第18話 一人と一匹、秘密(?)がバレる。

 ――引っ越し翌日。


 前世から〝知り合いの家に泊まる〟的なイベントは一切体験したことがないのも手伝い、現在寝不足気味の目をショボつかせて朝食の席に呼ばれている。


「〝えーと……それじゃあひとまず出来上がってる分な。この金額で買えるベッドとテーブルセットがあれば良いけど〟」


 持ってきていた荷物の中からアクセサリーとあずま袋を出し、エドがそれらを鑑定して引き換えに金を寄越す。昨日チラッと店先を見たら〝あずま袋入荷待ち〟という紙が張り出されていた。何度か張り直した跡があって悪いことしたなと思う。


「まぁ今からレティーがお前を連れて行く中古市なら、多少脚のがたつきや表面の傷に目を瞑ればあるだろ。購入したら別料金で配達もしてくれるはずだ」


「〝配達ってどれくらいかかるものなんだ? 相場を知っておきたい〟」


「距離や重さにもよるが、小銀貨一枚から三枚ってとこだな。同じ店で商品を購入したら多少やすくなる。それ以上ふっかけてきたらあんまり良い店とは言えん」


「〝分かった。その時は止めとく〟」


 本当は昨夜スマホのフリマアプリで中古品を注文しようかと思ったけど、考えてみれば売ってる物は全部職人の手作りな世界で、前世のお値段通り、もしくは以下の家具を買うのは、かえって金が勿体ない気がした。駄目なとこは修繕して使えば良いだろうってことで。


 私が出されたパンと珈琲を口にする横では、レティーに観察されながら忠太がやや居心地悪そうに食事をとっている。生のシル○ニアが物を食べている場面を見逃す女子はいない。目を輝かせて「チュータ、次はこれを食べて」と注文をつけられ、顔の大きさくらいのブドウの粒を持たされていた。


 片手でブドウを持って皮を剥くには手が小さすぎる。どうするのかと思っていたら、げっ歯類の武器、前歯を使ってバナナを剥くみたいに皮を剥き、露になった透ける薄緑の果肉に歯を立てていく。


 鼻先と口周りがブドウの紫色に染まって可愛い。ヒゲに蜜が伝う感覚が嫌なのか、顔を洗って顔面を紫色に染める忠太。不憫可愛い。その姿にメロメロになったレティーが悶えていた。


「あのな、マリ。そんなに慌てて家財を揃えなくたってな、オレは別に昨日の今日でお前達に出ていけとは言わんぞ?」


「〝ん? ああ……借りは最小限にしときたいんだよ。あんたと俺は商人と職人の関係だ。もたれかかりすぎると依存になるだろ〟」


 ――なんて格好をつけて言ってみたが、勿論そんな高尚な理由じゃない。単に着替えやら風呂を借りるのに気をつける必要があって心が休まらないからである。胸を潰す和装用のブラをしっぱなしで寝るのは、それほど胸がなかろうが拷問だ。忠太も昨夜からこの状態だし。


 こちらの視線の先を見たエドが一瞬頬をひきつらせてから苦笑して、それ以上この話を続けることはなかった。


***


 朝食後エドは仕事なので学校が休みのレティーに町の案内を頼み、月に四回催されている中古市というのに連れてきてもらっているんだけど――。


「マリ、チュータ、こっちよこっち! 掘り出し物の匂いがするの!」


「〝レティー、分かったから前を見て歩けよ。あと案内人が先々行くなってば〟」


 人混みの中をピョコピョコと浮き沈みするレティーの頭を見失わないよう、何とか慣れない道を人を避けながら追いかける。時々スマホから流れる、言語翻訳機能アプリを使った私の人工音声に驚く人もいた。


 いつかはこっちの世界の言葉を憶えないといけないと思いつつ、未だにエドとの商談に使う数字しか読めない。ここでレティーとはぐれたり、スマホと忠太を落としたら詰む。初めての海外旅行でパスポートを盗られるくらいの恐ろしさだ。


 つい胸ポケットに入っているスマホと忠太に手をあてると、こちらの不安を察したように忠太が、揺れるポケットの中で【だいじょうぶ ぬすまれそう なったら かみついて やります】と打ち込む。


 若干ブドウの紫色が残って斑になった白い毛が文面の頼もしさを損なうけど、それでもその文面に安心感を抱いてしまう。私が依存しているとしたら、このハツカネズミとスマホだけだ。


 ちなみに現金は海外旅行でお約束の隠し場所、靴の中である。大事な物が両方とも収まっている胸ポケットを手で庇いつつ、浮き玉みたいに現れては引っ込むレティーの頭を追跡することしばらく。


 足裏にゴリゴリと感じる硬貨の感触が段々痛気持ち良く感じてきた頃に、やっとレティーいわく、掘り出し物の気配がする出店の前に到着出来た。


 周囲の店は色々と出品しているのに、ここは家具だけだ。パッと見た感じだけど、急拵えのテントの下に置かれている商品の趣味は悪くない。


 全体的にダークブラウン調の色合いで統一されていて、施されている彫物なんかも、所々欠けているものの綺麗だった。店主はテントの奥で煙草を吸いながら笑いかけてくれる優しそうな老人だ。


「ね、どう? 何となく良い感じでしょ?」


「〝ん、悪くない。装飾分の値段は若干するけど、元値はこれよりうんと高かっただろうから、まぁ飲める値段かな。忠太はどう思う?〟」


【わたしも まりと どういけん】


「じゃあここで決まりね。後はマリの目利きにかかってるわよ」


 ――ということで、そこからああでもないこうでもないと悩むこと二時間。


 本棚のついたベッドと、上で手芸作業が出来るように二人用のダイニングテーブルと、それとセットになっていた椅子を二脚購入することにした。


 ベッドが本棚部分の縁の一部欠けと、脚の一本に入った傷。八角形のダイニングテーブルは天板部分の色ムラと縁の傷。椅子の脚のがたつきがあった。それでも前世これを揃えようとするのに必要だろう金額の三分の一以下の価格帯。


 結果的にほぼ満足な形で揃えられた。レティーに壁になってもらいながら靴の中からお金を出し、後は配送をお願いするだけという場面になったその時、不意に肩を掴まれて振り返ると――。


「あ、やっぱりそうだ。うちみたいな地味な店に女の子がいるじゃん。ねぇ爺ちゃん、このお客さんの選んだ家具どれー? 値引きしてあげてよ」


 そう言って私の肩を掴んだ赤毛の青年を見上げるレティーの表情は、いつかの私と忠太みたいな宇宙猫顔になっていた。

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