♞幕間♞ 倉庫の底。
今朝、ずっと倉庫の中で眠っていた買い物籠の在庫が切れた。布をかぶせて積み上げていた二十個が全部だ。
レティーが二歳の頃にオレが発注数を間違えて仕入れた物だったが、それぞれ土地が違う職人だから編み方も違う。古い葡萄の蔓を使った籠は黒く変色してはいたものの、時々表面を磨いてやれば光沢が出て美しくなった。けれど店先に置いても良くて年に二個売れる程度。
元々うちの客層は親父の代からずっと贔屓にしてくれている常連客ばかり。買われる物は決まっていて、親父の繋いでくれた顧客をオレが継ぎ、かつての親父の顧客だった子や孫世代がその後を継いでいる。
昔は自分の色を出そうと思って商品を仕入れた時期もあった。それでも誰もうちの店に変化を求めてはいなかった。
自分が良いと思って仕入れた物が売れ残るのは、商売人としては懐以上に心が痛い。周囲の店が見た目の良くて安価な物を売り出すようになっても、オレが商品に望むのは作りの頑丈さと質の良さだった……と言えれば格好もつくが、実際問題好きか嫌いかで仕入れている。
勿論頑丈さと質の良さは譲れないものの、後は完全に好みの問題だ。それが当たる時もあれば外れる時もある。だから倉庫に在庫を抱えやすかった――が。
「お父さん、お客さんが一番上の段にある籠見せて欲しいって。わたしだと背が届かないから取って」
「おう、任せとけ。無理して一人で取ろうとしなくて偉かったな」
――ここ最近になって、
「お父さん、あの首飾りはあれで最後かってお客さんが聞いてるよ」
「あー……あれはもう店頭に出てる分だけだな。取り置きはお断りしといてくれ」
――なんと言うかやけに、
「お父さん、お客さんがあのアズマブクロ? の柄違いがあるかって聞いてる」
「アズマブクロか……マリが持って来た中にあれの柄違いはあるんだが、色も違うんだよなぁ。お客さんにそれでも良いか父さんが聞いてくるわ」
――仕入れた商品や在庫の、
「お父さん、ホウキの傷んだ穂先部分整えて補充しといたよ」
「ありがとな、レティー。働き者なところが母さんそっくりだ」
――回転率が良い気がする。
いや〝気がする〟んじゃない。確実にそうだ。以前までなら考えつかなかったことだが、今やうちの店の倉庫の在庫は常にカツカツで、学校が終われば真っ直ぐに帰ってきてくれるレティーに手伝ってもらう仕事も、ほとんど店先の掃除くらいのものだった。
扱う商品が変わったわけじゃない。むしろジャムや砂糖や小麦粉などの食料品以外の半分以上の商品は、死蔵品扱いの物ばかりだ。
そしてそれがいきなり売れるようになったのは、悔しいかな店主のオレの手柄ではなく、娘が町の入口で拾ってきた異国の野良魔装飾具師。レティーは早くに亡くなった妻に似て、器量良しなうえに人懐っこい。
最初にマリを連れて来られた時は、みすぼらしいわけではなかったものの、背中に背負った鞄の紋章が気になった。よその土地の職人ギルドから放逐された奴なら、面倒事の種でしかないからだ。それにあそこまで弱そうな使い魔も珍しい。
出来れば娘に嫌われずに穏便に元いた場所に帰ってもらいたかったオレは、かなり感じの悪い鑑定をしたのだが……結果はこっちの先入観で。大抵は自分のことを貶されたと怒るのが常で、あそこまで非力な使い魔を馬鹿にされて激怒する魔装飾具師を知らない。
それにあのちっこいのも見た目はああだが、中身は術者の方よりしっかり者……というか、油断のない奴のように思える。まぁこれは商売人としての勘だが。
「ねぇお父さん、最近うちって繁盛してるよね? やっぱりこれってマリとチュータのおかげだよね?」
ぼんやりと閉店作業に取りかかっていたら、急にホウキで床を掃いていたレティーがそう弾んだ声をかけてきた。見上げてくる瞳は褒められることを期待した輝きが宿っている。
「そうだなぁ。マリと、チュータと、先入観を持たないであいつらを店に連れてきてくれたレティーのおかげだな」
「んふふふ、絶対お父さんならあの二人気に入ってくれると思ってたもん」
「それはまた何でだ?」
「だってお父さん、いつも個性的な物ばっかり仕入れるでしょ? だからもしもわたしより先にお父さんがあの二人に会ってたら、絶対放っておかないだろうなって思って連れて来たんだもん」
そう言って自慢気に胸を張るレティーは、まるで記憶の中の在りし日の妻にそっくりで。娘が妻から譲り受けた人相見の才能に助けられ、異国から来た謎の魔装飾具師とその使い魔に店の売上を助けられ、親父の残した馴染み客に助けられ。
こうやってみれば、助けられてばかりのオレも、そろそろ与えられた恩を返す時が来たらしい。たとえば、そうだな――。
「あいつらが住めそうな物件、探してみるかな」
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