなしだ。ちらりと肩を見れば、忠太も小さく、けれどしきりに頷いていた。忠太の場合はあれが上司だと思うと気の毒極まる。

 

「ま、何にしてもまずは荷解きが先だろ。今日はもう店を閉めてきたからな。折りたたみの家具や木材みたいな重いもんはオレに任せろ」


「〝気持ちはありがたいけど、流石にそこまではしてもらえないって〟」


「だーかーら、ガキがいちいち遠慮するもんじゃない。こっちは長年店の棚降ろしで慣れてんだよ。それに今日お前達が引っ越して来るのはレティーも知ってるんだ。学校が終わったら飛んでくるぞ」


【はしゃいで かたづけ むりになるやつ】


「そうだチュータ。分かってるじゃないか。ほら、マリ。お前もそうなったら困るんじゃないのか?」


「〝困ると言えば困るけどさ……手伝いを強要するのはまぁ分かるけど、手伝わせろって強要されたのは初めてだなぁ〟」


「細かいことは気にすんな。さっさと片付けちまおうぜ」


 そう言うが早いか、エドが腕まくりをして入口脇に立てかけてあった木材を抱えたので、私と忠太も慌ててティーセットを暖炉の上に置き、着替えや貴重品の入った箱を片付ける準備に取りかかる羽目になった。


 ――で、それから約二時間後。途中で修理屋が出入りする場面はあったものの、元々ほとんど荷物のない私達の引っ越しは完了してしまったわけだが、持ち物の半分以上はコピーして貯めた木材だったこともあり、全部を物置に運び込んでしまうと見事に何もない空間が出来上がった。


 生前のアパートでもここよりは物があったと思う。森の小屋から始まって、町の近くに居を構えるレベルアップはしたものの、所持品ロストで強制的に流行りのミニマリスト生活二度目に突入。ハードモードな無理ゲーかな?


 風呂と暖炉も思っていたよりは無事だったけれど、エドの見立て通り三日から四日ほど修理にかかるらしい。さてどうしたものかとぼんやり考えていたら、同じ光景を見ていたエドが重い溜息をついて。


「想像以上に侘しいな……ベッドも敷物もテーブルも椅子も、何にもねぇぞ。お前、いったい今までどうやって生活してたんだ? 悪いことは言わん。せめてベッドとテーブルが揃うまではうちに泊まれ」


 エドの口から一児の父親らしい保護者ムーブをかまされてしまったのだった。

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